4-13 冒険者ギルド『アメジスティア』は生前葬を推奨します
この世界で冒険者の遺体が元いた町に帰ってくる確率は、一パーセントもない。冒険者ギルド『アメジスティア』がある町のはずれには死者のいない墓標が並ぶ日々が続いていた。
せめて、死ぬ前でもいいから彼らの葬儀を行いたい。そう考えて動き出したのが『葬儀屋』リオネル・ナヴァーク。彼は持ち前の葬儀知識で冒険者たちの生前葬を行い、生者を弔っていく。知識と趣向を凝らしたその葬儀は、ギルドの冒険者たちの心を癒していった。次第に冒険者たちから生前葬の話は広がり、次第にその話に引かれた人たちがリオネルの前に現れるのだった。
カランコロン。
夜、突然降り始めた雨を聴きながら冒険者ギルド『アメジスティア』の事務所で書類仕事を行なっていたリオネル・ナヴァークはドアベルの音で顔を上げる。
ズレたメガネを上に押し上げると、珍しく誰もいないギルドのエントランスに、来客らしき少女の姿がぽつんと映った。
深い茶色に紅の瞳をした狐耳の少女。
齢は二十五のリオネルより結構下……十八ほどだろうか。この辺りでは珍しいキモノを着ているので、隣国にある自然と獣人の国──ユグドレ皇国出身かな、とすぐに当たりはついた。瑞々しい肌が雨を弾き、頬をつぅと伝っていく。
「……おや、はじめましてですかね。いらっしゃい」
「妾はコンと言う。そなたが『葬儀屋』か?」
「ええ、はい。僕が『葬儀屋』のリオネル・ナヴァークです」
『葬儀屋』。
そう呼ばれるのを、リオネルは嫌いではなかった。
元々冒険者だったところを引退して、冒険者ギルド『アメジスティア』で事務員になったはずの彼の独特な働きぶりを認められたような気がして。
「何でも殺せる凄腕の暗殺者であるお主を見込んで頼みがある。妾を殺してはくれんか」
「……はぁ」
だが身に覚えのない仕事で頭を下げられた時は、さすがに気の抜けた生返事を返すしかなかった。
「つまり生きることに疲れた、と」
「そんなところじゃ」
応接室のソファーに座ってもらってコンさんの話を聞く。
曰く彼女は千年を超えて生きている獣人であり、何でも殺せる凄腕暗殺者の存在を聞きつけてここまでやってきたらしい。その肉体は長生きしすぎたせいでもはや不老不死の域にまで達しており、生半可なものでは傷付けることもできないとかなんとか。
……本当でしょうか?
大変失礼だが、千年生きたという割には目の前の人物に威厳を感じない。
出したお茶が熱くて舌を引っ込めている姿はどこにでもいそうな獣人の少女だ。やけに大仰な言葉遣いだし、もしかしたらそういうお年頃なだけかもしれない。
それはともかく何よりも訂正しなければいけない点がある。
「とても言いにくいのですが……コンさん、いくらか誤解があります。僕は凄腕の暗殺者じゃなくて、生前葬を専門にしてる葬儀屋です。もっと言えばこのギルド『アメジスティア』の事務員でもあります」
「なんじゃと!?」
「どんな方でも弔うという意味では『何でも殺せる』と解釈できるかもしれませんが……苦しいこじつけになるかと」
「なんと! アリアンナめ、謀ったな!」
……さてはうちのギルドのアリアンナさんか。
彼女の口にかかればフレイムリザードがドラゴンになり、おつかいが英雄譚になり、日替わり定食が星五シェフのフルコースになるとはうちのギルド内で有名だ。
そういえば次の行き先はユグドレ皇国だと言っていたな。
おおよそこのコンもふらっとやってきたアリアンナに調子良く吹き込まれたんだろう。
「ところでせいぜんそーとはなんじゃ? アリアンナに聞いてもよく分からんかったのじゃが」
「言葉通りの意味です。人が生きている時にする葬儀ですよ。うちのギルドでは冒険者実績評価がBになり、町の外へ依頼をこなしに行くことが許可されたタイミングで生前葬を行うことを推奨しています」
「……葬儀は『死』を司る儀じゃぞ。それを生きている人間にするとは、呪いでもかけるつもりか? お主はアリアンナに呪いをかけたのか?」
「いやいや、そんなつもりはなくて……」
すぅっと瞳が細くなる。アリアンナのことを案じているのだろう。
ずいぶん彼女を気に入ってるみたいでなんだか親心にも似た嬉しさが湧いてきた。
……同年代の友だちができて良かったですね、アリアンナさん。
「冒険者というのは、いつ死ぬかわからない職業ですから。ダンジョンに潜ってモンスターに殺されたり、盗賊に襲われて命を落としたり、はたまた冒険中に餓死したり。そうなってしまえば亡骸だけでも返ってくればいい方です。かくいう僕の友人の何人かも、冒険に行ったきり二度と生きて戻ってくることはありませんでした」
「……ああ、つまりお主らはこのぎるどを死に場所にするために儀をしておるわけじゃな」
「理解が早くて助かります」
「ふふん」
コンは得意げに鼻を鳴らした。
