三八三年 実の十一日 ①
朝を迎えたククルは、自室で身支度を整えていた。
昨日、到着したロイヴェインにギャレットからの手紙を渡された。
無事であることを喜び、危険な目に遭わせたことを詫び、何があったのかを説明してくれていた、その手紙。
こちらへの気遣いが滲み出るそれに、ククルはギャレットにも心配をかけていたのだと改めて思った。
同じ様に手紙を渡されていたジェットは、どこか呆然とした様子で手紙を読み進め、大きく息をついてからダリューンにそれを渡した。
ダリューンはさほど表情を変えなかったが、読み終わるなり労うようにジェットの背を叩き、少しだけ表情を緩めた。
そこでジェットもようやく辞色を和らげ、小さく一度だけ頷いた。
ふたりの様子に、おそらく自分が知る以上の何かがあったのだろうと思ったが、どこか嬉しそうなふたりに何も聞けなかった。
切り替えるように大きく息を吐き、立ち上がる。
訓練も最終日。
憂いも消えた。労う意味も込めて、今日は精一杯皆をもてなそうと思う。
裏口から入り店側へ行くと、いつものようにカウンター内のククルが気付いてこちらを見た。
「おはよう、テオ」
手を止めて柔らかく微笑む自分の恋人。
いつも通りのこの光景。失わずに済んで本当によかったと、今更ながら痛切に感じる。
「おはよう」
微笑むククルに挨拶を返し、そのままカウンター内へと入ってククルの前に立ち止まった。
どうしたのかと見上げるククル。
今ここにククルがいること。
失いかけたからこそ。今このときが本当に嬉しい。
手を伸ばし、頬に触れ。
そっとキスをすると、少し惚けて見返してからククルが飛びずさる。
「テオっ??」
「…ククルは俺が行くなって言っても行くだろ?」
宙に残った手をぱたりと落とし、テオが呟いた。
「だから、行きたくなくなるくらい、俺のこと好きになってもらえたらって」
まっすぐに見つめ、訴える。
昨日の提案を呑むことが、どれだけ不本意だったのか。
どれだけ、彼女のことが好きなのか。
わかってほしいと、眼差しに込める。
紅潮したまま見上げるククル。驚きの勝っていたその瞳がふっと緩み、少し潤んだ。
「…ばかね」
離れた一歩の距離を詰め、とさりとテオの胸にもたれかかる。
「…これ以上、どうやって好きになればいいの?」
寄り添う体温と、恥ずかしそうに呟かれたその言葉。
テオがそれを呑み込み、把握し、どうしていいかわからなくなるまでには。
しばらく時間を要した。
先に行ってる、とゼクスに告げて部屋を出るロイヴェイン。
宿を出て、早朝の静かな町を見下ろして。戻ってきたんだな、と息をつく。
何故か手伝うことになり、結局四日間付き合うことになった。正式なギルド員ですらない自分が、どうして警邏隊と共に警邏隊本部へと乗り込んでいるのだろうと何度思ったことか。
しかし、ようやくここへ戻ってきて。ギャレットからの手紙を読んだ祖父たち三人が、ただ自分を抱きしめ、礼を言ってくれたことで気が付いた。
未だ祖父たちがうなされるあの悪夢。
いつの間にか、それに大きく関わる捕物となっていたのだと。
あの日の自分の役割は、逃げる者と不審な動きをする者を捕らえるだけの些細なもの。もちろん中心で何が起きていたかなど知る由もないままで。
それでもこうして、長年祖父たちを苦しめていた悪夢を払う手助けができたのならば。
その為にとは言わないが、役に立てればと思い選んだかつての選択が間違ってなかったのだと証明されたようで、今は素直に嬉しい。
(…ホントに。ここに来てから変わったよな)
己の性根も立ち位置も。祖父たちの悔恨も。
変わった今、改めて思うのは。
今こう在れてよかったと。ただそれだけのこと。
以前より不器用で、上手くやり過ごせなくなった自分ではあるが。
このほうがらしいと、そう思った。
ロイヴェインとして立つ必要がなくなったので、昨夜からまた食堂二階の客室に泊まっているアリヴェーラ。
相変わらず早いテオの到着に、少し待ってから降りることにする。
ロイヴェインが無事に帰ったこと、そしてその報告に、本当に嬉しそうだった祖父たち。
ギルドを辞めてからも、来るかどうかもわからないこの日の為に身も心も砕き続けてきた祖父たちが、ようやく心からの安堵を見せた。
くすりと笑う。
ここへ来出してから、祖父たちは楽しそうに過ごすようになった。
もちろんそれだけではなかっただろうが、ここへ来ることを楽しみにしていることは明白で。
その上憂慮も失せたとなれば、もうここの皆には感謝しかない。
自分自身も大好きなこの場所。
これから少しずつ、でもたっぷりとお礼ができればと思っている。
そんなことを考えながら、近付く気配に腰を上げた。
アリヴェーラが降りてきてしばらく、ロイヴェインも店へとやってきた。
普段訓練中の朝には来ないロイヴェインだが、今回はここにいられなかったからといい、突然来たことを謝られる。
気にしないでと返し、ククルは四人分の朝食を用意し始めた。
「テオは今日どうする?」
突然のロイヴェインの問いに、何のことかとテオが見やる。
「どうするって?」
「訓練。来るのかなって」
「いや、俺今回一度も出てないから」
あんな状況でククルをひとりにしておくわけがないことは、ロイヴェインもわかっていたのだろう。それはわかるけど、と呟いて。
「もう大丈夫だし、最後くらい出れば?」
「でも…」
渋るテオに、ククルがくすりと笑う。
「店は大丈夫だから。行ってきて」
「ククル…」
「リックも頑張ってきたんだし。見てきてあげて」
訓練前、リックと共に個人訓練をしてきたテオ。決して口には出さないが、本当はお手本役をこなす様子も見たいのだろうと思っていた。
戸惑うテオに頷くと、困ったように笑い、ありがとうと返される。
そんなふたりの様子を見やり、ロイヴェインとアリヴェーラは顔を見合わせて笑った。




