3-25 数の魔法使いは女神さまを振り向かせたい
フジヒロは、数の神の一柱である女神フラクティのスカウトを受け、異世界で「数の魔法使い」になった。
意味を通して世界に働きかける「言葉の魔法」と対になる、数の魔法。数字に親しみのない異世界の人々へ、その恩恵を広めるのが彼の仕事。そんな彼の目下の悩みは、大きな仕事が見つからないこと。
何か大きな仕事を成し遂げて、女神さまの特別な存在になりたい。
そんな思いを抱えながら過ごしていた彼は、ある日ついにチャンスを得た。ダンジョン探索者のパーティーに欠員がでたことをきっかけに、「数の魔法をダンジョン攻略に利用する」方法を追求することになったのだ。
命がけだが、方法論を確立できればより安全にダンジョンの攻略が可能になる。
ありふれた、しかし強力な数の力。
各々が夢や事情を抱えたパーティーメンバー。
これら二つを味方につけて、青年は女神の背を追う。
案内された役場の一室には、書類が山と積まれていた。目測でも、背は低めなフジヒロの肩まで届くほどだ。
「この中に改ざんされたものが混ざっている、と」
「はい」
役場の職員が言うことには、書類にはこの街にあるダンジョンが産出する魔晶の量と、その取引の記録が記されている。そして横流しされているという事実は先日発覚したが、『いつ、どれだけ』消えたのかが判明していない、ということだった。
「精査しようにも人手に限りがありまして。『数の魔法』で候補を絞り込んでいただけないかと」
「お任せください」
まさに『数の魔法使い』の仕事だ、とフジヒロは笑みを浮かべた。
この世界に来てから、彼の持つスマートフォンは神の力で動く『神器』になった。神々が提供する奇跡をアプリケーションとして利用できる、『言葉の魔法使い』が呪文を納めた魔法書にあたるものだ。
科学が魔法のように見える、といった話ではなく文字通りに魔法が使える。
それを手に取り作業にかかろうとした時、ノックの音がした。焦りの浮かんだ表情の女が入室し、職員に要件を耳打ちする。聞く側の表情から察するに、都合の悪いことらしい。
「すぐに戻るから作業にかかって欲しい」旨を告げて、職員は部屋から出て行った。
改めてスマートフォンを操作しようとしたが、指先が止まる。
この世界のルールは、元の世界と違って神々の介入がある。自分がこれからやろうとすることは、元の世界のある法則を利用するが、それが通用するのか。
フジヒロは頭に浮かんだ疑問を解決するため、通話アイコンを押した。
「はい、数的概念連合物理学部……あら、ヒロくんじゃない」
「お久しぶりですね、フラクティさま。お声を聞けてうれしいです」
「異世界転移して以来ねぇ。あれから神殿に顔出せてなかったけど、元気だった?」
「ぼちぼち仕事も慣れてきました」
元の世界で偶然出会った女神、フラクティ。フジヒロはトラブルに巻き込まれたのを彼女に助けられる形で、この世界に来た。光の加減で色が変わって見える、長くきれいな髪が彼の中で印象に残っている。
「直接神さまに確認したい疑問がありまして。『ベンフォードの法則』ってご存じですか」
「……ごめん知らない。どの分野の話?」
「『統計学』です。こっちの世界でも、元の世界と同様にこの法則が成立するのか知りたかったんですが……分かりませんか?」
「ちょっと待ってて。統計に関わる概念出身の神なら何柱か知ってるから、聞いてくる」
通話が数秒ほど保留音に切り替わる。神の世界は時間の流れが速いので、こういう場合に待たされることはまず無い。
「もしもしヒロくん? 聞いてきたけど大丈夫だって」
「それは良かった。通用しなかったらどうしようかと」
「用事はこれだけ?」
「はい」
「それじゃ、最後に一言」
通話越しの声色が、少し変化したような気がした。
「あなたをそこに連れてきたのはわたしなんだから、もっと頼ってくれても良いからね」
「また、今回みたいに頼らせてもらいます」
「何か悩みとか、抱えてない?」
さすが神さま。悩める人の考えはお見通しらしい。けれど。
「……大丈夫ですよ。それでは、失礼します」
彼の抱える悩みは、この女神に『だけ』は話せない。
…………SUI(Soul User Interface)有効化。
…………アプリケーション『数値化』起動。
…………対象、この部屋の書類に書かれた記録。最初の桁における数値の出現頻度を、資料ごとに分布化。
「これと、これか」
「お待たせしました」
「ああ、ちょうど良かった。怪しい記録が見つかりましたよ」
「もうですか!?」
あまりに早く「結果が出た」と聞き、役場の職員は訝しんだ。フジヒロもどうやったのか説明を付け加える。
「人の手が加えられた数とそうでない数とでは、数値の現れ方に差が出ます。奇跡『数値化』の力を借りて、その傾向に従わない記録を抽出しました」
「確度はいかほど」
「人の手が加わっていることは保証できます」
職員が結果に納得するには、いくつかの質問をやり取りする必要があった。
「先ほどは何が?」
「……深い層まで潜れる探索者パーティーに重傷者が発生して、生産量が低下すると報告を受けました」
