三八二年 動の四十三日 ①
カウンター席の中央。髪を結んだロイヴェインは頬杖をついてククルを見つめる。
「…ククル、全然ひとりにならないから口説けなくて辛い」
呟いた瞬間に隣に座るメイルから飛んでくる拳をすっと避ける。
「護衛なら俺がいれば十分なのに」
「お前からククルちゃんを守る為にいるのだと言ってる」
「だーかーらー。かわいい女のコを口説くのは男として当然の義務だろって言ってんのに」
「そもそもの前提が間違っとる!」
皆の朝食の済んだ時間帯。テオの不在を狙ったように入り浸るロイヴェイン。
少し遅れることはあったが、必ずゼクス、メイル、ノーザンの誰かがついてきた。理由はいうまでもない。
三人の誰が来ても今と同じような会話が繰り広げられるあたり、皆この青年の性格をよくわかっているのだろう。
そんな彼らの会話を苦笑と共に聞きながら仕込みをするのが、あの一件以来のククルの日課となっている。
あの日捕らえられた六人の少年たち。ゼクスの言葉に感じるものがあったのだろうか、素直に罪を認め、知ることを話した。話を聞いたミランはあとはこちらでと言い、ミルドレッドに戻っていった。
今中央から役人を動かすわけにはいかず、六人の処罰についてはひとまず保留となった。
更生の余地を認めたのか、身柄についてはゼクスがここライナスで預かることになった。ゼクス、ノーザン、メイルの三人が朝から晩まで訓練と称して宿の裏手の山中でしごき倒している。
ゼクスから声をかけられたテオも、午前中だけ訓練に参加していた。
まだ公にはされていない事件なので、六人は普通に泊まりに来るギルド員たちとは接触を避けて過ごしている。出入りは裏口、泊まっている三階へはテオたち用の裏手の階段を使い、食事も基本部屋の中。まだ若く将来のある彼らの顔があまり表沙汰にならないようにとの配慮でもあるのだろう。
一気に人数が増え、午前中はテオもいない。前日の仕込みと、当日も早朝からテオが準備をしてくれているのだが、間違いなく今までで一番忙しい日々。
しかしそれが、ククルにはとても嬉しかった。
働くククルを眺めながら、ロイヴェインはどうしようかと考える。
ギルドは基本男ばかりなので、今までヴェインとして祖父の手伝いをしても、正体を晒す選択肢などなかった。
しかし今回は、である。
宿にいるレムにはロイヴェインの名は伝えていない。ここ数日の彼女の様子を見るに、おそらく呼び間違えられるという確信があった。なので今回はおとなしくヴェインで通すつもりだ。
もちろん、かわいいので残念ではあるのだが。
(まぁ、それよりも今はこっち、かな)
わざと聞き取りにくく発しているヴェインの声にすぐ対応し、不意をついてもちゃんと聞き取った。
本人は気配を読んでいるつもりはないのだろうが、まさか護衛対象と食事中に互いの動きの探り合いになるとは思わなかった。
こうして見ていると、ただのかわいい女の子なのだが。
自分にはあれだけ厳しかった祖父たちも、いつの間にかデレデレで『ククルちゃん』呼びになっている。
彼女を狙ってきたはずの六人も、すっかり餌付けされおとなしくなった。
本当に、興味が尽きない。
お茶を飲み切ってからカップを置くと、しばらくしてからおかわりを聞かれる。
「おかわりはいいから、ちょっと息抜きしたら? ククルってばずっと働いてるんだし。俺付き合うからさ」
「私は好きなことをしているだけですよ」
そう言って笑うククル。
「それに、息抜きならちゃんとしてますよ」
午後に出しますね、と、まだ焼いてないタルト皮を見せる。
「おっ、今日はタルトか」
隣のメイルが嬉しそうに眦を下げた。
「喜んで食べてくれる方が増えましたから。作りがいがあります」
「ククルのこと襲った奴らなのに」
「ちゃんと謝ってもらいましたよ」
本当にもう気にしていないのだろう、彼女の六人に対する態度は普通に客に対してのそれで。
甘いとは思うが、同時に彼女らしいとも思った。
ヴェインの間に見てきた彼女なら。実害がなければ怒りはしない。
(ホント、面白いな)
自然と口元に笑みが浮かぶ。
まだここには滞在することになるだろう。その間に。
祖父たちの目は厳しいだろうが、どうにかもっとお近付きになろうと決める。
「どうかしましたか?」
見つめていたらそう聞かれたので、かわいいから見てたと答える。
こういうことには不慣れなのだろう、赤くなる彼女を本当にかわいいと思った。
「ごめんな、ククル。店任せたままで」
昼食前にテオが戻ってきた。六人に昼食を運んでくれるつもりだろう。
「大丈夫。テオこそお疲れ様」
用意していた昼食を渡すと、すぐ戻ると言って持っていった。
入れ替わりに午前の訓練をしていたゼクスとノーザンが入ってくる。
「お疲れ様です。お茶、淹れますね」
「ああ。ありがとう」
ゼクスが答え、テオが来る直前に髪を下ろしたロイヴェインの隣に座る。
「午後はお前も手伝え」
「やだ」
「手伝えと、言ってる」
「横暴!!」
こんな会話をしつつも結局手伝うのだから、仲はいいのだろう。
「で、どうだ?」
「全体的に予測を立てるのが苦手のようだな。目の前のものしか見とらん」
メイルの問いに、ノーザンが呆れたように返す。
「動くものを相手にすることが少ないんだな」
「ならアレだな。ロイ、頼む」
「はいはい。ご飯食べてからね」
仕方なさそうにそう答えて、ロイヴェインはククルに視線を向けた。
「俺にもお昼、お願いできる?」




