ジェット・エルフィン/ふたつの条件
ベレット洞窟の調査をようやく終えて中央に戻ってきたのは、もう祈の月に入ってからだった。
クゥの様子が心配で、とにかく早く北の調査を終わらせたい俺につられたのか、今回はナリスがかなりがんばってくれた。これでも思ってたよりも早く戻れたほうだ。
報告と同時に事務長室に呼ばれて。俺は単身ギャレットさんのところへ向かう。
「ご苦労だったな、ジェット。帰って早々にすまない」
労ってくれるギャレットさん。部屋の中にはトネリさんだけで、珍しくウィルの姿はない。
「ウィルはゼクスさんへの連絡の手配中で外しているよ」
尋ねる前に教えてくれる。
「ライナスで再訓練してもらった六人の成長があまりにすばらしいのでね。ゼクスさんたち三人にギルドから正式に実動員の訓練教官を依頼していたんだ」
ゼクスさんたち、イルヴィナで何も言ってなかったから知らなかった。
顔に出てたらしい、ギャレットさんは少し笑って頷いて。
「最近になって、条件次第で受けると返事をもらってね。詳細はジェットが戻ったらと言われていたんだ」
何で俺を待つ必要があるんだろうか。
ギャレットさんもそこはわからないらしい。首を傾げてみても教えてもらえなかった。
ゼクスさんは中央の隣、マデラに住んでる。遅くても明日には来るだろう。
それまでは本部待機、束の間の休息だ。
ゼクスさんが来たのは翌日午後。応接室の中には、ギャレットさん、ウィル、ゼクスさんと俺の四人だった。
「ふたつ条件がある」
見知った相手だからか、揃うなり本題に入るゼクスさん。
「まずひとつ。訓練をライナスで行うこと」
「ライナス?」
声を上げると、まぁ聞け、と言われる。
「中央付近では訓練のできるような広さはない。少し北に行けば広さはあるが、野営となると訓練外のことに時間を取らざるを得んし、食料の問題もある」
確かに本部には集まって訓練するような広い場所はない。そして北はそれなりに広いが、宿も店もない。
「あの六人の訓練は裏手の山でしてたんだが、なかなか勝手がよくてな。山と宿と食堂だけが町から離れているのも都合がいい」
まぁ確かに、訓練そのものを裏の山でするなら丘の上だけで生活ができるな。
「町中の宿より訓練に集中できるだろうし、移動の時間も省ける。あの場所での訓練に慣れた六人を奉仕活動として手伝わせれば、見下されることも減るだろう」
ゼクスさん、あの六人はそれだけ動きが違うって自信があるのか。…一体どれだけしごいたんだか。
「続ければ町にも利はあるだろうから、迷惑をかけた詫びにもなる。そして何より」
俺を見て、ゼクスさんが笑う。
「視察と称してライナスに行けるだろう?」
クゥのこともあるし、ライナスに行ける口実が増えるのは俺にとってもありがたい。
ゼクスさんを見ると、そういうことだとでもいうように頷かれる。
ゼクスさんが俺の同席を望んだのは、訓練場所をライナスにしたいからか。町の皆の説得に俺が立てば、間違いなく確率は上がるだろう。
ウィルはちょっと考えるような顔をしてたけど、ギャレットさんはすぐに頷いた。
「素晴らしい案だと思います。ふたつめの条件は?」
「孫のロイヴェインを訓練の間だけギルドで雇ってほしい」
ロイヴェインって!!
上げかけた声を呑み込み、俺はウィルと顔を見合わせる。
「ヴェインと略称で名乗らせていたことは儂から詫びよう。あいつはセレスティアに住んでおるから、日常にギルド員との接触もあり得る。用心の為と理解してほしい」
確かウィルがガラス職人って言ってた。中央に隣接するセレスティアはギルド員御用達の職人街だから、日常に会う可能性は高い。
「儂らにはもう山中につきっきりで入る体力はない。今までは単に儂の手伝いという形だったんだが、さすがに日数がかさむだろうしな。本職を休ませる分、儂らの補佐として雇ってもらえるか?」
「断る理由はないです。先日の訓練の分も合わせてお支払いしますよ」
即答したギャレットさん。
確かにわかるけど。セレスティアでのロイヴェインの評判を知ってる俺たちにはちょっと複雑な心境で。
仕事はそれなりにできるけど、基本女好きの遊び人。同年代にはそんな認識らしい。
ライナスにはクゥもレムもいるんだぞ? 何かあったらどうするつもりなんだよ?
そう思ったけど、ゼクスさんの条件はギルドにとっても有益で。本当に、断る理由は何ひとつない。
それに、ライナスに行く機会が増えるのは、今の俺にとってもありがたい。
ヴェインさん―――ロイヴェインにはちょっとクギを刺しとくことにして。
俺が頷くと、ウィルも頷いた。
「決まりだな」
ニヤリと笑うゼクスさん。
「本当なら動きやすい祝、動、実の月にしてもらいたいが、今年は仕方ない。町の許可が出次第、まずは新人中心に少人数で試してみるか」
そこから四人で少し話を詰めて、とりあえず一旦解散となった。
応接室を出ると、見覚えのある髪色の男が待っていた。俺を見て頭を下げる。
「…ヴェインさん?」
立ち止まった俺に、男は翡翠色の瞳を細めた。
「ずっと本名を名乗らないままですみませんでした。ロイヴェイン・スタッツ、ロイと呼んでください」
顔を隠していた髪が短くなり、ぼそぼそと話していた声も口調も全く違う。
「イルヴィナのことが一段落したので、もういいだろうということになりました。これからはこちらの姿で来ますので」
にっこりと人好きのする笑顔を見せる。事前に調べてなければ、きっと疑いもしなかった。
「事情はゼクスさんから聞きました。その、ロイさん?」
「呼び捨てでどうぞ。僕はまだまだ若輩者なので、もちろん話し方も」
ヴェインさんに対するのと同じ対応をすると、即座にそう言われた。
確かに、思ってたより若いみたいだ。
「…じゃあ遠慮なく。俺にも敬称も敬語もいらないから。それで、こっちは俺付きで事務長補佐の―――」
「ウィルバート・レザンです。先日は挨拶できずにすみません」
紹介しようとすると、ウィルが割って入った。
「いえ、僕のほうこそ名乗りもせずにすみませんでした」
笑い合うふたりだが、何ていうか。
辺りの気温が下がったような。妙な刺々しさを感じるのは気のせいか?
「本職はガラス職人、ですよね?」
「僕が祖父たちの補佐につくのは今聞いたんですよね? なのにもう知っているんですね」
「調べるのが仕事なもので」
ふたりとも、声が怖いんだけど?
ゼクスさんを振り返ると、肩をすくめられる。勝手にやれってことらしい。
ケンカになることはないだろうけど。これ以上変な空気になる前に、と主導権を取り返すことにする。
「…まぁ、これからもよろしくな。…で、だ。ロイにひとつ聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
「楽に話せって。ライナスには、ヴェインとして行ったんだよな?」
俺の問いに、ロイはじっと俺を見返してから。
「ククルはどっちの俺にもよくしてくれた、って答えておくよ」
そう言い笑うその視線は、何故だかウィルに向けられていて。
それを見たウィルの目付きが見たことないくらい悪くなって。
だから! ケンカすんなって!!