エネルギー資源と通貨を兼ねる物質『魔晶』は、人がダンジョンを探索することにより生産される。そしてその生産量は、探索する層の深さに比例する。
深い層まで潜れるパーティーが機能不全を起こすことによる被害は、書類上のごまかしよりも大きかった。
「この問題も、『数の魔法』で鮮やかに解決は……さすがに無理ですよね」
「案ならいくつか」
「できるんですか!?」
◆
今日の分の仕事を済ませて、フジヒロは街の中でも探索者向けの宿、拠点が集まった一角に向かった。重傷者を出したパーティーが使っている場所は、彼の想像よりも質素な趣をしている。そして外出するタイミングだったのか、彼の会いたかった人物はちょうど扉からでてきたところだった。
「ロブ・スコットさんですか?」
「……子供がこんなところに、何の用だ?」
そんなに幼く見えるのか、と自分とスコットを見比べる。
薄めの口ひげ、危険と隣り合わせの仕事で磨かれた精悍な顔つき、体格。スコットの持つそれらの要素は、なるほどタフな大人の男のそれだ。
一方の自分は、ろくにカミソリを使わずとも平気な薄い体毛、ふつうにしていても微笑んでいると言われた顔つき、多少こちらで鍛えたとはいえ貧弱な体格。子供扱いも納得ではあるが、彼も仕事のためここに来ている。子供としてあしらわれるわけにはいかない。
「これを読んで頂いた方が早いですね」
フジヒロが差し出した文書の封蝋、そこに記された印章を一瞥してから彼は文書を受け取った。読み進める内に、顔の険しさは増していく。
「……また面倒な話を」
「面倒でも協力していただける、のでしょうか?」
「門前払いはしない、だな。役所からのお達しとはいえ、共にダンジョンへ潜る相手は選ばせてもらう」
自分を見るスコットの目線が、少し変化したように感じられた。上から見下ろしているのは相変わらずだが、自分を見定めようとはしている。
「『数の魔法のダンジョン攻略における有効性を調査する』、何故こんなことをしようとする? お前はなにも困らないだろう」
スコットの質問には、他の『数の魔法使い』がそうであるように、という言外のニュアンスが含まれていた。神が連れてくる異世界人は貧弱ではあるが、必ず何かしらの技能を持ち合わせている。金や名誉を求めるにしても、ダンジョン探索者を選択する必要は無い。
「私の元居た世界では、安全や生命は仕事を進める上で何よりも優先されるべきだと言われていました。……少なくとも建前上は」
「そういう場所、だろうな」
「他の異世界人に会ったことがあるんですか?」
「ああ。どいつもこいつもまるで『生まれてこの方一度も腹を減らしたことが無い』ような、独特の雰囲気がある」
話が逸れた、とスコットはフジヒロに続きを促す。
「向こう側で魔法を行使することはできませんが、数を通して『どうしたら人は死んでしまうか』『どうしたら人を死なせずに済むか』を追求することはできます」
「その結果、ああいう連中の住む場所になったと」
「でしょうね。魔法の力が湧き出る源であるためか、ダンジョンは魔法の干渉を限定的にしか受けない。魔法以外に強みの無い私が潜るのは危険。それは理解しています。それでも、機会さえあればこの可能性を追求したかったんです」
スコットの表情は険しいままだか、これまでとは別の感情が混ざった、ように思えた。
「隠してるとか、はぐらかしてる感じじゃあないな」
「何が足りないんでしょう」
「もう少し根本的な、ダンジョンに潜らなきゃならない理由。何かあるんじゃないか?」
目線の圧力が増した。下手にごまかそうとすれば、協力を得ることは叶わないだろう。
「……女神さまに惚れたっていったら、笑います?」
「何?」
少なくともまだ、スコットは笑わない。
「人に恋なんてしたことないので、恋とかそういう気持ちなのかは分かりません。私をこちらに連れてきてくれた女神さまに、良いとこを見せたいんですよ。大きなことを成し遂げて」
対面して以来、スコットの表情は一番大きな変化を見せた。表情に強く驚愕が現れている。
「……どうしました?」
「いや、あまりにも普通な理由で……」
「普通!?」
「ああ、そっち側じゃ神が直接姿を見せることは無いんだったな。異性の姿で顕現する神に憧れるなんて、誰でも通る道だ」
こちらの世界に生まれて、神のために命を賭けられる人々は神官を目指す。
「お前も神殿で出世して、その女神さまから恩寵を授かりたいのか?」
「そこまで具体的には……」
「いるいる、こういう向こう見ずな感じの若人」
何人も見てきた、と言わんばかりにスコットはうなずく。
「とりあえず、お前がどういう奴なのかは分かってきた。他にも確認させてもらいたいことはあるが、前向きに考えていると思ってもらっていい」
「前向き、ですか」
「命を預け、預かる相手だぞ。慎重にもなる。」
もし、共にダンジョンに潜れると判断したなら。その時は
「フジヒロ、お前の無茶につきあってやる。……俺も昔はよくやったからな」
スコットは、フジヒロに初めて笑みを見せた。





