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3-23 明日への扉 〜救世主は、10年後の『私』たち〜

ミリアは、14才の伯爵令嬢。

ある日、自分の秘められた力に気づく。


それは危機がやってきたとき、未来へつながる扉――『明日への扉』を開き、未来の自分を呼び出して助けてもらえること。


家族が詐欺にあいかけた時には、その後悔で商人として成功した自分。

家族が悪漢に襲われた時には、同じように強い騎士となった自分。

家族が病に倒れた時には、10年後の自分は薬師になっていた。


やがてミリアは、未来の自分達から、伯爵家が何者かに狙われていたことを告げられる。

未来でも、犯人は不明。

10年後では証拠は散逸しており、家族を守りきり陰謀を終わらせるには、策略が行われている現時点――つまり『今のミリア』が相手の正体と証拠を押さえるしかない。


ミリアは、未来のミリアたちと、家族を守るために立ち上がる。

 今でも、はっきりと覚えている。

 『明日への扉』を最初に開いたのは、私が5才の時だった。

 当時、上の2人のお姉様と、3人のお兄様に続いたおまけのような存在が、私だった。末っ子ミリアはなんでもかんでも後回し。なまじ1人だけ5つも歳が離れていたものだから、家族がお呼ばれしても私だけお留守番というのもしょっちゅうだった。

 まぁ、当時は体が弱かったのも悪いのだけど。


 ある晩、遠出をした家族が大雨で帰れないことがあった。

 たった一人きり家に残された私は、ある遊びを思い付く。それは倉庫に押し込まれた、曾お婆さまの時からある古い古い衣装入れの扉を、日付が変わる鐘と共に開けるというもの。

 何回も取り残され、私は1人遊びが得意になる。

 誰も探していないのにカーテンに隠れて息を潜めたり、勝手に馬の並びを色が濃い順にしてみたり。

 『明日への扉』は、そんな遊びの一つだった。

 明日になるのと同じタイミングで、衣装入れの扉を開き自分で明日をお迎えする――そんな気分になる。それだけの遊びのはずだった。

 はずだったんだ。


 でも『明日への扉』を開いた時、暖かい風が吹き込んだ。

 古い臭いがしみついた衣装入れ。開いた先には、緑と日光が溢れる庭園が広がっていて。

 日傘をさした20才くらいの女の人が、ぽかんと私を見つめていた。

 きれいな人。

 親戚の誰かと思ったのは、どこかお母様に似ていたから。でも髪色が違う。赤毛に近い茶髪は――私の、色だ。

 その人は、呆気にとられる私と、小鳥の声が何度もくり返されるほどの間、見つめ合っていたと思う。


「公妃様!」


 呼ばれ、女の人ははっと我に返る。

 呆然としたままの私に、


「またね」


 と優しく笑った。

 気付くと『明日への扉』は閉まり、私はしんと静まり返ったかび臭い倉庫に1人でいたのだった。



     ◆



 どうして、今になって5才頃の遊びを思い出したのだろう。

 今の私は14才。部屋でお気に入りの本を読み返していた時に、お父様から呼び出され、来客のあまり関心をそそられない話に欠伸を我慢している。


「――と、いうわけでありまして。要は、かの災害でなくなりました橋を、かけかえる事業に資金を集めているのです」


 投資の相談だった。

 大勢からお金を集めて、川に橋をかける。投資分は、商人や旅人から通行料をとって回収する。

 橋は私達の領地だったから、お父様が一番多くお金を出すことになるだろう。


「うむ……橋には技術が要る。すでに実績があるあなた方に任せられるというなら、安心だ」


 お父様の言葉を聞きつつ、私は少し変に思っていた。というのもこの商人さん、廊下で私とすれ違った時、鼻をふんと鳴らしていったんだよね。

 当時、私は倉庫で本の次巻を探して、令嬢には見えない古着でいたのだけど。その表情が慈善家にはそぐわなくて、なんとなく怪しい気がしたのだ。

 私はちょっととぼけて言う。


「あの橋は、確かに渡っている人もおりました。でも、川幅が広う感じます。少し歩けばもっと橋をかけやすく、流されにくい場所もありますでしょう。なぜ、同じ位置に橋を?」


