46話
闘技場5月シーズン、中級者ランクであるプルミエに向けて研鑽を続けていたある日のこと。
学校から帰ると来客……既に独立している兄一家が遊びに来ていた。
「兄ちゃんおかえりー、日向義姉さんとのどかちゃんもいらっしゃい」
「ただいま、天。最近楽しくやってるみたいだな」
「天くん、お土産にケーキ買ってきたよ」
「天おにいちゃん、いちごのケーキはのどかのだからね!」
居間で談笑している祖母の木実、母の菜穂、そして兄の晴、兄嫁の日向さん、姪ののどかちゃんに挨拶をするとケーキを勧められたので、稽古の前に少しだけその輪に混ざっていくことにする。
ケーキはのどかちゃんが心配しなくても、いちごのショートケーキではなく僕の好物のチーズケーキを選んだ。
「平日に兄ちゃんが遊びに来るなんて何かあったの?」
「有給の消化だよ。父さんのお見舞いと、のどかと閑ちゃんを映画に連れて行って、その帰りにうちにも顔を出そうって流れだ」
「お祖父ちゃんすっごく元気になっててね、映画も面白くて、閑ちゃんといっぱいお話もしたの!」
のどかちゃんがにこにこと報告をしてくれた。
なかなか充実したお休みを過ごせたらしい。
4歳ののどかちゃんと秘ちゃんの妹である3歳の閑ちゃんは小さい頃の僕と秘ちゃんのようにとても仲良しなのである。
「そっか、良かったねぇ。僕も父さんのお見舞いそろそろ行っとこうかな」
「そうよ、天ったら言わなきゃお父さんに会いに行こうとしないんだから……」
何気ない発言に母さんから小言が飛んできた。
だって父さん寝たきりだから意思の疎通すら大変だし……
物心ついたときにはもう父さんが入院していたこともあって気まずいんだよなぁ……
「まあまあ、母さん。でも天もお見舞い行ったほうがいいぞ、父さん、本当に見違えるほど良くなってるからな」
「見違えるほど、って見つかったっていう新しい治療法、そんなにすぐ効くものなの?」
チーズケーキを食べながら僕は兄ちゃんに尋ねる。
「その辺詳しく説明してなかったな……治療法自体は何年か前からやってたんだけどまだ臨床実験で、父さんのケースで有効性が認められたのが最近、ってことなんだ」
「ふーん、すぐ効いたってわけじゃないだ。それにしたってもともとはほとんどどうしようもないって話だったのに、いい薬が出来たんだね」
「薬じゃなくて神経刺激インターフェースの技術の応用らしい。父さんの病気は脳から送られる随意運動に関する信号の伝達に不具合が……って聞いてないな?」
途中から聞き流していたことがバレてしまった。
兄ちゃんの話は解説が多くて長くなりがちだから大体適当に聞いている僕なのである。
「えへへ、じゃあケーキももう食べたから道場に行ってくるね、ありがとうございました!」
「あっ、天!せっかくみんな来てるのにさっさと行かない!!」
「いいんですよ、お義母さん。天くんもいろいろやりたいことがあるんでしょうから」
「お祖父ちゃんものどかにちょっと構ったと思ったらすぐ道場に戻っちゃったし、あの2人は武術一筋だな……」
*
ぱぱっと稽古着に着替えた僕は道場での稽古に入る。
しっかりと準備運動をしてから、今日の予定の小具足――脇差を用いた格闘術の形の練習に入る。
現代では脇差を使う機会なんてほとんどないが、形の中には歩行中や座っているときに襲撃された場合を想定したものなど護身術として有用なものが多いので、時代に合わせて改良を重ねてきた現在の花果無形流でもそこそこ力を入れて学ぶ分野だ。
この話を以前秘ちゃんにしたら「現代人は普通に暮らしているとき襲撃される事態を想定なんてしない」と言われてしまったんだけどね。
でも痴漢とかを考えると秘ちゃんにもちょっとした護身術くらいは覚えて欲しいんだよな……
「天、晴達に挨拶はして来たか?」
「うん……じゃなくて、はい、師範!」