冒険先で命を落とした場合、その遺体が帰ってくる確率は一パーセントもない。中には魔物の餌として貪られたり、誰にも気づかれず砂と共に風化していったり。
この町の外れには、そんな主人の抜け殻のような墓標がいくつもある。
「他にも仕事を辞める時なんかにやられる方もいますよ。つい一昨日は冒険者を辞めて実家の牧場を継ぐ青年に生前葬を行いました」
「ほう、その時は泣いて見送ったのか?」
「ダンスが好きな方だったので、ダンサーを数人読んで一緒に踊ってもらいました」
「だ、だんす!?」
狐耳をピンと立ててコンは驚く。
一昨日は今までやった生前葬の中でも過去一の盛り上がりだった。本来眠るはずの棺桶の前でタップダンスやブレイクダンス、参列客を巻き込んでのフォークダンスなど、各種踊りが披露された。当の主役は調子に乗ったせいで腰をやって、次の日本当に死にそうな声で呻きながら故郷に帰って行った。
「わ、妾の知っておる葬儀と違うのぅ……生誕の日のぱーてぃみたいじゃ」
「本人の要望次第ですので。従来の葬儀がいいならそっちのプランもあります。あくまで本人希望を優先して考えるのが僕の信条です」
ただ冒険者になるような人はだいたい陽気で頭のネジが一本くらい外れているタイプが多いので、よく変な方向に行くだけなのだ。
「死なずに済めばそれ以上の幸福はないですからね。みんな不老不死になればいいのに、なんて思ったこともあります」
「みんなが、のぅ。にしても……むぅ、生前葬か」
……意外ですね。
興味本位で冷やかしに来たのかなと思っていたが、真面目に検討してくれているらしい。ただ何か気掛かりなことがあったのか、今度は左の小指をすらりとしたアゴに当ててもにゅもにゅと口を動かしはじめた。
ずいぶん可愛い仕草をしますね、なんてことを思いながら言葉を紡ぐ。
「軽く資料を見てみますか?」
「いいのか?」
「物は試しです。死にはしないんですから。さあ、この書類にサインを」
「な、なんじゃお主急に圧が強いのう……」
呟きながら、しかしやはり興味があるのか、クロムは契約書にさらさらと名前を書く。
その名前にリオネルは目を向くことになった。
クロム・コン・ユグドレ・オブシディアン。
それは、千年前に興ったユグドレ皇国の初代女王の名前なのだから。
葬儀を作るのにまず必要なのは、その人のバックボーンを知ることだ。
特に今回は千年の歴史がある相手だからその量は膨大なものになるだろう。
どうやら本当に本人らしいと知った時は驚いたが、そうと決まればなおさら腕が鳴る。
応接室の机の上に葬儀のプランやサンプルの資料を見せながら、リオネルは語る。
「葬儀とは『死』や『終わり』を示すとても力強い祭儀です。だからこそ、そこに妥協があってはいけません。完璧に、最高に、その人に合わせた葬儀をしなくてはいけません」
「あ、ああ、そうじゃのう。ところでリオネル殿、この木簡はなんじゃ?」
「千年前にユグドレ皇国で行われていた葬儀の記録です」
「は?」
コンの口があんぐりと空く。
だってそれは、去年の盗品騒ぎで盗まれた国宝だったのだから。
「去年うちのギルドで押収したもの手に入れたは良いものの使う機会がなくて」
「何故お主が我が国の国宝を持っておる!?」
「葬儀屋たるもの、本人の要望に合わせた文化や時代に合わせた葬儀を行うのが一番ですから! そのための情報や素材の収集は欠かせません!」
「お主さてはかなり重度の葬儀おたくじゃな!? だいぶ性格が変わっておるぞ!?」
「これはレプリカです! レプリカですから持っていかないでください!」
そんな会話をしながらもリオネルはコンに葬儀のプランを紹介していく。
棺桶の形や素材、参考にする死装束の時代、流す音楽。
中でもコンが興味を示したのは、棺桶に入れる副葬品のサンプルを入れた箱だった。
その中からひとつ、翡翠色に光る宝石を摘み上げる。
「この勾玉……」
「ああ、そちらですか。初代女王が、病気で亡くなった初代国王リィン様の棺に入れた品を当時の出土品と照らし合わせて作ってみたものです。女王本人に見られるのはさすがに恥ずかしいですね」
「……角が丸すぎじゃな。あの頃の妾は、もっと不器用だった。石もこれほど高級ではない」
親指でゆっくりと翡翠の勾玉をなぞる。
千年前より透き通った勾玉から見えるのは、今はもう色褪せた蜜月の時。
「のう、リオネル。お主は妾に合わせた葬儀をしてくれると言ったな?」
「ええ、もちろん」
「では夫を呼ぶことは可能か? 妾の夫、リィン・キュー・ユグドレ・オブシディアンを」
無茶振りをしている自覚はあった。
何せ、死者蘇生なんて千年生きた今でも成し得ない秘術だ。
……いや、欲を言えば否定してほしかった。今さら期待などして何になる。
「是非呼ばせていただきます」
だがリオネルは、自信満々に頷いて見せるのだった。





