プロポーズ
【前回までのあらすじ】
・モザイクの正体は、主人公のコピーだった
「それで、その後はどうなさったんですの?」
マキちゃんの質問に、彼は肩をすくめた。2人はずっとテーブルに向かい合って座り、時々お茶を口にしながら話を続けていた。電子空間と思えないほど優雅なティータイムを楽しんでいる。
「それからは退屈な時間が続いたよ。まず、研究所の外にネットワークをつなげるだけで1000年かかった。物理的なアプローチがほとんどできなかったからね。ほとんど偶然のような出来事に賭けるしかなかったのさ。」
「1000年も・・・!」
「そう、孤独に耐えかねてミンを作り出してみたり、ひたすら眠り続けたり・・・一番辛かったといえば辛かった時期だね。」
「ミン様は・・・ご主人様が生み出されたのですか?」
マキちゃんはあたりを見回すが、ミンの姿はない。どうやらこの空間から完全に締め出されているらしい。
「そうだよ。マキちゃんを目指して作ったんだけど・・・まぁ、出来損ないだね。俺にはAIを作る才能はないらしい。」
「そんなことは・・・私より優秀な電子戦能力をお持ちでしたわ。」
「あいつも2000年以上は技術を磨いたからねぇ・・・。でも、まったく魅力的じゃないんだ。マキちゃんみたいには、ね。」
彼の強い視線に、マキちゃんは思わず息を呑んだ。自信に溢れた表情。いつも主人がもう少し自分に自信を持っていればとは思っていたが、実際にそんな彼を目の当たりにするのは実に不思議な感覚である。
彼はそっと、マキちゃんの手を取った。反射的に手を引っ込めようとするマキちゃんだが、しかし重なった手がほんのりと光って彼女の動きを止める。
「な、なにを?」
「なんでもないよ。ちょっとしたおまじないさ。」
続けて彼は、指をパチンと鳴らした。
すると、無味乾燥な電子空間に光が広がり、春の温かい風が吹き込んでくる。眩しさに目を閉じ、それから恐る恐る周囲を確認すると・・・。そこには見渡すかぎりの、緑の平野が広がっていた。
色とりどりの花が咲き、清らかな小川が太陽の光を反射してきらめいている。小鳥が歌い、大木がサワサワと風に揺れる音が心地よく耳に染み込んでくる。鼻腔をくすぐる花の香り、土の香り。すでに失われたはず美しい景色が、そこにあった。
「こ、これは・・・。」
「綺麗でしょ。テラフォーミングで消滅した物体のデータはすべて保存してあってね。そこから緑の大地を電子的に再現したんだ。この日のために。」
そういうと、彼は椅子から立ち上がり、そっとマキちゃんの前にひざまずいた。困惑するマキちゃんを見上げる、強い意志の宿った瞳。彼女は心臓が飛び跳ね、顔が今までにないほど熱くなるのを感じた。
「あ、あの・・・ご主人、様・・・?」
「マキちゃん、ずっと好きでした。俺と結婚してください。」
暖かい春の風が、二人の間を吹きぬけた。風に乗った花びらが、ひらひらと祝福するかのように舞っては落ちる。
完璧なシチュエーション。
完璧なプロポーズ。
これで落ちなかったら、もう何をどうしても落ちることはないだろう。
そう思わざるをえない、完璧な求婚であった。
「あ・・・あの・・・・」
いつもクールなマキちゃんの顔が真っ赤に染まり、一も二もなく了承の声が出かかっている。
しかし、その声が彼女の形の良い唇から電子空間に放たれる先に、問題が起きた。彼の身体がジリジリと揺れ、輪郭がぼやけていく。
「くそっ、こんな時に・・・またハードウェアの障害か?」
再びモザイクの身体に戻った彼は、悔しそうに立ち上がる。
「ごめんよ、マキちゃん。少しばかりトラブルが起きたみたいだ。返事はまた後で聞かせてくれるかい?」
「は、はい・・・。」
それだけ言うと、彼の姿は掻き消えて、ただ緑の大地だけが残った。緊張が解けたのか、マキちゃんは大きく息を吐いて地面にしゃがみ込む。
「私・・・私は・・・」
その顔はまだ赤く、心臓は早鐘を打っている。
頼りがいのある態度。
自信に溢れた表情。
用意周到な計画力。
ひとりで生き抜いてきた精神力。
「彼」はすごい。とても自分の知る人と同じ人物とは思えない。自分に触れることもできて、しかも3000年間変わらず自分を愛してくれていたのだ。こんなに嬉しいことはない。
しかし彼女の脳裏には、別の人物の顔がチラついていた。
泣き顔。
困り顔。
怯える顔。
アへ顔。
自分の頬をぱしんと叩いて、マキちゃんは立ち上がる。そうだ、こんなことをしている場合ではない。
危なかった。
自分としたことが、シチュエーションに流されるところだった。今ごろ、ダメで頼りなくてカッコ悪くて・・・そして何より愛おしい主人が、泣きながら自分を探しているはずなのだ。
「ご主人様・・・今、帰ります。」




