4-20 数秒程しか全力を出せないお侍様とスパイやります
【この作品にあらすじはありません】
私は悪徳領主に仕えていたメイドでした。
その領主は王国領の端、不可侵条約を結ぶ魔王国との境界ぎりぎりの土地を納めていました。土地柄上、魔王国と王国の交易を結ぶ関所があり。両国間の商売が行われている唯一の領地。
しかし、それゆえに悪徳行為に手を染めるのも簡単でした。
関所での手数料の増加をはじめ、魔法違反品の密輸、不当な理由で街の関所を閉めたり、領内全体の徴収税率をぎりぎりまで絞り上げたりと。
しかし、ある日彼が現れました。
『わしゃあスパイじゃ、協力しろメイド』
『なん、顔が良すぎる……はい、喜んで♡』
愛すべきご主人。マッケ・ユウ様です。
当初は異邦人の格好で何処と無く頼りなく剣も頼りない侍。ただ顔はド好みな男の人。と言うだけでしたが、彼が罹った呪いと魔神信奉者たちの悪事を聞き。即座に決めました。
悪徳領主様を雁字搦めにし、民衆の前に放り出した後。
私と彼の新たな生活ーー魔神を巡るスパイ生活の始まりです。
○
金庫の中身を漁っている時、潜入先の主の声が我々の背後から降りかかりました。
「やはり、君たちだったか。ここ最近、魔王国を騒がすスパイ共は……魔法も使わずこの屋敷で堂々と活動するとは。とんでもないな」
私たちは金庫を前で硬直。さあ身バレです。
金庫の扉に手を掛けていた燕尾服を着込み帯刀した――マッケ・ユウ様とメイド服な私――アンリ・エッタは声の主に体を向けます。
「……スグ・ヌシーワ伯爵様。私たちは賊が金庫を狙っていると聞いて、駆け付けただけですが?」
掛けた眼鏡をこともなさげにクイッとさせ、いけしゃあしゃあと言ってみます。こういう時は威風堂々とするのが1番です。
「そんな者はいない。裏切り者を炙り出すための誤報だ」
と伯爵様は言います。
私達は踊らされた模様。
「ぉおん……」
すみません、堂々な気分が崩れ去りそうです。
そんな私に呆れつつ、「ワイがでる」とご主人様。
ピッチリ目の燕尾服を着て、私の前に立つ姿いいですね。平均的な身長でもわかる背筋群が非常にそそります。
「伯爵さんよォ、どこで分かった油断なんぞしてなかったが筈じゃが」
「君だよマッケ君」
「ほう?」
「剣で切れない。包丁も切れない。掃除も微妙。使用人として雇ったが。剣術の指導以外全て平均より下だった」
おや雲行きが。
「当初、余所の貴族から紹介を受けて君たちを雇ったが……あまりにも聞いてた話が違ったからね」
「ふん……得手不得手が誰しもあるじゃろ」
「た、確かにそれは……そうですね。ダメなところが普段から目につきましたし……あ、でもそこもいいんですよ!」
「辛いからやめい!」
ヌシーワ伯爵の発言には私も思い当たる節がありました。
潜入する際、バックストーリーをそれぞれ聞いてはいたのですが口頭説明だったせいで。ご主人様は頻繁に忘れておりました。
得意と言われてた技能が微妙だったり、敬語が時々訛ってしまったり。怪しまれる点は増えつつありましたが、一番ひどかったのは恐らく。
夫婦設定の乖離でしょう。
「確認だが、君たち……人目を忍んでとか愛を伝えたか? 抱き合っていたか? メイド長の話だと接吻すら報告がなくてな」
「そりゃ俺別に好きやないからや……! 仕事仲間やからやッ!」
「いつも愛は伝えてるのですが……」
今更ですが残念ながらお侍様とは相思相愛ではございません。
私の愛は現在一方通行。横恋慕みたいな感じでしょうか。
一方的に引っ付いてる現状、労いの言葉を頂戴する回数は増えましたが愛の囁きは未だゼロ。
お侍様の呪い――【峰打ちの呪印】が解けるまでは長期戦の心構えではあるのですが。いい加減欲しいです。
ドでけぇ愛が。
「とりあえず、その金庫から取った大事な儀式素材を返してくれないか?今なら脳以外無事で返してあげるから」
「はん。わしゃあの呪いを解くために必要なんでな。貰っていく」
「お、という事は僕が魔神信奉者な事もバレてるわけか……魔神アークをこの世に復活させようとしてることも……なら」
伯爵様は腰から剣を抜いて構えます。その動作に合わせて先程から後ろに控えていた私兵達も盾を構えて圧を出し始めました。
「……この部屋は広めに作っててね。拷問の利益が無い捕虜とかを嬲り殺す時に使うんだ」
伯爵様、満面の笑みです。
「スグ・ヌシーワがお送りする数の暴力で君らを殺し「あ、殺される前におひとつ確認したいのですが」はぁ……なんだスパイ共」
では、お言葉に甘えて。
「こちらの大切な素材が偽物なのはどういう理由です?」
