脳外科手術
【前回までのあらすじ】
・レイ、攻撃してくれ
「え?え?」
俺の言葉を聞いたレイは混乱して、俺とサリーを交互に見た。俺はそんなレイに、もう一度同じことを言う。
「レイ、攻撃してくれ。」
レイはさらに混乱しつつ、しかし俺の言葉を受けて敵のほうに歩き出しながら聞いた。
「でもでも、サリーに加勢したらみんなやられちゃうって、さっきご主人さまが・・・」
俺は言葉が足りなかったことに気づき、慌ててレイを止めた。
「待ってちがう、敵にじゃないよ。」
そう、俺は思い出していた。レイのAIはどうやって回収した?
敵として俺たちと戦った彼女は、ネコの町の人々から集中砲火を受けて大破した。大破というか、ほとんど消滅だな。マキちゃんなんて比じゃないほどにボロボロ、そのボディは木っ端微塵になっていた。
あの時、俺は戦いが終わった後に、ボロボロになったレイの中枢ユニットを回収した。ハルが見つけてくれた中枢ユニットはボロ雑巾のように激しく傷んでいたが、それでもなんとかAIデータを回収したのだ。
そうだ、大事なのは中枢ユニットだ。半壊してなお美しいマキちゃんのボディではない。もちろん、回収できるなら回収して飾っておきたいぐらいだが。人もアンドロイドも大事なのは外側じゃなく中身である。
俺はレイに向けてはっきりと宣言した。
「レイ、マキちゃんに攻撃、だ。」
「!」
レイは俺の言葉を受けて、すぐにその意図を理解した。数秒間じっとマキちゃんを見つめた後、勢い良くマイクロウェーブカッターを内蔵したツメを振り下ろす。
「マキ姉さま、失礼するです!」
グロ注意。
振り下ろしたツメはマキちゃんの頭部を切断し、パカリとその頭部フレーム・・・要するに頭蓋骨を開いた。あらわになったのは、人間の脳にあたる位置に収められている手のひらサイズの箱。アンドロイドの脳にあたる、中枢ユニットである。
「よし、レイ、完璧だ!」
そんな俺たちを、恐ろしいものでも見るかのようにニックとリリィが見ていた。確かに見た目が人間そっくりなので、絵的にくるものがあるのかもしれない。俺はむき出しになったマキちゃんの頭部に手を突っ込み、多少力任せに中枢ユニットを引っ張った。ブチブチとユニットに接続されていたケーブル類が引きちぎれ、いくつもの線がぶら下がった状態の中枢ユニットを取り出すことに成功した。
俺は嬉しさのあまり、ブラブラと数本の赤いケーブルが垂れ下がる中枢ユニットをニックとリリィの前に差し出した。
「やりましたよ、ニックさん、リリィさん!これが目的のモノです!」
「お、おお・・・良かったな・・・。」
「(ドン引き)」
機械だから別にグロくはないと思うのだが。リリィさんは完全に言葉を失っている。感動を共有できなくて残念だ。
俺は中枢ユニットを適当な布で包み、慎重に上着のポケットにしまった。マキちゃんのボディは惜しいが捨てていくしかない。あとは逃げるだけである。
「サリー、目的のものは手に入れた!脱出しよう!」
俺が叫んだ時には、サリーは予想通り・・・いや、予想以上にひどく苦戦していた。左腕を失い、片手だけで敵が繰り出す槍をなんとかさばいている。俺の声を聞いて、一気に後方にジャンプして敵から距離を取った。
「早かったわね。サッカーのひと試合分は時間を稼ぐつもりだったのよ?」
そう言って笑うサリーの目には、しかし安堵の表情が浮かんでいる。やはりギリギリの戦いだったのだ。俺も何か気の利いた言葉を返そうと思うのだが、なんとか絞り出したセリフはつまらないものだった。
「サリー・・・ありがとう。」
しかしサリーは心底嬉しそうに、少し顔を赤くして言った。それもあまり気の利いた言葉ではなかったが、彼女の素直な言葉だと思った。
「ふふ・・・どういたしまして。」
ニックがランチャードッグのバリィを構え、スモークグレネードを周囲にバラ撒く。敵は当然、俺たちを黙って逃してくれるわけではないだろう。撤退の準備だ。
「いつまでもこんなところにいられるか!俺はとっとと通路に戻るぞ!」
なにかフラグっぽいセリフを吐いて出口に走り出すニック。だが、その足首をレイが噛み付いて無理やり止めた。
「痛ッ!・・・なにをッ!?」
そのニックの目の前を、まるでレーザーのように一筋の閃光が走り抜けた。
地面から壁にかけて、まっすぐに斬撃の後がついている。もしそのまま進んでいれば、確実にニックはフラグを回収出来ていたに違いない。
宝物庫の唯一の出入り口。その前に、いつの間にか1本の刀を構えたエリートが立っていた。抜く手も見せぬという言葉通りの、圧倒的な速度で剣を振ったのだ。やはりこいつはエリート四天王の中でも最強の1体なのだと理解できた。
「チッ・・・簡単には逃してくれないわけね。」
隻腕になったサリーが、最強のエリートに立ち向かう。失った左腕が生えてくるには、もう少し時間がかかるだろう。横に目をやれば、先ほどまでサリーと戦っていた槍を持っているエリートも、スモークグレネードの煙をかき分けてこちらに向かってきている。
あとは逃げるだけだ。しかし、どうやって逃げる?
