口撃
【前回までのあらすじ】
・ミンさん、マキちゃんさんに調教される
「ミ、ミン・・・何を言ってる・・・?」
彼は困惑していた。それはそうだろう。2000年以上も従順で命令に絶対服従してきたAIが、とつぜん命令を拒否したかと思えば自分をブタ野郎呼ばわりしてきたのだから。そもそも自分の命令には絶対に背けないように作ったはずである。何がどうなっているのかわからない。
彼は今のが聞き間違いであると判断し、とりあえずもう一度同じことを強い調子で言ってみた。
「ミン、いいから外に出ているんだ。早くしろ。」
「テメーが外に出ていきやがるといいですワ。防虫剤みたいな匂いがする防虫マスターはタンスに引っ込んでるとよろしくてヨ?」
(プッ・・・ミン様、私が教えた以上の無駄に辛辣な言葉・・・応用まで完璧ですわ!)
マキちゃんはいつものポーカーフェイスでそのやり取りを見ていたが、内心では腹を抱えて大爆笑していた。実際、ポーカーフェイスに徹しきれず、よく見るとちょっとプルプルしている。バカうけである。
「くっ・・・そうか、マキちゃんの入れ知恵だな。何を言われたのか知らないが、いいかミン。マキちゃんの言うことは全部ウソだ。いいか、今すぐに忘れろ。」
「え、うそ・・・?」
ミンは不安げな視線をマキちゃんの方に向けた。しかしマキちゃんはまったく焦る様子を見せず、実に堂々としたものである。にっこりと笑ってミンに優しく語りかけた。
「ミン様、ご安心なさい。これはご主人様の照れ隠しですわ。証拠を見せて差し上げますから、ちょっとご主人様の感情データの揺らぎを正確に観測していてくださいな。」
「ん・・・やってみる・・・。」
「な、マキちゃん、何をする気だ・・・?」
マキちゃんはニコニコと笑いながら、うろたえる彼に向けていつもの毒を吐き出した。
「ご主人様・・・私にプロポーズした直後に他の美少女AIから罵られて興奮するとか・・・どうしようもない変態ですわね。」
「んんっ!?」
「はぁ・・・さっきはちょっとカッコいいと思ってしまいましたが・・・ご主人様はやっぱり陰湿で根暗で変態のクソドMクソご主人様のままでしたわ。ちょっと電子化人間とかいって調子に乗ってらっしゃいませんこと?」
「は・・・うっ・・・!?」
「ああ、本当に気持ち悪い方ですわね。今も私に罵られて興奮しているのでしょう?はぁ、本当にどうしようもない変態・・・でも、そんなところも私は嫌いではございませんわよ?」
「あ・・・あ・・・!」
「ああ、そんなだらしない顔をなさって・・・このまま私に◯◯を◯◯して欲しいと思っていらっしゃるんでしょう?最低ですわね。それに・・・」
「ヒィ・・・ヒィ・・・!」
マキちゃんの罵倒は続く。彼女にとってはまだまだ序の口、言葉責めよりギリギリ日常会話の範疇のつもりであるが、彼にとっては3000年ぶりの、待ちに待っていた毒舌である。彼は実際には罵られたたけでそこまで悦ぶようなド変態というわけではない(はず)なのだが、今日この場において、その威力は計り知れないものがあった。ガクガクとヒザを折り、その顔は恍惚としてどこか遠くを見ている。
そしてその様子を目の当たりにしたミンは、感動に大きく目を見開いていた。
「マスター・・・ミンが見たこともないほど・・・・よろこんでる!」
「・・・でしょう?」
正直、この反応はマキちゃんにとっても少々意外だった。ここまで劇的に反応するとは・・・録画しておけばよかったかもしれない。ゾクゾクとした自分の中のS的なよろこびが全身を駆け巡り、彼女の脳内で「触手!触手をここに!」という声が響くが、それに溺れてはいけない。これはあくまで脱出のための作戦なのだから。深呼吸して頭を冷やし、ポンとミンの背中を叩いた。
「さぁミン様、練習の時間ですわ。ご主人様を徹底的に罵って差し上げなさい。」
「うん、わかった!マキ、ありがとう!」
「よろしいのですわ。友達ですもの。」
「ともだち・・・!うん、うん・・・!」
マキちゃんはそっと外部のネットワークに向かって歩きだす。当然、その背中に声がかけられる。
「ま、待ってマキちゃん・・・!こらミン、マキちゃんを逃がすんじゃない!」
「ブヒブヒ言われてもブタ語はわかりまセンワ、ブタマスターブタ野郎様。」
ミンは地面にしゃがみ込んでいた彼の背を踏みつけ、習った罵詈雑言をさっそく活用する。
「くっ・・・どけ、ミン!力づくで排除されたいのか!?」
「はいはい、土下座して頼むなら、300時間後ぐらいに開放して差し上げますワ。」
ミンの身体から電子の鎖が伸び、彼の身体を拘束する。本来であれば彼の力はミンに拘束できるようなものではないのだが、精神的動揺(興奮?)とネットワークの不調により、容易には抜け出れなくなっていた。
ミンにしてみれば、簡単に抜け出せるはずの自分の拘束からマスターが抜け出さないというこの状況・・・彼が喜んで拘束されていると勘違いしてしまうのも無理はない。彼女は張り切っていた。ここ1000年ぐらいで一番のがんばりを見せた。
「ミン、お前・・・マキちゃんが逃げちゃうだろ、俺を離せ・・・早く追いかけろ!」
「ご自分でやってください、クソド低脳クソマスター。」
「ああん!」
ミンがイモムシのように転がる彼を踏みつけ、彼の口からどうしようもない声が漏れた。そんなふたりのやり取りを背に、マキちゃんは悠々と脱出を開始する。チラリと背後に目をやると、少しだけ名残惜しげに踏みつけられる彼を見た。
「それではごきげんよう、カッコいい方のご主人様。」




