三八三年 雨の三十九日
雨が降っていないので今日帰ることにすると、アリヴェーラが朝に告げた。
急に決まった別れに少し気落ちした様子を見せるククルに、アリヴェーラはごめんねと謝る。
「ロイもおじいちゃんたちもククルのことをすごく心配してたから。ククルの様子を教えてあげないとね」
頷くククルに手を伸ばし、アリヴェーラが抱きしめる。
「ひとりで悩むのは仕方ないけど、ひとりのときに悩んじゃ駄目よ?」
静かな声と温かい腕。あれ以来どうにも緩みがちな涙腺に、ククルは目を伏せ、アリヴェーラを抱きしめ返す。
「誰かがいれば、沈みきる前に引き上げてくれるから」
「…わかったわ」
「いい子ね」
声で自分の様子に気付いたのだろう、アリヴェーラはしばらくそのまま抱きしめてくれていた。
「ありがとう、アリー」
落ち着いたところで礼を言うと、ククルを離したアリヴェーラはどういたしましてと微笑む。
「またすぐに来るわね」
優しい笑みに頷いて、ククルも待ってるからと返した。
「じゃあ行くわね」
「気をつけてね」
朝食を済ませて出立の用意をしたアリヴェーラを見送る。
「毎日ちゃんとがんばるから」
アリヴェーラは自分とレムにと、教えた身の守り方を書き留めてくれていた。文字だけの簡略なものであっても、数度身を以て教わっているのでことは足りる。
「ククルはすぐ根を詰めてやりすぎるんだから。程々にね」
隣で吹き出しかけておいて視線を逸すテオを横目で睨んでから、ククルはアリヴェーラを抱きしめた。
「来てくれて本当にありがとう」
今の自分に必要なことを教えてくれたアリヴェーラ。
大丈夫ではないときがあってもいいのだと、そう思えた。
「ちゃんと皆を頼るのよ? ククルに頼られて嬉しくない人なんていないんだからね」
「大袈裟ね」
くすりと笑って、ククルはアリヴェーラから離れる。
「あら、全然大袈裟なんかじゃないわよね?」
向けられた視線に半眼で返し、テオは息をついて手を差し出した。
「ありがとう」
「テオは抱きしめてくれないの?」
「するかよ」
即答で返したテオに、仕方ないわね、と笑って手を取るアリヴェーラ。
次の瞬間手を引くが、テオは踏ん張って堪える。
「やると思った」
「んもぅ。かわいくないんだから」
明るい声でそう返し、アリヴェーラは大きく上下に振ってから手を放す。
「またね」
「ええ、また」
「またな」
時々振り返って手を振ってくれるアリヴェーラを見送りながら。
次に会うときにはもう心配をかけずに済むように。安心してもらえるように。
できることをしていこうと、そう思った。
ここ数日の賑やかさが消え、穏やかな静寂が戻った店内。
いつも通り、テオとふたり並んで。
仕込みをしながら、ククルは考える。
自分の身に起きたことを、たいしたことではない、もう大丈夫だと。
そう思っていることは、もちろん偽りではないけれど。
時折滲む恐怖も不安もまた当然のものであるのだと、認めることもできるようになった。
おそらくこの先何度も思い出しては不安になることがあるのかもしれない。
でも、そのときには。
こうして隣にテオがいればいい―――。




