3-15 剱舞五重奏~妖魔退治にこの身を捧げるつもりはありません!
妖魔が人々を襲い始めた現代日本が舞台。式神を剱に変える力をもつ剣士が目をつけたのは、本好きの目立たない女子高生だった。千年の時を超えて二つの運命が重なりあう。
[人物紹介]
■鶴木美耶子
高校3年生
興奮すると血がたぎる体質に悩んでいる。
陰陽師の式神の血を受け継ぐ半妖
火の剱に変化する。
■紅羽
悲恋の末に川へ身投げした花魁の幽霊
清明が使役する式神の一人
水の剱に変化する。
恋が成就すると成仏してしまうため、清明との距離の置き方に悩んでいる。
■賀茂清明
高校の臨時講師
式神を剱(両刃の剣)に変える力をもつ。
戦いの翌日は筋肉痛で死にそうになるという悩みを抱えている。
自宅に二人の美女(式神)を住まわせている。
強気に振る舞うが、本当は気が弱い。
早朝の教室で、美耶子はひとり本を読みふけっていた。
クラスメートに「おはよう」と声をかけられれば軽く挨拶を返すけれど、すぐにまた本に目を落とす。
朝練習を終えた生徒たちがガヤガヤと入ってきても、美耶子は本の世界から抜け出すことはなかった。その声を耳にするまでは――
「ねえ美耶子、聞いて聞いて聞いてー! 先生が学校に来なくなった本当の理由は、妖魔に食べられちゃったんだってさー!」
ボブカットの髪を揺らしながら、親友の柚子が慌てた様子で駆け込んできた。
朝からなんと物騒な話題を運んでくるのかと、美耶子は呆れた。
最近、都市部を中心に変死事件が多発している。それが妖魔の仕業であるという噂がネットニュースに流れていることは美耶子も知っている。
「ねえ柚子。そうやって人の噂をすぐに信じるのは良くないよ? いったい誰がそんなひどいことを話していたのかな?」
友としてやさしく諭すつもりだったのだが、まるで小さな子に説教をするような言い方になってしまった。
ハッと気付いて柚子の顔をのぞき込むと、小さくて可愛らしい唇がふるふると震えていた。
「男テニの連中が大きな声で話してたんだよー! ねえ、どうしよう、あたし怖くなっちゃったんだよー!」
涙目で抱きついてこようとする親友を両手で制止しながら、美耶子は嘆息した。
「みんなネットの見過ぎだよ。きっと空想と現実がごちゃ混ぜになっているのね。そもそもこの世に妖魔なんて存在するわけがないのだから」
「うっわー、相変わらず冷めた反応だよー。美耶子は神社の娘だというのに、この世の不思議なものを全然認めないよね? 何で? どうして?」
今度はグイグイ顔を寄せてくる。先ほどの涙は何だったんだろうか。
そんな親友の額を強く押し返した。
「そうね。私は神も仏も信じないし、もちろんその対極にある妖魔も信じないわ」
濡羽色の長い髪をかき分け、胸の前で腕を組む。
「うっわー、それ美耶子のお父さんが聞いたらきっと泣くよ?」
「あの親父が泣く姿を見れるなら何度でも言ってやるわよ……」
不機嫌そうに鋭い視線を向けると、親友は慌てて話題を変えた。
「あーそうそう、もう一つニュースがあるの! 今日ね、臨時講師が来るらしいの。すっごく若いイケメンだってー!」
「それもうわさ話?」
「ううん、これは友達から聞いた話だよ。さっき校長室に入っていくところを見たんだってー!」
「でも先生でしょう? どんなにハンサムな人でも恋愛対象にはならないよね」
「冷たい! あー冷たい! そんなんだから男子たちに冷凍美人ってあだ名をつけられちゃうんだよ。あっ、最近どう? また悪口をいう男子がいたらすぐ言ってね? あたしがボコボコにしてやるから!」
そう言って日焼けした細い腕をブンブン回す親友に、笑顔でうなづいた。
ある事情から美耶子は恋愛に無関心を装っている。柚子はそんな彼女を『なんかほっとけない』と、いつも構ってくれているのだった。
始業のチャイムが鳴り生徒たちは各々の席につきはじめる。
柚子も小さく手を振り、美耶子の一つ後ろの席に座った。
ややあってガラガラと前方のドアが開き、噂の臨時講師が入ってきた。
「今日からこの3年5組を担当することになった賀茂清明です。大学では日本史を研究していました。この中に歴史に興味のある子がいたら嬉しいな。皆、よろしくね!」
わあっと黄色い歓声が上がった。
まるで少女漫画から飛び出してきたような整った顔立ちに透き通るような艶のある声。彼が微笑むと教室中がパーッと明るくなったように感じさせた。
美耶子の心臓はドクンと脈を打つ。
続いて体温上昇。
慌てて下を向き本に目を落とす。
清明は朝の連絡事項を伝え終わると、何かを探すように視線を巡らせる。
やがて、真剣な眼差しで本とにらめっこしている美耶子に目を止めた。
彼女の額から脂汗がたらたらと流れているのを見て、彼はフッと苦笑した。
「ひゃうっ!」
変な声を耳にした美耶子は驚いて振り向いた。
「み、美耶子どうしよう……先生、あたしのことをじっと見つめて笑った……きっとこれは運命の出会いなんだよ……」
真っ赤になった顔を手で覆い、柚子は指の間から彼をじっと見続けていた。