 わからないので教えてください、と問うのが末っ子が意見をだす秘訣である。


「それは――」

「ミリアの言葉ももっともだ。少し考え、返答は後日としたい」


 といっても、お父様は人がいい。もう心は橋の架け替えに傾いているようだった。

 ……騙されていないと、いいのだけど。

 末っ子の私に言えることはあんまりなく、不安な夜になった。

 こんな気持ちになるなら、もっと帳簿や算術を勉強して、女商人にでもなってやろうと思う。早く大人になりたかった。

 数日後、私はまた用事があって倉庫に行き、ちょっと不思議なことに気づく。クローゼットの扉が、開きっぱなしになっていたのだ。

 首を傾げていったんは閉じ、なんとなく怖くてお庭へ出る。

 その日も来客があった。


「ごきげんよう」


 女性は微笑んで日傘を畳む。

 私ははっとした。

 いつかのように、お母様に似てる――と思ったのだ。


「商談に伺いました」


 今回は正式な商談だったので、女達は外にいて一番上のお兄様とお父様だけで話を聞く。

 上首尾だったのは、出てきたお父様を見ればわかった。

 私は上のお兄様に尋ねる。


「どうでしたの?」

「橋は、今までよりも上流にかけ直す」


 あら、おあいにく様。昨日の慈善家は、袖にされてしまったらしい。


「でも、どうして?」

「今日の女商人、やり手だよ。都から、馬車鉄道がこの辺りまで伸びてくるらしい」


 お兄様は私の手を引いて、地図がある部屋へ招いてくれた。


「馬車鉄道は、レールを通る馬車のことでね。ここに橋があれば、最短距離で川を渡れる。つまり、馬車鉄道の敷設会社がカネを出すし、関係もできて領地にもいい」


 こそっと声をひそめるお兄様。


「それに……昨日の慈善家、よく似た詐欺が違う場所でもあったらしい。災害の後に、橋の復旧を持ちかけて、カネだけもらって持ち逃げする、そんな事件があったらしいんだ」


 慈善家が実際に詐欺であったのかは、やがて判明した。

 結論は、黒。

 かなりの悪党だったようで、多額の投資を引き出されたあげく、破産した貴族もあるらしい。


「危なかったかもねぇ」

「……だから、もっといろいろ言いたかったのに。お兄様ばかりずるいわ」

「ああ、せっかちな天使よ」


 苦笑するお兄様。


「そろそろ15歳だ。ミリアなら、きっと素敵な人に見染められるし、公妃さま、なんて呼ばれるような家にいくかもね。今は、みんな無事だったことを祝おう」


 お兄様の言うとおり、確かに、危なかった。

 とにもかくにも、女商人になる決意は無駄になったけれど。



     ◆



 1月後、件の馬車鉄道に一度乗ってみようということで、私達は都へ向かうことになった。まだレールは都の周りにしかないので、普通の馬車である。

 お気に入りの服を鞄に詰めていると、ふと寒気を覚えた。


 虫の知らせ、というものだろうか。

 私達伯爵家にはとある迷信があって、それは『時間にまつわる魔力』を持っているというもの。お父様が、以前、自慢げに話していた。

 今でこそ郊外の貴族だが、かつては王家の傍系で、物語にうたわれる高貴な血がちょっとだけ私達に流れているのだ、と。

 とはいえ、迷信は迷信だ。

 予感なんて当たらないかも。でも末っ子だし、もちろん『旅行をやめて』なんて言えなくて、また悶々として過ごした。

 こんなことなら……将来は、もっと勇気がある人になりたい。家族が襲われてもやっつけられるような、物語のような、女騎士のような。


 出発の日、また倉庫に行って、最後の持ち物を詰め込みに行く。

 そこで、私は『明日への扉』が開いていることに気づいた。単なるクローゼットなのだけど、私は不安になる。

 ここから何か出てくるのではないか、と。

 大急ぎで倉庫からとって返して、外の家族に合流した。

 門の外、生垣の端に見知らぬ女性がいることに気づいたのは、そんな時。

 都にいるような騎士装束で、馬を引き、腰には剣をさしていた。


 馬車が出発する。

 女性の馬はつかず離れず、ついてきた。

 なんだか、不気味。休憩で馬車が停まると、追いつくでもなく、その人は私達が見える範囲で同じように休憩する。つけられているかのようだ。

 でも、違ったのだ。

 私達の馬車が人気のない道にさしかかると、物陰から黒い布で顔を隠した男達が出てくる。私達にも護衛はいたけれど、相手も手練れ。

 身が強ばった時、別の影が――さっきの女性が飛び出して、賊を撃退してくれた。

 家族からのお礼をおざなりに受ると、女性は「近くの村まで同行する」と申し出る。

 私も直接にお礼を言いたくて、馬車をそっと降りて女性に近づいた。あっと声が出たけれど。


「あなたは……?」


 その女性もまた、お母様にどこか似ていた。髪色だけ、私と同じで。


「私は、未来からきた」


 とんでもないことを言われた。

 女性は屈んで、私に目を合わせる。


「な、なに……」

「混乱すると思うが、今は聞いてくれ。『明日への扉』は、ミリア、あなたに最悪の未来が迫った時、10年後のあなた自身を呼んで助けてくれるもの」


 私は、ぼんやりと自分の決意を思い出す。

 もしこの襲撃で家族を失っていたら、私は決意したとおり、あるいは生活のため、騎士を目指していたかもしれない。

 詐欺で家が傾いていたら、女商人を目指したかもしれない。


「本当なら、あなたはこの襲撃で父を失うはずだった。私のように」


 明日への扉は、家族の破滅が確定した時に開き、『未来の私』を連れてきて、助けてくれる……?

 私と同じ髪色、目の色をしたこの人は――


「私は未来から来た、ミリア、あなた自身」


 微笑みは、辛い過去を感じさせた。


「君達はまだ狙われている。黒幕を見つけてほしい」


 私は、馬車に揺られながら、わからないことだらけだった。

 もし女性の言葉が本当だとして。

 どうして『明日への扉』が開くような破滅が、私達を襲うのだろう。わからない限りは、明日への扉は開き続ける。開くことが、破滅確定の(ルート)に入った証なのだ。


 ――家族が、狙われている?


 少なくとも、二度狙われた。

 一回は詐欺で、一回は賊に。

 ぎゅっと手を握り、口元を引き締め前を見る。

 私がみんなを守らなくちゃ。

 そのためには――


「明日への扉を、閉じること」


 心に刻むように言うと、上のお兄様が不思議そうに私をちらりと見た。

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