95話
その後秘ちゃんの優しい励ましのおかげでなんとか、本当になんとか僕は平常心を取り戻すことが出来た。
いいじゃないか、カカスペシャル。
シンプル・イズ・ベストだ。
というわけで午後の授業はしっかり集中して受けて、帰宅後の稽古もきっちりこなした僕は今日のDFOタイムに入る。
今日はアルカナは《ヴァンガード》の用事があるし、《ヴォワヤージュ=エトワール》のメンバーともタイミングが合わなかったので1人で闘技場へと向かう。
訪れた闘技場はなんだかいつもより騒然とした雰囲気だった。
「クウのやつマジかよ……!」
「今までもラーニングしてるのは見たけどここまでのは流石に……」
「やっぱり今シーズンも”絶対王者”は不動かな」
ボイスチャットのモードを近くのプレイヤーに聞こえるものにしている人達の会話から察すると、どうやら父さんがまたとてつもないことをやらかしたらしい。
何をやったんだろう、気になるから試合を始める前に父さんの試合動画をチェックしておこうかな?
そんなことを考えながら闘技場の受付を一旦スルーして、過去の試合動画を観に行くとなにやら妙な視線を感じた。
それは1人のものではなく、どうやら僕が闘技場に来たことに気がついたプレイヤー達が何かこそこそと噂話をしているようだった。
なんだろう、僕も公式の動画で紹介されたりして有名になった自覚はあるけど、それでもいつもと注目され方が違うような……?
「クウが話題になるようなことをやったのは知っているが具体的に何をやったのかはまだ知らない……といったところかな、カカソーラくん」
少し戸惑っている僕に話しかけてくる声がひとつ。
それは知っている人のものだったので、僕は安心して返事をする。
「”ツインスネーク”さん!その通りですけど、どうしてわかったんですか?」
「ははは、簡単なことだ。カカソーラくんが闘技場に来て真っ先に試合に向かわないということはさっき起きたクウに関する騒ぎに気がついたということだし、騒ぎの具体的な内容を知っていたらそんな風にのんびりはしていられないからな!」
中級者ランク・プルミエで知り合った”ツインスネーク”さん――もといその二つ名を自称する二刀流の弦十郎さんは自信満々に推理の根拠を説明する。
具体的な内容を知っていたらのんびりはしていられない……それはつまり。
「クウさんがやったことって、僕にも関係あるってことですか?」
「ああ、大アリだ。まあ俺がぐだぐだ説明するよりも実際に観たほうが早い。ついさっき行われたクウとヴェントスとの試合でそれは起きた……観てみるといい」
ヴェントスさん……”絶対王者”の父さんに次いで不動の2位の座にいる上位ランカーとの試合がついさっき行われていたらしい。
僕は父さんの闘技場プロフィールから過去の試合一覧を開き、リストのすぐ上の方にあるヴェントスさんとの試合を選択し動画を再生することにした。
*
闘技場の舞台の上で、2人のプレイヤーが向かい合っている。
片や中国風の軽装を身にまとったエルフの拳聖――クウこと父さん。
片やいかつい鎧を身にまとったヒューマンの戦士――ヴェントスさんだ。
ここ2年間闘技場の頂点にある2つの席を独占し続けている両者だからこその気安さか、2人が交わした挨拶はかなり軽いものだった。
「やあ、ヴェントス。調子はどうだい?」
「あんたほどじゃないですが、いい調子ですよ。クウさん」
「まあ俺はかわいい身内のカカソーラががんばってるからな、カッコ悪いところは見せられないよ」
父さんはにこにこと上機嫌でそう語るのを見るのはちょっと恥ずかしかったが、気を取り直して動画の視聴を続ける。
「悪いですけど、今日こそは俺があんたに黒星をつけてやります。カカソーラさんにそのカッコ悪いところを見てもらってください!」