出入り口に立つエリートが1本の刀を四本の手で握り、横向きに構えた。まるで居合のような、接近したものを即座に叩き斬らんとする構えだろうか。こいつが居座っている限り、横をすり抜けて逃げることは難しいだろう。
槍のエリートはそんな状況を理解しているのか、焦ることなく悠然とこちらに向かってくる。
あの長い槍。もう数秒とかからず、俺たちを射程距離に捉えるだろう。サリー以外のメンバーでは、為す術もなく串刺しにされるのは間違いない。
「くそっ・・・あとは逃げるだけなの・・・に・・・?」
俺はその時、この遺跡に入ってから学んだことを活かすことに成功した。
とっさに耳を塞いで口を開けたのだ。
なぜかって?
壁を爆弾で吹き飛ばす時には、耳を塞いで口を開けないと鼓膜が大変なことになるからだ。
「みんな、いくよ!」
リリィさんの声が響く。同時に、すぐ近くの壁が吹き飛んで、その先の通路が姿を現した。人ひとりがなんとか通れる大きさの穴が開いている。これなら俺たちは逃げられるが、エリートたちが追ってくることはできないだろう。リリィさんの爆破はいつでも迅速で正確である。
俺たちはまさに脱兎のごとく逃げ出した。最初に俺、それからリリィさん、ニック、バリィ、レイ。最後に追いついてきた槍のエリートの攻撃をサリーが片手で受け流し、一言。
「あなたとのデートはまた今度ね。」
全員で通路に飛び出すと、しかしすぐに宝物庫の壁は打ち破られた。廊下に飛び出してきたのは槍のエリート。どこまでも俺たちを逃がす気はないらしい。
「走れ!走れ走れ!」
ニックがグレネードをばら撒いて牽制しつつ、俺たちは走る。
槍のエリートその大きな身長を活かし、大きな歩幅でグングンと追ってきた。
速い。
このままではあっという間に追いつかれてしまう。ニックのグレネードも効果が薄いのか、あまり意に介した様子もなく走ってくるのだ。
「あと10.52秒で槍の射程に追いつかれますぅ!」
レイの報告が響く。しかしどうする?ふと見ると、ニックがバリィを抱っこしていた。イヌなんだから、自分で走らせた方が早いのではないだろうか?ケガでもしたのか?
「ニックさん!?」
「へへ・・・俺の地元にはランチャードッグがたくさんいてな。走っている時には足元に注意しないといけないんだぜ?」
「・・・?」
見れば、イヌのバリィはニックに抱きかかえられたまま難しい顔をしている。走っているのでよくわからないが、どうもプルプルしているような・・・。
「ぐるるるる・・・うぉん。」
次の瞬間、バリィの尻が何かが落ちた。茶色くて臭い・・・うん、見ようによっては武器・・・特殊兵器といってもいいかもしれないモノだ。少なくとも、踏んづけたら精神に大きなダメージを負うのは避けられないだろう。
「ニックさん・・・こんな時にふざけてる場合じゃ」
「へっ・・・いいから、見てみな?」
走りながらちらりと振り返ると、エリートが思いっきり転倒していた。バリィが尻から出した特殊兵器を踏んづけて滑ったのだ。あいつマジでなんていうかエンガチョ。
「へっ!イヌの落とし物には注意しろってこった!」
「これもあげるよ。」
振り返りざまにリリィさんが投げたのは、クモのようなナマモノと戦った時に使った粘着ボムだ。普通なら避けられるか弾かれるボムだが、いきなり転倒したエリートはそのどちらの行動も取ることができず、まともに食らってしまう。全身を粘着液にまとわりつかれて動けなくなり、どんどん距離が開いていく。
そのままずっと走り続け、いつしか追ってくる気配は消えた。逃げ切ったのだ。荒い息を吐きながら、ニックがボソリと呟いた。
「こんなタイミングで出るとは・・・ウンがついてるな。」




