ククル・エルフィン/妻になる
テオとふたりで使う為に整えた寝室で、用意しておいた白のワンピースに着替えて。
午前中のうちにレムに結い上げてもらっておいた髪に、テオが手作りしてくれたレースの髪留めをつける。
実の五十日。
今日、私はテオの妻になる。
アリーとロイが作ってくれたネックレスとイヤリングと。今日使わないと機会がなさそうだと思い、前にもらった腕輪もつける。
おかしいところはないかとできる限りで自分の姿を見るけど、慣れない格好だからわからない。
降りてからエト兄さんとダンに見てもらえばいいかと思い、そこでやめた。
ゆうべ、ここに泊まってくれたエト兄さんと話をした。
テオがエルフィン姓を名乗ることはもちろんエト兄さんにも話してあったけど、本当にいいのかとまた聞かれた。
仕方ないと思う。
テオからそうすると言われたときは、私だって本当に驚いたから。
いつの間にかナリスと相談して決めていたテオは、食堂を継ぐんだからそうしたいのもあるけど、一番大きな理由はエト兄さんと家族になる為になんだって言ってくれた。
エルフィンを名乗るのはエト兄さんと私のふたりだけ。
家名が違っても家族だけれど。エト兄さんをひとりにしたくないからそうしたいんだって話すテオは、どこか嬉しそうだった。
ナリスにもそうさせてと言われて。
私とテオがエルフィンを。
レムとナリスがカスケードを名乗ることになった。
テオ・エルフィン。
かわいい響きだと思うのは、きっと私だけじゃないはず。
一階に降りると、エト兄さんがすごく見てくるから。どこかおかしいのかと思って驚いたけど。
綺麗だって言ってもらえてほっとした。
私の大好きで尊敬する叔父さん。
これからもずっと、私はエト兄さんの家族だからね。
「ありがとう、ダン。何かあったら聞いてね」
今日このあと店のことを任されてくれるダンにそう言うと、大丈夫だと返された。
血はつながらないけど、私のもうひとりの兄だって思ってる。
手を止めたダンはじっと私を見てから、嬉しそうに微笑んだ。
「いつも綺麗だが。やはり今日は格別だな」
普段は口数の少ないダンだけど、急に照れもせずにこういうことを言ってくるときがある。
冗談なんて言わないことがわかってるからこっちは余計に照れるんだけど、ダン本人は気にした様子もない。
もう。ホントに。
「ありがとう。…ねぇ、ダン」
恥ずかしいからお礼を言って終わりにして。私からも話しておかないといけないことがあったと思い出す。
「客間、少し狭くなったけど。今度はこっちに泊まってね」
ちゃんと言っておかないと、ダンはすぐ遠慮するから。
やっぱりそのつもりはなかったみたいで。ダンは少し驚いてたけど、すぐに嬉しそうに頷いてくれた。
三人で宿に行くなり受付の前にいたレムに飛びつかれた。
「滅茶苦茶綺麗! すごいよククル!!」
「ほめすぎよ」
「そんなことないわよ!」
レムごとアリーに抱きしめられる。
「本当に、とっても素敵」
ふたりにそうほめられると、少しは自信がつく…かな。
ふたりとも本当にまっすぐな人だから。一緒にいると励まされる。
「アリーのアクセサリーのおかげよ」
「そう言ってもらえると嬉しいけど。あくまで引き立て役よ」
いつものようにふふっと笑って、アリーは私たちを放してくれた。
「おめでとう、ククル」
迷う私の気持ちに気付いて、いつも励ましてくれたアリー。
「おめでとう! もうホントに嬉しいよ」
私以上に私のことを理解してくれてるレム。
いつも一生懸命なふたりがいるから。私もがんばらないとって思えるの。
「ありがとう、ふたりとも。これからもよろしくね」