その日の夜、美耶子の高校の周辺で事件が起きた。
被害者は身体中に締め付けられたような傷。全身から血液が抜かれていたという。
地元テレビ局の朝のニュースで報道されると、噂はまたたく間に学校中へと広がった。
「せっかく早起きして先生のためにお弁当作ってきたのに、今日は午後からの勤務日だなんて聞いてないよー!」
美耶子は苦笑しながら、机に突っ伏して泣く親友の頭をよしよしと撫でている。
今日こそは妖魔のうわさ話で学校中が沸いているというのに、親友は朝からずっとこんな調子である。
昨日からの落差がすごい。
「もしかすると、お昼を学校で食べるつもりで早めに出勤するかも知れないよ?」
「そ、そうか……きっとそうだよね!」
美耶子が慰めるように声をかけると、柚子はパアッと明るい表情で起き上がった。
4時間目が終わると、二つの弁当の包みを大事そうに抱えて行く親友の後ろ姿を見送った。
久しぶりに一人で食べる弁当はゴムのような味がした。
ところが午後の授業が始まっても柚子は戻ってこなかった。
心配した美耶子はトイレへ行くと嘘をつき授業を抜け出すことにした。
すると階段の下で清明とバッタリ出会う。
「せ、先生! 柚子はどこです? 先生と会っていたんじゃないの?」
「え? 君は……どうしてそっぽを向いているの?」
「そこは気にしないでください!」
美耶子は口早に事情を話す。
「うん、それは心配だね。二人でその場所に行ってみようか。案内してくれ」
「案内……ですか?」
違和感を覚えたが、親友を心配する気持ちが先に立つ。二人は階段を駆け上がり、特別教室棟の3階へと到着した。
普段は閉められているはずの資料室のドアが空いていて、中から物音がした。
「柚子、そこにいるの?」
中を覗くと、がらんとした室内の天井に白い糸が張り巡らされていた。
部屋の奥には白い人型の固まりがぶら下がっている。
顔の半分のわずかな部分だけ素肌が見えていて、その目がゆっくりと開いた。
「に……げ……て」
消え入るような柚子の声。
それを耳にした瞬間、怒りに似た感情がこみ上げてくる。
足を踏み出そうとしたとき、「危ない!」と腕を引き戻された。
「糸に触れたらあいつに気付かれる! そして今の私達ではあいつには勝てないよ!」
「あいつ? 糸?」
清明に言われて初めて糸が天井だけでなく壁と壁を結ぶように張り巡らされているのに気付いた。まるで巨大な蜘蛛の巣のように。
「でも、柚子を助けなくちゃ!」
「だから今の私達では無理だ。一旦引き返して……」
「ここで私が逃げたら柚子が死んじゃう……それは……いや」
その声は親友の耳にも届いていた。
「美耶子……にげ……て……逃げてー」
かすれた叫び声を聞いた瞬間、清明の手を振りほどいて駆け寄る。
すぐに糸が身体に絡みつくがそれをブチブチと引きちぎり前進する。手が真っ赤に染まり、首筋から血が滴っても、彼女は親友の元へ近づいていく。
戸棚の影から真っ黒で巨大な蜘蛛の妖魔が現れ、頭胸部上の8つの目が美耶子を捉えていた。
『ブブッ』と口から毒液を吐いた。
寸前のところで清明が横から飛びつき、二人は床に倒れ込む。
床面に飛び散った液体から泡が立ち、ツンと鼻につく匂いが立ちこめた。
「あれを浴びたら一発で地獄行きだよ! まったく無鉄砲にも程があるね! 先が思いやられるね!」
そう言いながら先に立ち上がった清明が手を伸ばしたとき、彼の身体が頭から二つに切り裂かれた。
「いやああああああああああああああああ」
美耶子の悲鳴。
刃物のように尖った巨大蜘蛛の脚が、今度は彼女に向かって振り下ろされた。
「――破!」
激しい突風が蜘蛛の巨体を奥の戸棚まで転がした。
振り向くと、ドアの前に剣を振ったあとのような姿勢で、死んだはずの清明が立っていた。
手には何も握っていない。
「確かに俺はその娘を守れとは命じたが……俺に化けて近づいて良いとは言っていないよね? これは後で、じっくりお仕置きが必要かな、紅羽?」
清明の視線を追えば、裂かれた彼の身体があった場所に、無数の紙切れが渦巻いている。
「つれないこと言いなさるな、わが愛しき主さまよ。わらわと娘、どちらが優れた劔になりうるか、調べてみようと思っただけなのに……」
艶のある女の声。
やがて紙切れは人の形に集まり、赤い牡丹模様の着物に色付いた。
「けれど、その冷たさもまた愛おしい……」
女は長いまつげの瞳でうっとりと見つめ、真っ赤な紅を差した唇で笑みを浮かべた。
体勢を整えた蜘蛛が再び毒液を吐くが、それが届くよりも先に女は美弥子の身体を抱きかかえ、ふわりと浮かび上がった。そして弧を描いて清明の背後に着地。
清明は振り向く。
「それで紅羽の見立てはどうだった?」
「ふんっ、こんな娘使い物にならないわ!」
「そうか、気に入ったんだな?」
清明は苦笑した。そして手を差し出し、
「おいで、紅羽」
「主さま……」
紅羽は風に誘われて飛び立つ綿毛のように、ふわりと清明の胸に飛び込んでいく。
そして二人は唇を重ねた。





