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3-18 知らないはずの君にまた恋をする

 結婚式初夜という人生最高の日を過ごしていたはずの黒木勇斗(くろきゆうと)が目を覚ますと。

 そこは今まで自分達がいたはずのマンションではなく、もう存在しないはずの10年前に住んでいた実家だった。

 今まで出来事が夢であると思いたくない勇斗は元の人生における結婚相手白崎留衣(しらさきるい)と出会いの日である高校2年の始業式へと向かう。


 そこで出会ったのは顔こそ同じではあったが、髪型をはじめ性格すら元の彼女とは異なる留衣だった。

 再び繰り返される高校生活の中で、生まれる新たな選択肢。

 勇斗は名前と顔だけが一致する彼女ともう一度恋をすることができるのか。

 お腹に伝わる圧迫感で浅かった眠りから覚めた俺はお腹に手を当てながら起き上がる。

 その動きで、お腹の上に乗っていた何かが滑り落ちる。

 

「留衣……?」

 

 目をこすりながら愛しき彼女の名前を呼ぶ。確か自分が寝ていたのはソファーの上で、布団の中ではなかったはず。

 考えられるのであれば、留衣(るい)が運んでくれたという可能性だが、いくら彼女でも成人男性を別室まで運ぶのは重労働過ぎる。

 そもそも、今の自分達のマンションの寝具はすべてベッドなので布団の中で目を覚ますということ自体がありえない。


「ここって俺の部屋……だよな?」

 

 辺りをゆっくりと見回して確認したが、間違いなく自分の部屋ではある。

 ただし、それは住んで数年になるはずのマンションの自室ではなく、実家の自室だった。

 

「いやいや。ありえないでしょ」

 

 俺はそう言いながら目に入ってくる情報から頭の中を整理する。

 俺の名前は、黒木勇斗(くろきゆうと)

 流石に記憶喪失ではないようだ。だが、何かがおかしい。

 

 人気アイドルのポスター、アニメのカレンダー、ライトノベルなんかが入った本棚。ゲーム機が並んだテレビ台。

 部屋にあるのは全体的に古いものが多く懐かしさを感じるものばかりだ。

 ふと布団の横に落ちているものをひろうとそれは十年前ぐらいに使用していた懐かしき機種のスマホだった。

 どうやらお腹の上に乗っていたのはこれだったようだ。

 

 持ったことで表示された画面を見て俺は言葉を失った。

 それは丁度十年前の日付となっており、懐かしき犬のペットの写真が写っている。

 

「勇斗! 学校初日から遅刻する気? 早く降りてきなさい!」


 それが自分の母の声だと気づくまで少し時間がかかった。

 ひょっとしたら自分は無意識のまま実家に帰ってきたのかもしれない。

 それだとしても、学校というのはおかしいだろう。と思ったところで俺はとても大切なことに気づいてしまった。

 

 懐かしいと感じている今のこの部屋はもう実家にすら存在しないということに。

 社会人になって引っ越したときに整理したのでこの状態で部屋が残っているわけがないのだ。

 

「どうなってるんだよ……」

 

 自分の身に起こったあまりにも非現実な状況に俺はただ呆然とするしかなかった。


 ◆


 どうやら自分は十年前の世界にきてしまったらしい。

 それが懐かしき制服に着替え、色々と思い出しながら始業式を済ませて教室にたどり着くまでに考えた末に出た俺なりの結論だった。

 昔少し読んでいた小説なんかでそういう展開になっていたのがあるので知識としてはあるが、あくまでお話の中での出来事でありまさか自分の身にそんなことが起こるなんて想像もできなかった。

 

 とはいえ、最初からその発想だったわけではない。

 最初に考えたのは今までの十年間が夢であったということだ。一番現実的と言える発想だろう。


 だけれどこの考えには気になる点がある。

 自分の認識より遥かに若くなっている母たちとそのギャップに戸惑いながら朝ご飯を食べながら会話してわかったことだが、少なくとも昨日の自分は春休み最後の一日を普通に生活していたようだった。

 つまり長期間意識を失っていたとかいうわけではなく一夜で見る夢としてはこの十年間という月日はあまりにも長すぎないだろうかという点だ。

 あり得るのかもしれないが、正直否定したいというのが本音だった。

 もしこれまでの十年間が夢であったとすれば留衣との思い出が全て夢の中での非現実(フィクション)だったということになってしまうから。


 白崎留衣(しらさきるい)――いや、黒木留衣というべきか。

 

 この世界で目覚める前、俺は彼女と結婚式をようやく終えた後のとても大事な初夜を迎えていたはずなのだ。

 思い返せば高校2年の始業式で転校してきた彼女に一目惚れして、付き合ってほしいと告白したのが一学期の終業式。

 今思えば、ろくに話したこともないのにいきなりそんなことを言うなんて非常識だったかもと反省しそうになるが、彼女はクラスでは見せない素敵な笑顔を見せながら良いよと応えてくれた。


 そこから十年間一緒に過ごしてきた。

 高校も、大学も、社会人になってからも。

 喧嘩したり、分かれそうになったこともあったけれど、それでも自分がいたはずの元の世界では結婚までたどり着いたのだ。

 今でも彼女の良い所を上げようと思えば何日だって語り続けられそうな気がする。それぐらいの想いが今でも自分の中にはある。それが自分の夢の中での出来事だったで終わってしまうことが信じられなかった。