「は……?」
私は持った儀式素材を天高く掲げます。
歪な形をした物質。本物ならば、掲げることすら烏滸がましい程、圧倒されます。
手に持ててる時点でスカですね。本物はもっと精神を狂わせるので、辺り一帯が地獄になります。
「いや、そんな訳……でもここから感じる力は」
「希釈してもあるので……雇い主の講座を受講すればこの程度簡単に判別できます。ね?ユウ様」
「……わしにも限界はある」
「もっと弁解の余地を考えてください」
講座を忘れたユウ様を非難してると、伯爵様がプルプルと愕然とした表情で呟きます。
「私は、復活後の新世界を平定するはずでは!?嘘だったのかあの方の言葉は……!」
「多分信頼されてなくて金蔓扱いですね」
ぐっと歪む伯爵様の顔。これは一回ぐらいさせてみたい顔つき上位に食い込みます。
この方は信用はされてなかったんでしょう。
この感じだと裏切り者もいそう……あ、後ろのメイド長が怪しく笑ってますね。
「お前たちがすり替えたんだ……周りは信頼できる人材で固めていた、こんなはずでは……貴様らがあ!!!」
「金庫を開けた時にはもう偽物でした。言っても無駄かもしれませんが……ユウ様、はいどうぞ」
メイドの前掛けポケットから酒瓶を取り出します。
質量関係なく入るこのポケットは悪徳メイド時代から使用しております。ユウ様をサポートする物が選り取り見取り。
酒瓶をひったくり、ユウ様はゆっくりとヌシーワ様に向かって歩みを進めます。
「くっ……ただ貴様らから情報抜き出せばこの程度ひっくり返せる……!!雇い主は誰だ……?さあ教えろぉ!!」
「はぁ……面倒やから雑っとして――斬る」
あ、ちなみにユウ様は今現在相手を切り殺す力はございません。
【棒振りの呪印】を刻まれてるので、斬撃を実行できる物質は悉く無用の長物に変貌します。
その上、構わずその状態で振ればあっけなく武器は砕け散るので攻撃力は零です。殴っても腕の骨が折れます。
そんな感じで意気揚々としてるの凄い。
「切り刻んでくださいユウ様ー!」
「わーっとるわい」
伯爵様へと近寄りつつ、瓶に口を着け中の液体をぐびぐびと飲んでいきます。
「ふんっ!!貴様らには大儀などなかろうメイドと無能侍!そんな奴に負けんぞォ!!」
伯爵様が、勢いよく襲いかかってきます。
先程口にしたのは解呪薬です。
それを口にすれば数秒間だけ呪いから解放されます。ただ薬は極上な素材を加工し作られる特注品で、神の素材でもなければ作れません。
「神様っちゅうのは、全ての部位に無駄がなくてのう」
伝説の魔神アーク。神体の部位が国の各所に存在し実在が確認されている魔神。素材は強力無比な解呪の力を持つ。
ゆえに復活させた魔神を五体満足で捕獲できれば。どれだけの利益と呪印の不幸を解消できるのでしょうか。
「魔神信奉者より先に復活させりゃあ。ぜんぶ独占して余すことなく薬にしちゃる。それがワシの目的……つまりスパイ最高!」
呪印。原因不明の不幸な力を持つ印。世界唯一の解呪薬を量産するために私たちはスパイをやってます。
「なんと、なんと傲慢か!!アーク様をそんな事に……!!許さん許さァんぞぉぉぉ!」
ヌシーワ伯爵がぶつぶつと何かを唱え、場の圧力が増していきます。
「……まあお主に恨みは無い。ただ、その身が悪ならば。ぶった斬るのが武士道じゃ」
「アーク様見てて下さい!変身魔法起動!!うぬおおおおお、体に力がみな……ミナギル!!」
ユウ様は結構量があった瓶の液体を飲み干し、刀の柄に手を添えて。
「せいぜい地獄で反省してこい」
――私以外の全てが細切れになりました。
化け物になりかけた伯爵様、私兵、部屋、金庫、屋敷。
「ミナギ……ひ、ぴょ?」
唯一原型を刻まれても保っていた伯爵様は呆けた声と共に崩れます。
生き残ったのは生存者のスパイ二人。これで目撃者が存在しなくなりましたのですべてよし!
「瞬きありゃあ微塵も残らんのう」
私たちの目標である魔神の捕獲。きっとマッケ・ユウ様がいれば。数秒あれば全てを斬り刻む才能があればいけるかもしれません。
○
「ユウ様」
「なんじゃ」
「一人仕留めそこないました。上空から監視してたやつがいます」
ちなみにですが、私たちはスパイです。
情報を集めるのが主目的で、殺人は最終手段とはいえ推奨されません。
つまり
「そんな訳で次の仕事が決まりました。偵察兵捕獲と偽物の儀式素材と事の顛末を報告しなければなりません」
「……またワイら怒られ?」
「はい、気合い入れましょう!」
これから待ち受ける苦難を想像してマッケ・ユウ様はため息をつきました。