ありきたりなことしか言えないけど。それが素直な気持ちだから。
ふたりは顔を見合わせて、満面の笑みを返してくれた。
「もちろんよ。ね、レム」
「うん! それにククルは私のお姉ちゃんになるんだもん!」
レムはそう言って、うしろでにこにこしながら見ていたナリスを振り返る。
「ね、ナリス!」
「そうだね」
優しい笑顔で頷いたナリス。実の月に入ってからは、時々呼ばれてギルドに行ったりしているけど、ずっとライナスにいるから。もうすっかりここの住人ね。
「おめでとう。本当によく似合ってる」
「ありがとう。これからもよろしくね」
もうすぐ家族になるナリスにもそう伝えると、もちろん、と頷いて。
「こちらこそよろしく、義姉さん」
「お願いだからそれだけはやめて」
心の底からそう頼んだら、テオと同じこと言うんだね、と笑われた。
お祝いを言いに来てくれたゼクスさんたちにも、口々に綺麗だとほめられて恥ずかしくなる。
私のことを本当の孫のようにかわいがってくれるゼクスさんたち。会ったことのない祖父のことをたくさん話してくれたから、私も今は前より身近に祖父のことを感じられるようになった。
「ありがとうございます。こうして皆さんに来ていただけて、本当に嬉しいです」
エト兄さんも、もちろん私も。本当に色々お世話になった。
私にできることは少ないけれど、これからも元気にここに来てもらえればと思う。
「儂らは来たいから来とるだけだよ」
「そうそう。ククルちゃんたちに会いたいからな」
「もちろんこれからもよろしく頼むよ」
私が何を言うでもなく、ちゃんとわかってくれてることが嬉しくて。
「もちろんです。いつでもお待ちしてますね」
待つことしかできない私だけど。来てもらえたときには、せめて精一杯もてなすことを決めた。
「ほんっとにデレデレしてるよね」
すっと私の横に来たロイが、ゼクスさんたちにそう言って。
「俺も話したいんだから。代わってってば」
にこりといつもの笑顔で私を見る。
「おめでと、ククル」
「ありがとう、ロイ。ロイたちに作ってもらったアクセサリー、今まで使えなくてごめんね」
ネックレスのビーズはロイが作ってくれたとアリーが言ってたから。私が知らないだけで、ほかにもしてくれていることがあるかもしれない。
「俺は少し手伝っただけだから。…でもホント似合ってる。テオにはもったいないくらい」
「ロイったら…」
からかわないでと言うけれど、ロイはなんてね、と呟いて。
「……幸せにね」
一瞬の真剣な声は、すぐいつもの笑みに消されたけど。
本当に私を―――私たちを祝ってくれていることは、ちゃんと伝わっているから。
「…ありがとう、ロイ」
私も心からお礼を言った。
ロイも。今日ここには来れないけどと、お祝いを贈ってくれたウィルも。心残りが解消されてよかったとわざわざ手紙をくれたラウルも。
気持ちを返すことのできなかった私に、それでもこうして優しい言葉をかけてくれる。それでもこうして祝ってくれる。
そんな彼らの強さに恥じないように。私もまっすぐに生きていけたらと、そう思った。
「ククル?」
覗き込むリックに我に返る。
「どうしたんだ?」
「あっ、ごめんね。何でもないの」
慌てて取り繕うと、怪訝な顔をされたけど。すぐに笑ってお祝いの言葉をくれた。
「ホントに綺麗でびっくりした」
レムたちもそうだけど。素直な人にほめられると、本当なんだと嬉しくなる。
「ありがとう、リック」
「でも。ククルとテオが結婚かぁ…。ギルドでも残念がってる奴、たくさんいたよな、ディー」
「そうだな。もう一気に広まったもんな」
「えっ?」
さらりと言われたけど。どうして私とテオの結婚がギルドで広まるの?
