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3-22 箱の中の二人、或いは不確定未来のカサンドラ

「私を襲わないんですか?」


俺は非常停止したエレベーターに閉じ込められた。

そこは外部との連絡が遮断された密室。乗客は二人。

乗り合わせたのは不可思議なセーラー服の女。

カサンドラと名乗る彼女は、時間的牢獄に囚われたタイムリーパーだという。


脱出できずに死ぬというループの中で、俺が彼女を襲ったこともあれば、彼女が俺を殺したこともあるという。


彼女は何者なのか。外の世界はどうなっているのか。

そして、エレベーターから脱出できるのか。


そんな議論を繰り返す中、とある疑問から彼女と俺の知恵比べが始まった。


箱の中の二人が生存を賭けて、可能性と選択を問い続ける。

ソリッドシチュエーション・『ループ』・ミステリ。

「私を襲わないんですか?」

 停止したエレベーター。

 非常灯の頼りない輝きが、おぼろげに室内を照らす。

 そんな中、俺に声をかけたのはセーラー服の女だった。


「え?」

 何を言いだすのか、彼女は。

 薄暗がりに強張った表情が浮かぶ。内容はともかく、口ぶりは真面目だ。

 冗談には聞こえない。どこか確信めいた言い回し。

 疑問は浮かぶが、こんな状況下だ。返事の前にスマートフォンに視線を落とす。

 アンテナは立たず、WiFi(ワイファイ)も拾えない。

 扉に手をかけても開かない。

 エレベーターに俺と彼女の二人きり。密室だ。


 状況はうってつけと言える。

 だが。


「襲うわけがないだろう」

 俺は胸中をよぎった黒い欲望を誤魔化した。


「そうですね。と、安心できたらよかったのですが」

 彼女は俺の顔を暫し見つめて、言葉を濁す。

「君は何を知っている?」

 返事はない。

 互いの呼吸が聞こえる静けさ。落ち着かない。

 けれど、彼女の言葉を待つことにした。


 シャツの背中に汗が滲む。空調が止まり、空気が淀んだせいだろう。

 ネクタイを緩め、ジャケットを脱ぐ。首から吊るした社員証が揺れた。

 そんな俺の仕草を彼女は見つめている。警戒心の表れか。

 鞄をぎゅっと握りなおしている。

 言葉を探すように口を開いては閉じる。気まずい。


 そうしていると、彼女の首すじを汗がひとすじ。

 つぅっ、と流れ。

 無意識に目で追ってしまい、慌てて目を逸らす。

 そんな俺に彼女はくすりと笑った。


「ああ。そうでした。今回も初めまして、長者原(ちょうじゃばら)さん」

 なんで俺の名前を――。

 そう訊ねる前に彼女は言葉を重ねた。

「私の名前はカサンドラ。今、タイムリープ中なんです」


 *

 彼女曰く。

 このエレベーターに乗って死ぬことを繰り返しているという。

 その過程で俺に襲われたり、俺に殺されたりしているそうだ。

 逆に彼女が俺を殺すこともあるという。

 信じ難い話だ。


「このエレベーターに乗らないのは?」

「死にました」

 即答だった。


「え?」

「乗らずに階段を登ります。ビルが倒壊しました。

 バスに乗ります、横転します。

 駅に戻り、電車に乗ろうとします。突き落とされました」

 淡々と彼女は事例を並べる。

「わかった、もういい」

 想像するだけでうんざりする。


「私に出来ることは、この箱で貴方と乗り合わせるまでに準備することくらいです。

 後は貴方と私がここでどう行動するか」

「箱、箱ねぇ……」

 言い得て妙だ。だが、何かに引っかかりを覚えて、俺は首を傾げた。


「私たちはシュレーディンガーの猫なんです。

 もしくは、外の世界が不確定の『猫』かもしれません。

 外の世界が、中の私たちを決定づけるのか。

 私たちが、外の世界を決定づけるのか。

 或いは。この箱と世界に因果関係など無くて、形而上のメタ的存在が観測しているだけかもしれません」

「すまん、わからん」

 哲学は言葉遊びみたいで苦手だ。


「私も浅学なんですけれど。ループの合間に本屋で立ち読みした程度ですし」

「そんな暇があったのか」

「もちろん死にました。本屋にハイブリッドカーがミサイルみたいに突っ込んできました。

 ずうっとループ回避のために頑張るってキツイじゃないですか。たまには気分転換しないと――」

 ――発狂します。

 小声で呟いたのが聞こえた。


「その考え方は分からんでもないが。そうだ、事前に誰かに連絡しておくとかどうだ?」

 現在が連絡不可能でも、事前の対策はできるだろう。

「死にました。というか、“エレベーター止まって閉じ込められるから助けてください”とでも言っておくんですか?」

「いや、GPS共有とか手はあるだろう」

 家族や友人なりに位置情報を共有しておけば、すぐは無理でも救出や捜索はしてくれるんじゃないか。


「死にました。はもういいですね。助けが来ずに死んだ。ってことは()()()()()()なんですよ」

「八方塞がりじゃないか」

「戦争でも起きたのか、巨大地震でも起きたのか。

 ゾンビウィルスか、カルトの大規模テロか。

 異世界に繋がった、とかどうです?」

「妄想めいた話だな」

「訳も分からずループしている当事者の身にもなってください」

「そりゃ悪かった」


 *

「で。このパターンはどういった流れなんだ? 2人で脱出を試みたりするのか?」


「……初めてです」

 これまでと違い、間のある返答。

「は?」

「今まで打ち明けたことはありませんでした。

 タイムリープして死んでます。って話を見ず知らずの女に言われたら信じますか?」

