でぇと
【前回までのあらすじ】
・弾丸のように論破される
・勝手に技術を普及させたら許さない
・さようなら、ウォーリー
「・・・ヒマだな。」
サリーに会ってウォーリーをぶん投げられ、さらに頭をパンチで割られてから数日が経った・・・と、思う。目覚めると俺は、窓のない小さな部屋にいた。ここにはベッドとトイレ、小さなデスクと椅子があり、窓や時間がわかるものはなにもない。ドアは覗き窓がついた金属製の分厚いものがひとつあり、これはもちろん鍵がかかっているし、覗き窓も外から塞がれている。服はもともと着ていた光学迷彩機能付きパワードスーツではなく、灰色一色で特徴のないスウェット。左腕のマキちゃん搭載腕時計も・・・当然ない。
目が覚めてからすでに体感で3日は経っているが、その間に誰かがやってくる様子はなかった。幸いにして食べなくても死なない身だが、とにかく退屈で死にそうだ。切にネット環境が欲しい。ネットと少しのティッシュがあれば、他には何もいらないのに。
あまりにもヒマすぎて着ている服を脱いだり畳んだりまた着たりという奇行に精を出していると、ちょうど全ての服を脱いだタイミングでドアが開いた。そこにはサリーと、黒いスーツを着た2人の護衛。みんな女性だった。
「・・・ノックもしないでごめんなさいね。」
「・・・いや、うん、はい。」
「デートのお誘いに来たのよ。」
「でぇと?」
「とりあえず、服を着たら?」
いそいそと服を着る。怪しい動きを見張るためだと思うが、サリーも護衛の人も遠慮なく俺の着替えをジッと見てくるので恥ずかしい・・・ん、ちょっとだけ興奮する。ちょっ、ちょっとだけだからね!マキちゃんがいるのに慣れすぎていて、脳内でしょうもないことを言っていまうが誰も反応してくれなくてさびしい。
服を着終えると、護衛の1人から細い首輪のようなものを付けられた。
「悪いけど、この首輪をつけさせてもらうわね。不審な行動を取ったり私から離れすぎると爆発して、頭から上が吹き飛ぶから気をつけて。」
サリーに連れられて長く入り組んだ廊下を進み、エレベーターに2回乗って、さらにグニャグニャと迷路のような道を進む。どこをどう進んだのかまったく分からなくなった頃、突然目の前に普通の街、俺が冷凍前に暮らしていたような美しい街が出現した。綺麗な身なりをした人たちが、手入れされた植物が並んだ歩道を歩いていく。立ち並ぶ建物はビルのように高くはないが、どれも新築のようにピカピカで、それにとても凝っている。色とりどりの屋根にデザイン性の高い出窓。ベランダには花が並び、街全体を華やかに彩る。屋外なんだと思っていたが、空をよく見ると微妙に空間に切れ目のようなものが見えるので、これは本物の空ではなく映像なんだとわかった。爽やかな春の風が吹き抜けていく。
「ここがあなたに暮らしてもらう予定の、旧文明の人たちが暮らす街よ。」
サリーが笑顔で解説してくれた。その後ろを、風船を持った数人の子供たちが笑いながら駆けていく。この数ヶ月親しんできた荒野と機械の世界からあまりにもかけ離れた光景に少しめまいを感じた。
「今は旧文明人が315名、今の文明の人間が765名住んでいるわ。この通り地下の街だけど、環境はいつも完璧に整えられていて過ごしやすいのよ。」
「・・・ここに住んでいる人たちは、何を?」
俺の質問の意味がわからなかったのか、サリーは少し考えてから答えた。
「それは仕事という意味かしら?特に労働はしなくても自由に生活できるだけの物資やお金は支給されるわ。お金といっても、ここでしか使えない独自通貨ですけどね。仕事がしたい人は自由にやってもらっているし、あなたもこの街の中でなら、自由に技術の開発や普及をしてもらって構わないわよ。」