ひとりうろたえる私に笑ってから、ディーがまっすぐ私を見た。
「おめでとう。こうして祝えて本当に嬉しい」
「ありがとう、ディー。私も来てくれて嬉しい」
お互い顔を見合わせて、笑い合って。
今でも交代で訓練に来てくれているディーたち。ここを故郷同然だと言ってくれたことが、本当に嬉しかった。
縁あってここへ来てくれて。それを断ち切らず来続けてくれる人たちがいること。
ここから離れることのない私なのに、こうしてたくさんの人と縁をつないでいられることがどれだけ幸せなことなのか。
今日私は改めてそれを感じたのだと思う。
昼食の片付けが済んだと、お義父さんとお義母さんがロビーに来た。
本当は今日届け出を出してから『お義父さん』と『お義母さん』なんだけど。テオとの結婚を進めることを報告したときに、もうそう呼んでと言ってくれた。
もちろん私にとっても初めから両親のような人たちだけど、改めてそう呼ぶのは気恥ずかしくて。呼ばれたふたり、特にお義父さんも照れくさそうで。一緒にいたテオが今更だなと呆れてた。
今までも家族だと思っていたけど、これで本当に家族になれると、心から喜んでくれた。
私もふたりの娘になれて、本当に嬉しい。
皆にお礼を言ってから、テオとふたりで宿を出た。
どうしても父さんと母さんに見てほしかったから、墓地に寄ってもらうことにしたんだけど。
結婚する前の私たちと。
結婚してからの私たち。
どちらの姿も見せたくて悩んでたら、行きも帰りも寄ればいいとテオが言ってくれた。
本当に優しいテオ。
だから大丈夫だと、私は父さんと母さんに伝える。
ふたりもよく知ってると思うけど。私の夫になる人は、こんなに優しくて人のことを気遣える、尊敬できる人。
私はそんな人に好きになってもらえて。
私はそんな人の妻になる。
私はそんな人と一緒にこれからも大好きなあの店に立てる。
これが幸せじゃないなら、一体何なのかってくらい。
私は今、幸せなの。
届け出を出して。無事に夫婦と認められた。
テオ・エルフィン。やっぱりかわいい。
ふたりでもう一度墓地に行って。
仲のよかったふたりみたいに。私たちも支え合って暮らしていこうと誓って。
皆に祝われながら店に戻る途中。
やっとくっついたわねって笑いながら、エリシアに二人分だと祝われた。
今は修行に出ているソージュとふたり、色々と心配をかけたみたい。
私たちよりひとつ上で幼馴染の中では一番年上のエリシアは、ずっとお姉さんみたいに私たちのことを見守ってくれていた。
ふたりでお礼を言うと、何言ってるのと笑われる。
こんなところもエリシアらしい。
三人で顔を見合わせて笑ってから、ありがとうと手を振った。
そうして戻ってきた店の前、急に真剣な眼差しになったテオにありがとうと言われた。
お礼を言いたいのは私のほう。
私を好きになってくれて。
私を好きでいてくれて。
本当にありがとう。
そんな気持ちを込めて、テオの頬にキスをする。
「私こそ。ありがとう」
テオは嬉しそうに微笑んで、私の手を握ってくれた。
店に戻って、ふたりで名乗って。
そこからはただ皆に祝われる。
テオの前のグラスがあまりも増えていくから、前みたいなことにならないようにと途中で止めて。
店にいるのにカウンターに立たないのは何だか妙な感じだけど。
今日だけはテオとふたり、皆に甘えようと思った。
皆が帰って。最後までいてくれたエト兄さんも宿に行って。
テオとふたり、施錠した店の中にいることが何だか不思議だった。
今日からこの家にふたりで住む。
わかってたけど。いざとなると恥ずかしくて。
テオと様子を窺い合うようにお互いを意識して。
照れるねって言いながらも、テオが上に行こうと手を差し出してくれた。
テオに先に就寝の準備をしてもらって。私も汗を流して着替えて。
寝室の前、立ち止まる。
ここに入ったら、テオがいて。
夫婦としての初めての夜を迎えることになるんだろうけど。
…心の準備はとっくにできてる。
私が触れたいのも、触れてほしいのも、テオしかいない。
幼馴染から恋人になったときも、お互い距離感がわからずにギクシャクしたけど。
恋人から夫婦になって。夫婦としての関係を持って。
そのあと、私はどんな感情でテオと向き合うようになるんだろう?
