三八三年 祝の三十四日 ②
ひとり店に残ったククル。
今回ロイヴェインにどう接すればと思っていたのだが、予定より早く来た上にいきなり抱きしめられて何もかも吹っ飛んだ。
そのあともどうにも彼のペースで、その自然な様子に思っていたよりも普通に話すことができている。
勝手でいいと言われたのだから。
好きだと言われたことも。キスされたことも。
考えないままいるのは自分の勝手だと。そういうことでいいのだろうか。
正直、それで済むならそうしたいと思いながら。ククルは吐息をついて仕込みを進める。
「ただいま!」
さほど時間をおかずに戻ってきたロイヴェイン。お茶を淹れますねと、ククルは一旦手を止める。
ありがと、と笑い、ロイヴェインは元の席に座った。
どうにも視線を感じてロイヴェインを見ると、やはりにこにこと自分を見ている。
「…ロイ……」
「穴は空かないってば」
いつぞやの会話を再び繰り返しながら。
淹れたお茶のトレイを置いたククルの両手を、上からぎゅっとロイヴェインが握り込む。
「ロイっ?」
「ちょっとだけ」
ククルを見たまま、呟いて、笑う。
「やっと来れた」
握る手に力が籠もる。
「会いたかったんだ」
「ロイっっ」
慌てたククルの声に、赤くなるその顔を見上げたまま手を放した。
「真っ赤。かわいい」
「ロイ!」
怒るククルに瞳を細め、悪びれずにごめんと謝るロイヴェイン。
その顔を見返し、溜息をつき。ククルは困り果てて呟く。
「もうしないって…」
「だって。口説きもせずにどうやって俺のこと意識してもらえばいいの?」
口調は軽いが、眼差しと声は真剣そのもので。
「口説くのは俺の勝手で。応えないのはククルの勝手」
無視していいよ、とつけ足して。
「ふたりきりのときしか口説かない。やりすぎないようにするし、やめてって言われたらすぐやめるって約束する」
見つめる瞳にからかう色はなく。真摯な想いを映すのみで。
「ただ、俺はもう。あのふたりみたいにのんびり待つ気はないからね?」
そう宣言するロイヴェインに。
ククルはもう一度溜息をつき、まっすぐ見返した。
ロイヴェインが真剣だということは、十分わかっていた。
そこまでされないとわからない自分にも、原因はあるのかもしれない。
けれど。
お互い勝手に、といっても。限度はあるだろうと。
そう思うのは間違っているのだろうか?
「…ロイ」
名を呼ぶククルの声はどこまでも淡々として。
熱に浮かされたような先程までの己の言動との落差に、どこかきょとんと見つめ返すロイヴェイン。
「ロイが自分の勝手だとそんなふうにして。私も勝手でいいと言うのなら」
にっこり、微笑む。
「いちいち注ぎに行かなくてもいいように、食事のときには水差しごとテーブルに置いておきますね」
満面の笑みから洩れる圧に、ひくり、とロイヴェインの頬がひきつった。
「…ククルってば、何食べさせる気??」
「そのときによります」
「怖いから!」
もう、と苦笑して。ロイヴェインは仕方なさそうに吐息をつき、ククルを見る。
「わかった。程々にするから」
残念そうに眉を下げつつも、見つめる瞳の熱は引かず。
「でも。見るくらいはいいよね?」
囁くように、ロイヴェインは呟いた。
それからずっと食堂にいたロイヴェインは、閉店作業をするからとテオに閉め出された。
時折不機嫌に睨んでくるテオ。あんな話を聞けば当然かと苦笑する。
前回の帰り、ようやく好きだと伝えられて。しかし帰りながら冷静になってくると、やはり少しやりすぎたとしか思えず。
もしかすると今まで通りに接してもらえないかもと、不安になった。
待ちきれなくてというのは、もちろん嘘ではないのだが。
祖父たちの前でこんな話はできないだろうし、何よりもククルに身構えられる前にと思い、予定より一日早く訪れ、畳み掛け、ごまかした。
明日祖父に説教される分を差し引いても、成果はあったと思う。
誤算はテオのことだけ。
訓練前に関係の悪化は正直痛手だが、あの場で嘘をつくことはどうしてもできなかった。
(仕方ない、か)
自分がククルを傷付けて泣かせたのは事実なのだから。
蒸し返すなと釘は刺した。
しかしもし、このことでテオが彼女を責め、泣かせるようなことがあれば。
そのときは―――。
「それじゃあおやすみなさい」
裏口で、ククルが微笑む。
「うん。おやすみ」
そう返し、扉を閉めて。
施錠を確認し、テオは溜息をつく。
あの日ロイヴェインが何かをしたのは確実でも、それをククルに尋ねられないのは以前と変わらず。
結局は、同じ。何も聞けずに呑み込むだけだ。
ロイヴェインがククルを泣かせたという事実と。
泣く程のことをされながら、自分に隠し通すククルと。
どちらにショックを受けているのか。自分にもわからない。
うなだれ、かぶりを振る。
考えても仕方がないということだけはわかっていた。




