三八三年 実の六日
昨夜は念の為にと二階の客室に泊まったアリヴェーラ。昨日の様子で気付かれていたのだろう、テオと三人での朝食時に前回の訓練後のことを色々と聞かれた。
「ホントにじれったいったらなかったわ」
呆れたようにそう言われ、テオとふたり苦笑する。
「でも、よかったわね。仲良くやるのよ?」
「色々ありがとう、アリー」
落ち込む自分を励まして、話を聞いてくれた。そんな彼女の存在にどれだけ助けられてきたか。
「どういたしまして! お礼は美味しいお菓子でお願いね!」
明るく笑うアリヴェーラに、任せておいてと微笑み返す。
「あと! レムにもちゃんと話しておくのよ?」
昨日の様子を見ていたのはレムも同じ。少々気恥ずかしいが、わかっていると頷いた。
ギルドの一行は予定通り昼過ぎに到着した。
今回お手本役としてリックが参加する為、ジェットたちパーティーも訓練生たちと共に来ている。
「クゥ!!」
先頭で丘を登ってきたジェットが、出迎えたククルを抱きしめた。
ただ一度名を呼んだだけで。ジェットはそれ以上何も言わなかった。
「大丈夫よ、エト兄さん」
小さな声でそう返すと、ジェットはぎゅっと力を込めたあとククルを解放する。
「落ち着くまでいるから」
ぼそりと呟き、ジェットは笑った。
「ククル! テオ!」
満面の笑みでリックが駆けてくる。そのうしろにはダリューンとナリスの姿もあった。
「リック!」
「ついに来ちゃったよ」
ちょっと緊張してる、との言葉の割には朗らかな笑みを見せるリック。
「やれるだけやってきただろう」
「そうそう。自信持って」
追いついたダリューンたちの励ましに大きく頷いてから。
「じゃあふたりとも、しばらくの間よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げるリックに、ククルたちも微笑んで。
「こちらこそ」
「不足があれば遠慮なく言ってね」
三人で顔を見合わせ、笑い合った。
リックたちと入れ替わりにやってきたウィルバートは、変わりないククルの姿に安堵の表情を浮かべた。
「今回もお世話になります」
ジェット同様余計なことは何も言わず、しかし本当にほっとした表情を見せるウィルバート。
「はい。よろしくお願いします」
大丈夫だと笑みに込めると、小さな頷きが返された。
戻らぬロイヴェインの代わりにアリヴェーラが彼として立った以外は滞りなく、顔合わせも済んだ。
いつものようにお茶を出そうと宿へと行くと、ロビーにアリヴェーラが待ってくれていた。
「手伝うよ」
顔合わせのときは無言だったアリヴェーラだが、少し低めに出された声はロイヴェインそのもので。
思わず顔を見たククルに、ふっと笑う。
「そんなに見ないでって」
楽しそうにそう告げて、受付からぽかんと眺めるソージュにもにんまりとした笑みを向け。アリヴェーラはすたすたと厨房へと歩いていった。
「レム!」
「え? え??」
同じくロイヴェインの声で名を呼ばれ、わかりやすくうろたえるレム。
「運ぶのは俺が手伝うから。お茶の準備、よろしくね」
「あ、ありがとう……」
不思議なものでも見るようにアリヴェーラを見つめてから、レムが淹れていたお茶を渡してくれた。
各人の反応は様々で。
ゼクスたちは全く気にする様子もなくロイヴェインとして受け入れていた。
今回ジェットは店の自室に、そしてリックは三階の大部屋に泊まる為、同室となったダリューンとナリス。ダリューンはひとつも表情を変えず、ナリスはすごいとほめつつ笑いが止まらないようだった。
ウィルバートは瞠目してアリヴェーラを見てから溜息をつき、わかりましたと一言呟いた。
リックは訓練生たちの手前動揺を見せないよう取り繕っていたが、耐えきれなくなったのかふらりとひとり部屋を出て、廊下の隅でしばらく佇んでいた。
面白がったアリヴェーラは店にも顔を出し、ジェットの賛辞とテオの呆れ果てての苦笑を受けて、満足そうに帰っていった。
閉店作業を終えた店で、ククルとジェットが並んで座る。
「リックにはお手本役に集中してもらいたいから、ここであったことは話してないんだ。ちょっとロイが来れなくなったってだけ言ってある」
さすがにアリヴェーラと入れ代わっていることは気付かれるだろうから、とジェット。
「ロイはそのまま本部に行ってくれたって、ウィルが。帰ってこなかったってことは、手伝わされてるのかもしれないな」
「ロイのことだから、断らないだろうしね」
文句は言いつつも人のいいロイヴェイン。請われれば受けるに違いなかった。
「ここであったことはアレック兄さんから聞いた。よくやったな」
時間がないこともあり、ロイヴェインからはスタインが語った内容と、拐われそうになったという事実しか聞いていなかったというウィルバート。ここへ来てから共にアレックから詳細を聞き、ククルの武勇伝に唖然としていたことは黙っておこうと思う。
「しかし、まさかクゥがなぁ…」
ククルの頭に手を伸ばすと、思い切り身を引かれる。
「まだ触らないで!」
「ならもう少し冷やしとけ」
大丈夫と言い張るククルに苦笑しながら立ち上がり、タオルを濡らしてきて渡す。
礼を言って受け取るククルが、ふと視線を落とした。
「…私も少しは強くなれたのかな」
あのギルド員に襲われたあと、抵抗できずにいたことを気に病んでいたククル。あのとき悔やみ、できることをと前向きに過ごしたおかげで、今回窮地を逃れることができたのだろう。
「少しどころか。警邏隊の隊長をのしたんだから」
「そこまでしてない!」
「今度俺とも手合わせしてみるか?」
「からかわないで!!」
もう、とふくれるククルに向けていた笑みが少し曇る。
「…ずっと、傍で守ってやれたらいいんだけどな」
厄介事ばかり持ち込むくせに、ククルの危機にはいつもその場にいられない自分が不甲斐なく。
落ち込む声に、ククルがくすりと笑った。
「大丈夫。これからは、テオが守ってくれるから…」
「テオがって……クゥ?」
聞き捨てならない言葉にククルを見やると、恥ずかしそうに頬を染めてはにかんでいる。
焦ってテオに問い質しに行きかけて、ククルをひとりにしてしまうことに気付いて思い留まった。
「……そうか…」
初めて見せる表情で幼馴染のことを語るククルを、ジェットは喜びよりも落ち込みが勝る心境で見つめる。
できればテオと、と思ってはいたが。いざそうなったと聞かされると親代わりの叔父としては複雑で。
色々と片付いた暁には、大事な姪に相応しいかどうか見定めてやるとでも理由をつけて、ダリューンと共にしごいてやろうと心に決めた。