扉の前、しばらく立ち尽くしてから。
明日はもっとテオのことを好きになっていればいいのにと。
そう思いながら、扉を開けた。
手首を掴まれて引き寄せられて。背中を抱かれてキスされる。
いつもよりも強く塞がれて、離れた途端に吐息が洩れる。
聞きたいことがあると言われて。何かと考える暇もなく、あの日のロイとのことを聞かれた。
テオが気付いてたことに愕然として。返事もできずにただテオを見返した。
何があったのか教えてほしいと優しく聞いてくれるけど。
怒ってないのはわかってるけど。
怖くて話せなくて。うつむいてただ首を振る。
自分の気持ちにも人の気持ちにも鈍感で。気付かずにロイを追い詰めてキスされた。
テオ以外の人とキスをしたということと。
このことでテオがロイをどう思うのかということ。
そして、テオに呆れられたらどうしようということ。
それが怖くて。
何度も聞いてくれるテオに、ただ首を振るだけだった。
でも。テオの言葉に気付いた。
私が話すのをためらえばためらう程、テオの中でこのことは大きくなって。もしかしたら最後には本当のことを話しても信じてもらえなくなるかもしれないって。
だから。少しずるい言い方だとわかっていたけど。
何度かキスされたって答えた。
本当は何度もで。未だにテオにもされたことのないようなものだったけど。
それでも。私にとってあれはただのキスで。意味のあるものじゃないから。
だからそうとしか言えなくて。
ずっと話せなくてごめんね、テオ。
テオのことを好きだとわかって、テオとキスするようになって初めて、ロイとのキスのことを割り切れたの。
私にとってあれは意味がないままでいいものなんだと。そう、思うことができたの。
テオはほっとしたように私を見て、教えてくれてありがとうと言って。
もう気にしないからと、優しくキスしてくれた。
和らいだテオの表情によかったと思った途端、横抱きに抱き上げられた。
慌てる私にテオは笑って。ゆっくりベッドに降ろされる。
私を見つめるテオの瞳は熱っぽくて。
触れる手はどこまでも優しいのに、抱きしめる腕には力が籠もって。
名を呼ばれて。何度もキスをして。
組み敷かれても。耳元で囁かれても。首筋に唇が触れても。はだけた胸元に手が触れても。
襲われたあのときの恐怖も悍ましさも欠片もない。
恥ずかしさとくすぐったさに打ち震えて。目を逸らしては追いかけられてキスされて。
探るようだったテオが、確実に熱を持って私を抱きしめる頃には。
私ももう何も考えられずに、ただテオを抱きしめ返していた。
目覚めると目の前にテオがいて。
ふっと笑って、おはようと言われた。
どうしてテオが、と考えたのはほんの一瞬。
……いつから見てたの?
「おはよう」
そう返すけど、恥ずかしくって仕方ない。
今日からいつも通り、店で朝食を出すから行かなきゃいけない。
起き上がりかけて、お互いの格好に気付いて。恥ずかしくて、背中合わせで服を着て。
まだ厨房にいるほうが落ち着けるかもしれない。
そう思って部屋を出ようとしたとき。
「ククル」
呼び止められて振り返ると、うしろにいたテオが軽くキスをした。
いつも通りの優しいキスに、少し落ち着きを取り戻す。
「行くか」
まだ少し赤い顔で、テオが笑う。
「ええ」
応えて扉を開ける。
ゆうべ、この部屋の前で立ち止まっていた自分に教えてあげたい。
今朝の私は昨日よりももっとテオのことが好きになってるから、って。
読んでいただいてありがとうございました。
『丘の上食堂の看板娘』完結いたしました。
諦めずに最後まで読んでいただいて本当に嬉しいです。
番外編の『ライナスの宿の看板娘』も同時刻で最終話が上がっています。
誤字の修正もぼちぼちしていかねばですが。
あとは短編を書いていきますね。
全部『丘の上』で検索できるようにしますので。よければたまに覗いてみてください!
それでは! また次作にて。
ありがとうございました!




