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4-22 時計仕掛けの都市

時計塔の街ツァイト。

その街唯一の時計屋アイネは、街中の時間が自分以外止まってしまう異常に遭遇する。


『か■て魔術師はその力■■■て時計と時間を■■■た』

『この世■■時間による■恵と引き換えに■■を失った』

『なに■起こった■らば、時■塔の故障■■因だ』


そして残された掠れた手記から、時間が止まってしまった原因は時計塔の故障にあると知るアイネ。


「時間を進めるために、私が──時計塔を修理して見せる!」

「これはー、あ、中央の歯車が欠けちゃってますね!」


裏面の蓋が外され内部機構が露出した懐中時計。

修理を依頼された街唯一の時計屋の店主、アイネはそれだけ言い残すと裏の工房へと引っ込んでしまった。

その姿は17の少女に見えないほど大人びて責任感が伺えた。


「えーっと……あった! この歯車と取り替えて」


パチン、と歯車がハマり。


チッ──チッ──チッ──


時計の秒針が時を刻み始めた。


「はい、直りました! これで宜しいでしょうか?」

「あぁ、ありがとう。祖父の形見なんだよ、良かった……!」

「これからも大切になさってくださいね」






まだ薄暗い夜明けの時刻。


ゴーン、ゴーン、とツァイトの街の時計塔が朝を知らせる鐘を鳴らす。

ある部屋では明かりが灯り、ある家では朝食のための火が付けられる。


またある部屋では、ジリリリ!と目覚時計がけたたましい音を立てアイネの安眠を妨害していた。

それはベッドから離れたニッチの上。


「なんであんな遠くに置いてんだよぉ……恨むぞ過去の私……」


かつて大事な用事に遅刻するまで目覚時計をおいてあった枕元の棚。

そこに飾られた歯車に紐を通しただけのネックレスを首に掛け、音源へと寝起きで覚束ない足で向かう。


カチリ、と停止させれば再び気持ちの良い静寂。

起きなければ仕事に遅れる、少し気だるい。


「はぁ……朝ご飯でも作ろ」


けれど気分の切り替えも早いアイネだった。


二階から降りてすぐのリビングで最初に窓を開き、涼し気な風が吹き込む。

キッチンで冷蔵庫の卵を適当に焼き、パンに挟む。

出来上がった適当サンドを咥え、リビングの椅子に座った。


外からは決して騒がしくない、しかし確かに人々の生活を証明する生活音。

小鳥の囀り。

窓から見える、朝早いため少なくはあるが、人が行き交う道路。

何気ない日常。


そんなとき、裏口の扉がノックされた。


こっち(裏口)ってことは……母さんかヴェルク、あと長老辺りかな?)

「はーい、すぐ行きまーす!」


慌てて返事をし、慌ててドアを開ける。

そこには先代の時計屋店主、現在では街の中心にある時計塔の整備を一身に担っている年配の男レーツェル─通称長老─がいた。アイネからすればレーツェルは様々な技術を叩き込んできた師匠でもあった。


「なんだ、長老ですか」

「なんだ、とはなんじゃ。この店の先代じゃぞ、もっと敬わんかい」

「はいはいお疲れさま。それより、大丈夫なんですか? 普段から時計台の調整で籠もってるくらいなのに、こんなに長い時間離れても」

「ほっほ、代わりのモンを置いてきたからの。少々なら大丈夫じゃろ。アイネ、お前さんにも会いたかったしのう」

「嬉しいこと言ってくれますね。それで、何かあったんですか?」


ここ数年ずっと時計塔に籠もりきりのレーツェルとの会話もそこそこに、話題を切り出すよう促す。


「ふーむ、本題なんじゃが──これを直してくれんかの?」


その手には、両手で抱えられる程度のからくり時計。

木製で縦長の箱型、歪んではいないが相当に年季の入った様子だった。

軽く観察し、一言。


「うげ……からくりですか」


普段なら表さない負の感情を隠そうともせず言い放った。


「長老も時計台の調整してるなら知ってますよね、からくり時計って修理難しいんですよ? からくり自体が難解なだったり、加えて時計とも絡んでさらに複雑になりやすい、ですよね。しかも、見た感じ明らかな年代物です。なぜ、これを私に?」

「そこらの工房に任せるより、お前さんのほうが誠実に対応するじゃろ? 腕も確かじゃし」

「まあ私の腕を知ってる長老からしたら、そうでしょうけど……分かりました、やってやりますよ」


会話が終わるや否や、からくり時計を伴い顔を隠して工房へと入っていくアイネ。


(これくらいのなら長老でも直せるはず……私に会いに来るためにわざと理由を作って、来てくれたのかな?)


そんな笑みを隠しきれていない弟子の姿をレーツェルは微笑ましく見守っていた。





アイネは工房に入れば真剣な表情へと戻る。

文字盤を外し、中身を吟味。少なくとも時計部分は故障無し。からくり部分も見た範囲では故障と言えるほど壊れていない。


中央の歯車を外そうとそっと摘む──


パキン


「あ」


(どうしようどうしようどうしよう……一旦、一旦落ち着こう)


摘んだ衝撃で割れた歯車を再び摘み丁寧に取り出す。

その裏ではアイネがまだ触っていない部分の棒が外れていた。

丁度からくりの見えない部分に重なり分からなかったのだろう、と判断する。


(よし、故障は原因だった棒を取り付ければ直せるはず。でもこの歯車はどうしようも……くっつける……中心だからすぐまた壊れちゃいそう。新品を買いに……あるか分からないし長老を待たせられない……どうすれば──)


