三八三年 雨の四十四日 ②
まずは宿のアレックとフィーナ、それからレムとソージュ。
四人の確認を取ってから、ジェットはテオに尋ねる。
「訓練、どうしたらいいと思う?」
唐突に聞かれ、テオは怪訝な顔でジェットを見返した。
「どうしたらって言ったって…」
ちらりとククルを見てから。
「ククルが嫌ならあれだけど…」
「どうして私が嫌がるの?」
割って入る声に、テオが息をつく。
「そう言うだろうから。聞くだけ無駄だろ?」
「だよなぁ」
こちらもわかっていたとばかりに苦笑するジェット。宿で聞いた四人も、ククルがいいならと答えてくれた。
「んじゃ、クゥにも。ここでの訓練を続けてもいいか?」
「もちろんよ」
迷いなどない即答に、やっぱりなと呟いて。
「次は動の十日前後だって話だけど、日程もそれでいいか?」
「ええ」
頷くことも予想通りで。
聞くまでもないよな、と独りごち、ジェットは了解と返した。
定位置で少し眠そうにお茶を飲むジェットを見やり、ククルは気遣ってくれるジェットたちに感謝する。
訓練をどうするか確かめてくれたのも、おそらく自分の心境を考えてのことなのだろう。
確かに自分にあんなことをしたのはギルド員ではあるが、ジェットたちも、ただその場に居合わせたというだけで謝ってくれたのもギルド員なのだ。ギルド員だからというだけで、避けるつもりも怖がるつもりもなかった。
それに、訓練が始まればまた皆が来てくれる。
忙しくて賑やかな日々が、今はどちらかというと待ち遠しかった。
予想通りの返答をしたククルに、テオは心中嘆息する。
自分としてはここでの訓練は歓迎だった。
まだ来ていないエディルとスヴェンにも会いたいし、ロイヴェインにしごかれるのだけは少々複雑だが、年近いギルド員たちと訓練をするのは楽しい。
ただその中に、ラウルやあの男のような者がいないとは限らず。それが少々不安ではある。
次回は訓練に出ずにククルの傍にいるつもりだが、おそらくククルからは何故出ないのかとせっつかれるだろう。
(アリーが来てくれたら助かるんだけどな…)
ここにいられるという点でも、女性だという点でも、もちろんその強さも。間違いなく一番安心してククルを任せられる相手だ。
ギルド員でもなく、年もひとつしか違わないアリヴェーラに頼り過ぎかもしれないが。
来てくれそうな気はするけど、と思いながら、テオは仕込み作業に意識を戻した。
閉店作業をし、テオも帰り。
まだ少し話すというジェットとダリューンを残し、ククルは先に自室に戻ることにした。
「じゃああとはお願いね」
「ちゃんと片付けとくよ」
一杯ずつの酒のグラスを前に、ジェットが笑う。もちろん注がれた量にはかなりの差があった。
「ダンもエト兄さんも、疲れてるだろうから、程々にね」
「ああ」
頷くダリューンに笑みを返し、にこやかな表情のジェットを見やり。ククルは少し迷ってから小さく呟いた。
「…来てくれてありがとう」
自分がこんなことになった為に、ふたりにも迷惑をかけたことだと思う。
しかしこうして来てくれたことが、本当に嬉しかった。
突然の礼に少し驚いた顔を見せたものの、ジェットもダリューンもすぐに首を振る。
「何言ってんだよ」
「当然だ」
少し座っていくかと聞かれたが、お礼を言いたかっただけだからと返した。
おやすみなさいと挨拶を交わし、自室に戻り。
扉を閉めてから吐息をつく。
自分を心配し、気遣ってくれる人がこんなにいる。
自分を守ろうとしてくれる皆を、自分も守ることができるように。
そう在れればと、ひとり願った。
ククルの足音が二階へ去り、静けさが訪れてから。
「…意外と落ち着いてるだろ」
目の前のグラスを見つめて、ジェットが呟く。
「そうだな」
同じく前を見たままのダリューンが頷いた。
「俺が来たときには、もうあの調子でさ」
グラスに手を伸ばし、浮かぶ嘲笑を流し込むように酒を飲む。
「去年も。今年も。俺は何もできなかった」
クライヴたちが亡くなったときも、今回も。自分の前で泣きはしたが、既に気持ちは前を向いていて。
凛として店に立つその姿は、頼もしくも誇らしく。
しかし、同時に。
「…もうちょっと甘えてくれたら嬉しいんだけどな」
自分の存在の必要性を見失い、少し―――否、かなり寂しい。
コトリとグラスを置いて、ジェットが視線を落した。
黙ってジェットの言葉を聞いていたダリューンは、残る酒をあおり、グラスを並べる。
「…お前がここに来ること自体が、ククルにとっては甘えなんだろうがな」
だから何度も礼を言われるのだろう、とダリューン。
「お前と一緒で。ククルもどこか素直じゃないから」
「どういう意味だよ…」
「こうして拗ねてるところ、だな」
くしゃりと頭を撫でられる。
「少しの間でも。傍にいてやれ」
「わかってる」
もう一度グラスを手に取り、ジェットも酒を飲み干した。