俺はサリーに案内されて、大通りに面したカフェのテラス席に座った。隣にはサリーだけ、護衛の2人は店内にいるようで姿が見えない。大通りといっても車の通行は少なく、時々綺麗な服を着たこの街の住人が楽しげに歩いていく。まもなく俺にサンドイッチと紅茶、サリーにはケーキと紅茶が運ばれてきた。
「この店のケーキやサンドイッチに使われている小麦粉は、ちゃんと栽培した本物なのよ。ある遺跡で冷凍保存されていたのを見つけて、この街で栽培しているの。他の材料は今のところデュプリケーターに頼っているけどね。ふふ・・・どこかに冷凍保存されているニワトリがいないかしら。」
俺は黙ってサンドイッチを口に運んだ。なんだか味のしないサンドイッチだった。軽い食事を終えてひと息ついていると、ふいにサリーが俺の手を握った。驚いて彼女の方を見ると、真剣な表情で俺の顔を見ている。その強い意志が宿った瞳を見ていると、俺の脆弱性満載な精神はなんでも言うことを聞いてしまいそうになる。
「この3日間、私はあなたが目覚めてからやってきたことを全て調べてきたわ。そして確信した。あなたはユニオンに必要な人よ。私にできることならなんでもする。だからユニオンに来て。人類に・・・私に力を貸して欲しいの。」
はい喜んで!と口から出そうになるのをギリギリのところで抑え込む。こんな黒髪美女に手を握られて「なんでもする」なんて言われたのにオッケーしないなんて、自分のことを少し見直した。マキちゃんに「なにをドキドキしてやがるんですかクソ童貞クソご主人様」とツッコんで欲しいが、俺の左腕は空っぽだ。
「こここ・・・ここはとてもいい街だと思う、けど・・・。」
「・・・けど?」
「嫌になる人もいるでしょ?だってここはちょっと・・・狭すぎる。」
「・・・そうね、それは否定しないわ。この街では死ぬのも自由よ。それが旧文明人でもね。知ってる?ナノマシン持ちだって、きちんと条件を整えれば殺すことができるのよ。希望する人にはそういうサービスも実施しているわ。」
「至れり尽くせり、だね。」
「・・・気に入らないのね。」
サリーの手がそっと離れた。空気が急激に重くなっていくのを感じる。目の前にいる女性は変わらず美しく儚い少女のように見えるが、まるで大きな肉食恐竜がこちらを睨んでいるような、そんな威圧感を放っていた。俺の背中から冷や汗が噴き出し、服をグッショリと濡らす。おしっこを漏らさなかったのは自分でも上出来だと思った。時間にしてほんの数秒、ふいにプレッシャーがなくなる。元の明るいカフェテラスに戻ってきたように感じた。
「まぁいいわ。時間はたっぷりあるんだから、また今度じっくりお話しましょう。あなたたち!移動するわよ!」
サリーが振り返って、姿の見えない護衛たちに声をかけた。しかし、いくら待っても2人の護衛が戻ってくる気配はない。
「ちょっと!何をしてるの!早くしなさい!」
「護衛なら、来まセンよ。お休みしてもらいましたノデ。」
ふいに、テーブルの下から声がした。驚いたサリーが椅子を蹴って立ち上がる。テーブルの下からのっそりと立ち上がった大男。
ウォーリーだった。
左腕には、俺の腕時計をしている。ホログラムのマキちゃんが出現して、俺に丁寧なお辞儀をした。
「ご主人様、お迎えが遅くなり大変申し訳ございませんでした。そろそろお暇いたしましょう。」
「マキちゃん、待ってたよ。そうだね、帰ろう。」
サリーが信じられないものを見るようにウォーリーを見る。表情を変えず、しかし再び殺人的な威圧感を放ち始めた。目には明らかな怒りが宿っている。
「なぜ・・・あの時確かに壊したはずなのに・・・。なぜあの高さから落ちて、まだ動いているの。」
ウォーリーはやれやれといったわざとらしいポーズを決めて、
「ふぅー・・・アナタには、言っておきたいコトがありマス。」
サリーを真っ直ぐに指差した。
「こないだのパンツの方が可愛かったデス!」