「あはは、言うねえ!じゃあ今日も全力のぶつかり合い、始めるとしようか!!」
2人が宣戦布告をし合ったところでカウントダウンが終了、試合開始の合図が出る。
まず動いたのはヴェントスさん、戦士が持つ豊富な自己強化の戦闘スキルを一気に発動し、強化された能力で父さんに襲いかかる。
戦士の武器である斧は長柄武器、広い間合いから繰り出される強力な攻撃を防御力の低いエルフかつ超攻撃特化職業の拳聖である父さんがくらえば一撃でも甚大なダメージになってしまう。
もちろん”絶対王者”がたやすく攻撃をくらうはずがない。
「さあ、どうした!今日もお前の攻撃は俺に当たらないみたいだよ!!」
父さんはヴェントスさんが繰り出す攻撃を全て余裕の表情でかわし、わずかな隙を見抜いて反撃を叩き込む。
タンク職業の戦士で高い防御力を持つヴェントスさんが受けるダメージは大きくないが、父さんの方は一撃もくらっていないためHPをじわじわと削られて不利なのは明らかにヴェントスさんの方だった。
「ここまではいつも通りですからね!だけどこれならどうだ!!」
そう叫びながらヴェントスさんは大きく武器を振りかぶり――武器に意識を誘導したところで足を使って別の職業の汎用スキル・【目くらまし】を発動した。
隠密で習得できるこの戦闘スキルは蹴り上げた砂粒を相手にぶつけ確率で攻撃用戦闘スキルをミスしてしまう状態異常・「暗闇」にする効果を持っている。
しかしその効果は今回あまり関係がなかった――重要なのは武器に意識を集中していたところに足もとから別の攻撃が来たことで父さんの咄嗟の判断をわずかでも鈍らせること。
実際父さんは【目くらまし】を大げさな動きで回避してしまい、ヴェントスさんが振りかぶった武器で動作を入力していた戦士の単体攻撃戦闘スキルに対する回避行動に支障をきたしてしまった。
「へえ、これは……」
「発動動作の並行入力……これが俺の新技だ!」
不安定な体勢のところに続けて叩き込まれる攻撃に父さんは初めて見せる興奮した表情で立ち向かい、ギリギリのところで回避した。
しかしその回避行動はこれまでの余裕あるものではなく、大きく飛び退いてヴェントスさんから距離を取るというもの。
試合の流れが変わりだす気配がした。
「この好機、逃しはしないぞ!」
ヴェントスさんは変わりつつある流れをつかみ、”絶対王者”の牙城を崩すために息も入れずにさらなる攻撃へと移る。
父さんはそれをひりついた、しかし明らかにうれしそうな表情で迎え討つ。
「いいな!楽しくなってきた!!これはもう、アレを使うしかないみたいだ!!」
歓喜の声を上げながら父さんが繰り出そうとする動きに僕は見覚えがあった。
それは僕がお祖父ちゃんに叩き込まれた花果無形流相伝の技。
アルカナと一緒に試行錯誤してDFO内でそれを再現した必殺技。
カカスペシャルとまったく同じ動き、目にも止まらぬ怒涛の連撃!
「んなっ……これは!?」
ヴェントスさんも僕の試合をチェックしてくれていたのかカカスペシャルを知っていたようで、それが父さんから繰り出されたことに驚愕の表情を浮かべる。
「師範は俺にこの技を教えてはくれなかったけど、カカソーラが試合で使ってくれたおかげでじっくり見れた。ありがたく使わせてもらおう!!」
かつてパルクール神拳のゼンさんの立体機動を闘っただけで習得してみせた父さんのラーニング能力がまたも発動されたのだ。
試合の流れはあっという間に父さんの方へと戻り、ヴェントスさんはカカスペシャルの連撃をもろにくらう。
数秒の後、ヴェントスさんのHPが削りきられ決着を告げる鐘の音が鳴る。
「楽しませてもらったよ、ヴェントス。それでもやっぱり、勝つのは俺だ」