形稽古の途中、お祖父ちゃんが話しかけてくる。
姿勢を正してお祖父ちゃんの方を向き、返事をするとお祖父ちゃんは残念そうに言葉を漏らす。
「晴にたまには道場に顔を出さないかと誘ったんだが……あっさり断られた」
「でしょうね……兄ちゃん才能あるのに武術に全然興味ないから」
そう、兄ちゃんこと花果晴は武術の天才だった。
まだ家で一緒に暮らしていた6年ほど前までは「軽い運動」として道場にも顔を出していて、お祖父ちゃんといい勝負を繰り広げるほどの実力者だったのだ。
ぶっちゃけ僕も憧れていたくらいなのだが、兄ちゃんは就職と自立を機にあっさり武術をやめ、今ではすっかり運動不足のアラサーである。
「そういえばのどかちゃんにも武術を教えるって話はどうなったの?」
「……のどかに道場を見学させようとしたらまだ早すぎると怒られた」
「ありゃま……」
僕がのどかちゃんの年の頃にはノリノリで稽古――今思えばほとんど遊ばせてもらっていただけだったが――に混ざっていたんだけど、まあ女の子だしね。
「やっぱり花果無形流は僕がしっかりしなきゃいけないみたいだね、今日も指導お願いします」
「ああ、期待しているぞ。今日も相伝の技を使っていくから体でしっかり覚えろよ」
「……お手柔らかに!」
お祖父ちゃんの宣言通り、しっかりボコボコにされましたとさ。
兄ちゃんがお祖父ちゃんといい勝負をしていたのは大学生の頃、僕も早くその域に達したいものだ。
*
天と祖父が激しい稽古をつけている頃、花果家の居間。
のどかにアニメを見せながら晴達は談笑を続けていた。
「そういえば母さん、天に買ってやったゲームはちゃんと楽しんでますか?」
「あのVRゲームね、秘ちゃんと一緒に遊べるからって、毎日夜はほとんどそればっかりよ」
「でもあのゲームを始めて以来毎日楽しそうでねえ、見ていてわたしもうれしくなってくるよ」
天の祖母・木実がしみじみとそうこぼした。
それを聞いた晴は買ってやってよかったと安心し、話題を妻へと振る。
「あのゲーム……『ドラゴンファンタジーオンライン』は日向もやってるんですよ。だよね?」
日向は一瞬ビクッと震えたが、すぐに平静を取り戻しそれに答える。
「ええ、のどかが幼稚園に行くようになって時間が出来たからなにしようかって友達に相談したら勧められて、昼の間に少しだけ」
嘘である。
花果日向は、三千院秘には及ばないもののそれなりにDFOにハマっている。
「へえ、日向さんみたいな年頃の人達の間にも流行ってるんだ」
「ええ、大人も子供も楽しめる作品っていうやつで……」
これはある程度本当である。
オンラインゲームにのめり込む、いわゆる『廃人』と呼ばれる層にはそれなりに専業主婦が含まれている。
日向は今のところ夫や子供に不満を持たれない程度に踏みとどまっているが、踏みとどまれていないケースをいくつか聞き及んでいる。
(大丈夫、ちゃんとリアルと両立できてるんだから、やましいことなんて何もない)
自分に言い聞かせながら、日向はにこやかに会話を続ける。
「なら、天達と一緒に遊んであげたり出来るかしら?」
「い、一緒にですか!?」
それはまずい、と日向は思った。
始めたばかりの天くんはともかく、以前からやり込んでいると聞いている秘ちゃんにDFOでの自分を見られたら……確実にかなりのめり込んでいることがバレる!
「それは……せっかく2人きりで楽しんでるのを邪魔しちゃうんじゃないでしょうか?」
「そうだよ母さん、あいつら昔っから本当に2人で遊ぶのが好きなんだから」
「それもそうねぇ」
そうして話題は別のことに流れ、日向はホッと息をつく。
既に実装されているメインクエストはすべてクリアし、高難易度への挑戦も始めた自分のキャラクター・Pieceのことはなんとしてでも秘密にしなければ……と心に決めながら。




