三八二年 動の四十三日 ②
宿の三階の大部屋。六人はここで寝泊まりしていた。
「皆、昼メシ」
そう言って扉を開けたテオに、褐色の髪の少年が手伝いに来る。
「ありがと、ディー」
ディーことディアレスは、六人の中では一番年上の為か、自然とまとめ役に落ち着いた。
「あ、お兄ちゃん来てた」
うしろからの声に振り返ると、レムが大きなポットを持って立っている。
「レムさんっ」
赤毛の少年が慌てて立ち上がってやってくる。
「持ちます!」
手を差し出すカートに、お願いしますとレムがポットを渡して戻っていく。
残る四人も置いてあるカップを出したりと動き出した。
「はぁ…。ホントこれがあるから頑張れるよ…」
遠い目をして呟く銀髪の少年に、テオは苦笑する。
「レンもバカなこと言ってないで」
ほら、と食事を渡すと、レン―――レンディットも苦笑を返す。
「いや、かなり本気だけど」
はぁ、と溜息をつくレンディットに、黒髪の少年がこくこく頷く。
「ホント、ククルさんに感謝だな…」
「ああ。これで食事があんまりだったら死ぬしかなかった」
真面目な顔で物騒なことを言う暗緑の髪の少年。
「スヴェン…エディル…」
呆れ顔で名を呟くテオ。
残る金髪の少年は、全員を見て肩をすくめた。
「俺たちそのククルさんを攫おうとしたんだけどね」
自身をも巻き込む容赦ないひとことを投げた最年少のセラムに、五人は申し訳なさそうに視線を落とす。
「何で許してくれたんだろう?」
六人が捕まり、各々事情を聞かれたそのあと。ククルに謝りたいと、全員が申し出た。
夕方、ゼクスたちが見張る中で。ククルへの謝罪をし、後にジェットにも謝罪すると誓った少年たちに、ククルは笑って『私は何もされてませんから』と返したのだ。
(らしいけどな)
テオが内心そう思い苦笑していると、全員が自分を見ていることに気付いた。
「…何?」
「いや、何か納得顔だったからさ」
ディアレスの言葉に、ホントにな、とエディル。
「うらやましいというか、むずがゆいというか」
「いや、それうらやましい一択だろ」
「あんな幼馴染なら俺もほしいなぁ」
「俺はテオの幼馴染がいい」
「それ、目的違うよね?」
好き勝手に言っている六人に、改めて苦笑するテオ。
最初は自分に対しても一歩引いた態度を取っていたが、一緒に訓練を受けるうちに打ち解けた。本当に普通の、どこにでもいるような少年たちなのだ。
「じゃあ店戻るな。午後もがんばれよ」
口々に礼を言う少年たちに手を上げて、テオは部屋をあとにした。
午後の訓練が始まり、ククルはテオとふたり夕食の準備を再開した。
六人の食事はククルが内容を決めて出していた。
ゼクスたち四人も同じものでいいと言ってくれた。尤も十代の少年たちと老齢のゼクスたちに全く同じものを出してはいないが、事前に準備ができるので助かっている。
少年たちとは午後の訓練の合間の休憩時間に給仕するを際にしか顔を合わせることはないが、きれいに完食された食器と毎回添えられる感謝を綴ったメモが嬉しかった。
忙しくはあるが、充実した日々。自分にとってはそうなのだが。
ちらりと隣のテオを見る。
今、一番忙しいのは間違いなくテオだ。宿も店も仕事が増え、午前中の訓練に加え、六人に夜食も出している。
せめて夜食は自分が出そうかと言ったのだが、簡単なものしか出してないから大丈夫だと言われた。
疲れていないだろうかと、少々心配になる。
「どうした?」
視線に気付いて首を傾げるテオ。
何でもないと首を振り、ククルは仕込みを続けた。
時刻は夜。夕食後の自主訓練を終えた六人が部屋に戻る頃を見計らい、テオは作った料理を持って三階へ行く。
「お疲れ。今日もいいか?」
「大歓迎! 入って入って」
テオが持ってきた料理を並べながら、ホント疲れた、とぼやく皆。
「午後のアレ、辛かった…」
「俺、あちこち当たった」
「俺も俺も」
「何の訓練してたんだ?」
午後は出ていないテオが尋ねる。
「避けてみろって言われて、ヴェインさんが木の実とか小石とか投げてくるんだけどさ、大振りなの最初だけなんだよ」
「めちゃくちゃ早いから木の実でも痛いし」
「あの人かなり強いよね?」
ぼやき合う六人に笑いながら、テオは料理を勧めた。