「信じなかっただろう」

 俺は首を振った。普段ならどん引きだ。

 しかし、今はその話に乗っかろうとしている。

「私は死に続けながら、様々なやり方を試しました。

 その結果、貴方に対する行動予測や性格分析が蓄積され、タイムリープを開示する機会を狙ってたんです」

「だから、今は君を信じようとしている。ってことか」

「ま、『JKでも出来る! ソレっぽい占い師入門』って本の受け売りですけど」

「バーナム効果じゃねーか」

 或いは確証バイアスか。

「ほら、そうだと分かっていても話を受け入れようとしているじゃないですか」

 彼女の言葉を否定できずに、沈黙する。


「……後ろめたさのせいかもしれない」

 絞りだした答えは、言い訳めいていて恥ずかしかった。

 他の世界線の俺が襲ったかどうかはともかくとして。

 少なくとも彼女を性的な対象で見ている、という事実。


「私を襲ったという未来に対する?」

「いや。俺の奥底ではそういった選択と欲望があったということに対してかな」

 停止したエレベーターという箱は都合が良いのだ。

「少なくとも今はそのつもりはないんでしょう?」

「今はそうだな」

 だが、未来は分からない。不確定だ。


「その時はその時ってことで。次の私がうまくやってくれるでしょう。ところで――」

 少女は天井を見上げた。電球が頼りなく輝く。その横に四角い窪み。

「どうせ試したんだろう?」

 エレベーター上部にある出入り口。試さないわけがない。

「死にました」

「おい」

「天井救出口って言うんですよ、これ。

 フィクションだとわりと開いたり開かなかったりするヤツなんですけど。

 基本的に内部から開かないみたいです」

「悪戯で開けさせないためだろうな」

「なるほど、確かに」

 彼女は納得したように頷いた。

 会話が途切れる。


 *

「どうするのが最も生存率が高いんだろうな?」

 何もできないままの沈黙に耐えかねて俺はボヤいた。

「今のところゼロですが」

「いや、そうじゃなくてだ。何か手がかりとか攻略手順のようなもの、ないか?」

「大まかなタイムリミットは1時間から4日前後ですかね」

「随分と幅があるな」

「エレベーターに乗らないとわりとすぐに世界が殺しに来ますね」

 世界は彼女をエレベーターに乗せたいということか。


「じゃあ、長生きしたほうが正解なのか?」

「閉じ込められたままの餓死やら衰弱死が正解であるならば」

「なら、事前に食事を用意するのは?」

 タイムリーパーである彼女が準備することは容易いだろう。


「死にました。というか、()()()()見ず知らずの貴方の分まで用意する。

 というのはあまりにも作為的過ぎて、貴方に話を信じてもらえないとは思いませんか?

 場合によっては加害者の世界線もあるんですよ、貴方は。なので、はい」

 彼女は鞄からペットボトルを取り出し、手渡してくる。

「散々言っておいて、飲み物は用意してくれるのか」

「人は水分さえあればそこそこ生き残れるようなので。奈良の遭難事例では1週間とか」

 彼女は自分用のミネラルウォーターに口をつけた。

 ごくり、と嚥下した音がいやに耳に響いた。

 俺も彼女に倣いお茶を飲む。独特の癖がある味に少しえづく。

 まじか、ルイボスティーかよ。


 ……いや。待て。




 *

 俺は口の中の苦みを噛みつぶしながら、彼女に向き合った。

 この苦みはルイボスの風味か、それとも思い至った可能性か。


「なぁ、カサンドラ。何故、君はこれを選んだんだ?」

 ルイボスティーは好きでも嫌いでもない。どちらかと言えば苦手だ。

 彼女であれば、俺の好みに合わせて買ってくることだってできたはずだ。

 ループ中に調べられるのだから。


「……実験です」

「はあ?」

「ゲームなんかでよくあるじゃないですか。アイテムの有無でシナリオが変化したりするの」

「つまり、俺の反応の変化を見て、次のループに活かそうってことか」

「そうなりますね」

 少なくとも彼女の理屈におかしい点はない。

 ならば次の言葉にどう答えるだろうか。


「なるほどな。ところでカサンドラ。

 俺の名前は、長者原(ちょうじゃばる)。『ちょうじゃばら』じゃないんだ」


 カサンドラの返事を待つ。

 読み仮名が振られていない社員証が首元で揺れる。


 ちっという明らかな舌打ちが聞こえた。

 彼女は鞄から黒い拳銃を取り出し、両手で構える。


「ループを繰り返すとですね、リセット手段の入手も考えるようになるんですよ」

 銃口を俺へと向けて、彼女は引き金を――。




 *

「――初めまして、長者原(ちょうじゃばる)さん」


 非常灯のおぼろげな輝きの下、彼女は笑みを浮かべていた。


 俺の手にルイボスティーはなかった。

 ループした……のか?

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[一言] 【タイトル】予言を信じてもらえない予言者の名前と、箱。ややこしい話が予想される。 【あらすじ】小林泰三の「酔歩する男」みたいな状態、とは少し違うか。あれは状態が発散し過ぎていつに飛ぶか分から…
[一言] カサンドラ……言い分を信用してもらえない人。 長者原と殺し殺されるパターンをループする女。 「長者原」の読み方が違ったところでリセットが押されたのは何故だろう。 彼女は銃を持っている。 ………
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