 それに今までのことが夢だったで説明できないところがいくつか存在する。

 ひとつは始業式でのクラス分け。

 この日の出来事はしっかりと覚えているので間違えるはずがない。2年1組。

 とはいえ、これだけでは単なる偶然が重なっただけでしかない。

 担任の教師が、前年と同じ木村先生なのもまぁ偶然で片付けられるだろう。

 

 決定的だったのが校長先生の挨拶だ。

 挨拶の中で二回内容を忘れて、一回は咳でごまかしてる間に原稿を読みなおしてフォローしてたけれど、次に忘れたときは同じ場所を繰り返し、最後に挨拶が終わったあと体育館の床で滑って転びそうになっていたところまで再現されていたとなれば流石に夢ではないと思うに十分な理由だと思う。

 なぜこんなことを覚えているかというと同窓会のときの鉄板ネタとしてよく使われていたからだった。


「なぁ。黒木」

 

 隣の席に座っている男子生徒が俺に話しかけてくる。校長ネタで毎度笑いを取っていた青野(あおの)だ。

 そういえばこの当時の彼はサッカー部に入っていたので坊主頭だったことを思い出す。

 彼とは中学時代からの友人で、典型的な社交的陽キャでムードメーカー。

 その関係は高校卒業後も続き、結婚式の友人代表としてスピーチをやってくれたのも彼だった。


「なに?」

「知ってるか? 転校生の話」


 ああそうだ。間違いない。俺は確信する。

 この日、転校生の話で青野と盛り上がってる中で先生が入ってきて軽く挨拶を済ませたあとに転校生である留衣を紹介する。

 そして自分は彼女に一目惚れする。そういう流れだった。


 やはり、自分はなんの理由かはわからないけれど十年前の世界に来てしまったのだ。

 それにしたって、この手の話って主人公が過去に戻りたいとか、現実に絶望してなんてところから始まるパターンが殆どで自分としては過去に戻りたいなんて思ったことはないし、結婚式を済ませた初夜という一番の幸せなタイミングで過去に戻されるなんてひどいと思ってしまう。


 それでも。

 また、留衣と高校生活を過ごせるならば。それは有りなのかもしれない。

 彼女とならば、また繰り返される十年にだって耐えられる気がした。


 ◆

 

「ああ、そうだった。今日はね、転校生がいるの」

 

 昔ならば気にならなかったはずのところに気づくようになったのは自分が大人としての経験を積んだからかもしれない。

 そう思いながら新学期の準備などでつかれたのか少しやつれ気味でそれを隠そうとしているためか濃いメイクが目立つ木村先生。

 彼女も自分と留衣の結婚式に来てくれてたよなと思い出しながら、その先を待つ。

 先生は、一度外に出るとしばらく戻ってこなかった。妙だなと思っているとドアが開く。


「おまたせ……。ほら、入って」


 息を切らせた木村先生が誰かの手を引っ張るように教室に入ってくる。俺はその手の先にいる人物から目を離せなかった。


 ――誰だ? という言葉が思わず口から出そうになった。

 ミルクティーベージュのショートボブに赤いメッシュが一筋。着崩した制服。木村先生とはまた違う方向の濃い派手なメイク。

 どう見ても素行の悪いギャルにしか見えない女の子が入ってきた。

 自分が知っている白崎留衣とは全く別人だった。


 自分が知る彼女の髪は肩ほどの長さの黒いストレートで制服もしっかりと着ていてメイクはほぼしていなかったはずだ。

 真面目で今みたいに先生につれてこられるようなこともなかった。


「自己紹介してくれる?」

「……白崎留衣」

 

 木村先生の言葉に渋々反応した感じの彼女の言葉に俺は再び愕然とさせた。


 嘘だろ? と思ってしまう。

 前の彼女は笑顔で反応して黒板に綺麗な字で自分の名前を書き、深々とお辞儀をした後に「白崎留衣です。皆さんよろしくお願いします」と丁寧な挨拶をしていたはず。

 眼の前で起きる出来事に成り行きを見守ることしかできない。

 

「それじゃあ……白崎さんは、空いている黒木くんの後ろの席で」


 木村先生としてもこれ以上のトラブルは避けたいのだろう、なんとか無事に済ませようと彼女を席へ案内する。


「何?」


 そんな俺の視線が気になったのか留衣はギロリと俺を睨みつける。

 でも、こうして近づいたことで気づく。

 最初はメイクでわからなかったが彼女の顔は間違いなく自分が知る白崎留衣だった。


「よろしくね。白崎さん」

「私に関わらないほうが良い。……どうせ無駄だし」


 挨拶した俺に向かって一瞬違う方向を目をそらしながらそう言うと彼女は机に伏せてしまった。

 最初は混乱してしまったがわかったことがある。

 今のは十年間過ごしてきた俺だからこそ気づく彼女の癖だ。

 彼女は何かを隠している。


 そして、もう一つ。

 別人と思える彼女を見て、動揺しているのと同時にもっと好きになってしまっている自分がいるということだった。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです タイムリープものとしてのテンプレで流されることなく、主人公がしっかりと考察していたためストレスなく読むことができました。 また、社会人経験を持った状態で教師を見ると見えて…
[一言] 【タイトル】タイムリープ、あるいは記憶が飛ぶ作品だろうか。 【あらすじ】どういう話か、どういう面白味があるかは理解できる。恋愛ものは好みが極端なのでこの時点では好みかどうか判断がつかない。 …
[一言] 長年付き合ってきた彼女とようやく結婚したかと思いきや、目を覚ますと妻となる女性と出会う前の現実に戻っていた。 もしかしたらこの10年間の方が夢だったのかもと考えてみるというのがリアルでした。…
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