三八二年 祈の二十八日
朝、店にやってきたテオ。いつもより落ち着きのないその様子に、ククルはどうしたのかと問う。
「父さんが、訓練の間だけ手伝ってくれる人を雇うって話してただろ?」
数日前のことなので、もちろんククルも覚えていた。
「もう決まったの?」
町で聞いてみて、無理ならギルドにという話だった。それが決まったということは。
自分を見るククルに、テオはいたずらっぽく笑う。
「驚くぞ?」
朝食の時間帯を終えて片付けをしていると、カランとドアベルが鳴った。
顔を上げたククルの目に、琥珀の髪と亜麻色の瞳の少年が映る。
「ソージュ? 珍しいわね」
ひとつ年下の幼馴染、ソージュ・イレウス。町で家業の木工細工と家具の職人をしている。
昼や夜に食事に来ることはたまにあるが、こんな朝から来ることはなかった。
何も言わず、にっこり微笑むソージュ。その顔に、ククルは今朝のテオの言葉を思い出す。
慌ててテオを見ると今朝と同じく楽しそうに笑われた。
「…じゃあ?」
呟いてもう一度ソージュに向き直るククル。笑みはそのまま、おはようとソージュは微笑む。
「宿の手伝い、することにしたんだ」
驚くククルにそう告げて。
「これからよろしく」
昼の客も落ち着いた頃、レムとソージュが昼食を食べに来た。幼馴染同士話もあるだろうと、アレックが気遣ってくれたのだろう。
「ホントにびっくりしたよね?」
まだ少し興奮気味のレムに、ソージュが笑みを見せる。
「仕事は大丈夫なの?」
本業の木工職人としてのことを尋ねると、笑みはそのまま頷かれた。
「訓練の間だけだし、父さんと兄さんたちがいるんだし。大物が立て込まない限り大丈夫」
「仕事覚える為に今日からしばらく入るって」
レムの前にオムレツを置きながらつけ足すテオ。テオとその皿を見比べ、感心したようにソージュが吐息をついた。
「テオはすごいな」
まっすぐ目を見て突然ほめられ、テオの動きが止まる。
「な、何だよいきなり?」
「食堂が開いたときに、両方するってレムから聞いてさ。手伝い程度かなって思ってたんだけど、全然そんなことないのな」
午前中に宿でテオの仕事振りを見る機会があったのだろう、思い出すように遠くを見るソージュ。
「俺もやるからには見習わないとな」
「でもどうして手伝ってくれることにしたの?」
隣からソージュを覗き込んでレムが首を傾げる。
驚いたのか少し身を引いて、ソージュは自分も首を傾げた。
「…やりたかったから?」
「何それ?」
さらに首を傾げ、レムが笑った
夜の営業に向けての準備をしながら、ククルは心中よかったと呟く。
ソージュなら仕事振りも性格も心配することはない。間違いなく上手くやっていけるだろう。
これでテオの負担が少しでも減るといいのにと思う。
今回ジェットが『疲れている』と断言してくれたおかげで多少無理矢理にでもテオに休息を取ってもらえたのだが、そうでなければ自分たちも、そしておそらくテオ自身も気付かないまま疲労を重ねていっただろう。
本当なら、彼と一番顔を合わせる時間が長い自分が気付かなければならないことだった。なのに自分のことに手一杯で、疲れてないと言い切る彼の言葉を鵜呑みにしていた。
無理はしてほしくない。でもきっと、テオが自分から休息を願い出ることはない。
だからこそ、自分がちゃんとテオの不調に気付けるようにならなければ。
そう心に決め、ククルは作業に意識を戻した。