そんな狼狽したアイネに近づく影が一人。


「……アイネ、そんな絶望した顔してどうした?」

「!? ヴェルクー!! お願い力貸して!!」

「お、おう。分かったからまず要件を言おう。な?」


そこにいたのはアイネよりも少し年下に見える幼馴染の少年、ヴェルクだった。

余りにも食いつくアイネに彼女よりも驚きながらも直ぐ様言葉を返す。


「あのね、このからくり直そうと歯車外したら壊れちゃって……新しいの作れたりする?」

「木ならできるが……直そうとしないってことは、強度が必要なんだよな? ならこれとかどうだ、俺が開発した新素材の接着剤だ。色はまだ素材の黒だけだが接着力が一度貼り付けたら二度と外れないくらいに──」

「つまり超強力な接着剤ね! ナイスタイミングだよヴェルク!」

「……危ないから俺が貼る。歯車を貸せ」




「はい長老! 直ったよ!」

「おぉ、そうかそうか……途中でヴェルクが入る直前に叫んでおったな。何かあったのかのう?」

「うっ……ま、まあ治ったから良いじゃん!」


そこには丁度時針が5時を指し、からくりが作動した時計があった。レーツェルはそれを懐かしそうな目で見ていた。


「もうこんな時間かの……儂は行くとするわい」

「そっか、元気でねー。あ、このペンダント、大切に持ってるからね!」

「ほっほ、肌見放さず持っとくんじゃぞ。ではの、何かあれば時計塔を訪ねてくれば良い」

「うん!」




「えーっと……今日買うものは、パン、牛乳、あとは──」


レーツェルが帰ったのち、客の気配もなく日も落ちたため店を閉め、アイネはよく来る街の市場へと買い物に来ていた。

何を買うか考えていた時、本の陳列棚に「時計塔の魔術師」というおとぎ話が飾られており、思わず駆け寄った。


「うっわー、懐かしい!子供の頃よく読んで貰ってたなぁ」


棚から本を取りページを捲ると、愛くるしい絵柄で描かれた時計塔。

顔を上げると、街の中心に聳え立つ本物の時計塔が普通よりも鈍い音で一秒を刻んでいた。


「時計屋の嬢ちゃん、それ買うのかい?」

「あっごめんなさい!昔のこと思い出しちゃって、つい手に取っただけなんです」

「そうかいそうかい。昨日は懐中時計の件で世話になってんだ、良かったら持ってってくれても構わんぞ?」


正直、ちょっとだけ魅力的。読み返したいが、家にあったこの本は何処にあるのかさえ分からない。

そんな中探す手間も時間も彼女にはなかった。


「そんな、悪いですよ!……うーん、じゃあ買うので二割引してください!」

「あいよ、いつもご贔屓にどうも」

「こちらこそありがとうございます!」





家に帰り、早速買った薄く広い子供用のおとぎ話「時計塔(とけいとう)魔術師(まじゅつし)」を服も着替えず広げる。


『あるところに、まじゅつしがいました』


『まじゅつしはともだちと

 まちあわせをしました』


『「「たいようがのぼるころに」」』


『けれどもともだちは

 あさひがのぼってもやってきません』


『ともだちはたいようが

 いちばんたかくのぼったときに

 やってきました』


『そこでまじゅつしはかんがえました』


『「そうだ、だれがいつみてもわかる

  〝(とき)〟をあらわすモノをつくろう」』


『まじゅつしはそれを「時間(じかん)」となづけ

 とけいとうを、まちのまんなかにつくり

 だれでもみられるようにしました』──


(眠い……)


眠気が襲ってきたアイネはそのまま微睡んで眠ってしまった。




次の朝、ベッドの上で目を覚ますアイネ。

微睡んだ意識のまま目覚まし時計を見ると、時計は5時50分44秒。


リビングは静まり帰っていた。

窓を開ければ風も吹いていない。

朝食には食パンと目玉焼き。


(パンをトースターでこんがりと焼いてー、目玉焼きは半熟で! 塩コショウで……完成!)


ふと、リビングの時計を見れば──5時50分44秒。

進んでいない針に、壊れたのかと手にとって見れば動き始めた。


ふと不安になり耳を澄ませる。


耳を澄ませば、時計の秒針だけ(・・)が聞こえる。

喧騒は静まり返り、窓から見える道路には人の姿は影も形もない。

不気味なほどに静まり返った街。


外へと駆け出して周りを伺い、時計塔を見て言葉を失う。



〝5時50分44秒〟



秒針も、止まっていた。


「時計の針が──時間が、止まってるの……!?」


アイネの脳裏では、昨日の長老との会話がフラッシュバックした。


『ではの、何かあれば時計塔を訪ねてくれば良い』


アイネは図らずも最も大きな異変がある時計塔へと、歯車のペンダントを握り締め走り出した。


「なんで時間が止めってるのか、突き止めなきゃ……!! 絶対に戻して見せる!!」

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[一言] 【タイトル】スチームパンク系のSFを期待するタイトル。 【あらすじ】原因はファンタジー的だが、「停止した時間に閉じ込められる」話はタイトルから期待する範囲に収まる。「ドラえもん」でも「時間を…
[一言] 歯車のペンダントが何かキーになっているんだろうか。 意味深だけど情報が小出しでどんなものなのかちょっとわからない。 割れた歯車もなんらか関係していそうですね。 師匠と会うことができるのか?
[良い点] ほのぼのとした日常から緊張感のある展開へ、緩急の付け方が巧みでした。 [一言] アイネの持つペンダントが鍵でしょうか。 早くみんなが動き出すといいですね。
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