三八三年 祝の十一日 ①
昼過ぎ、にわかに騒がしくなった外の様子に、ククルは訓練生たちが到着したことに気付いた。
「私は呼ぶまで出るなって言われてるから。ククルたち行ってきて」
そう言って笑うアリヴェーラにあとを任せ、ククルとテオは店を出る。
既に店の前までやってきていた一行。先頭にいたウィルバートが、ふたりに気付いて近寄った。
「またお世話になります。ゼクスさんたちに知らせに行ってきますね」
挨拶に行く者以外はその場で待機と皆に告げて、ウィルバートは宿へと向かった。
誰が来ているのだろうと一行に目を向けたテオ。一際目立つ赤髪の少年を見つけるのと、少年が男をひとり伴いこちらへ来るのはほぼ同時だった。
「テオ。ククルさん」
ふたりの前に立ち、カートは笑みを見せる。
「また会えて嬉しい」
素直にそう言って拳を出すテオに、嬉しそうに笑ってカートも合わせる。
それからククルに向き、少し改まった様子を見せた。
「カート・グラセルです。ギルドを辞めずに、今回もこんなふうに来ることができたのは、ククルさんを始めここの人たちが許してくれたからだということを忘れずに、訓練、がんばりたいと思ってます」
おそらく事前に書いたものを覚えてきたのだろう。どこか棒読みのその言葉に、隣の男が溜息をついた。
「カート。嘘くさいから自分の言葉で話せ」
困り顔でちらりと男を見上げ、カートはもう一度ククルを見る。
「…ククルさん。俺たちのこと、許してくれてありがとうございます。俺、ここに来られてよかった。ククルさんたちと会えてホントによかったって、そう思ってます」
「私もカートさんたちに会えてよかったです」
迷いもせずにそう返したククルに、カートは笑みを見せ、呼び捨てで、とつけ足した。
「ありがとう、カート。私のことも呼び捨てで、楽に話してくださいね」
告げられた言葉に瞠目し、それから照れたように笑う。
「俺、年下だから言われないかもって思ってたんだけど。言ってもらえて嬉しい」
「えっ?」
自分がそう言うのを待っていたようなカートの言葉に疑問を返すと。
「呼び捨てにするのは訓練が終わってからって、ディーに聞いてる」
笑顔のまま答えを返し、カートは隣の男を見上げた。
「俺のお師匠」
ようやく話を振られた男は、息をつきふたりを見た。
「ウィケット・ベイターだ。カートのしでかしたことへの謝罪と、許しをもらえたことへの感謝を受けてほしい」
そう言い、頭を下げる。
「本当にすまなかった。そして、カートたちに未来を残してくれてありがとう」
「頭を上げてください。私は何もされていないんですから、当然のことです」
今までと同じく、何もされてないと言い張るククル。
ウィケットは頭を上げ、辞色を和らげカートを見下ろす。
師の言葉とククルの言葉の両方に、感銘半分、照れくささ半分、というところだろうか、何とも決まりが悪そうにカートが笑った。
ゼクスたちに挨拶に行くカートたちを見送ったククルとテオ。今回の顔見知りはカートだけなので、顔合わせまでは店に戻ろうとしたとき。
「あ〜っ! 待って待って」
宿のほうから聞こえた覚えある声に、ククルたちは振り返る。
「フェイト??」
宿から出るなり走ってきたフェイトが前に立つ。
「久し振り。俺にも挨拶させて」
深紅の瞳を細めるフェイト。
「お久し振りです」
「ギルド入ったってウィルに聞いてたけど、もう来たんだ?」
「色々あって。ねじ込んでもらった」
嬉しそうなふたりに、楽しみにしてた、と満面の笑みを浮かべる。それから宿のほうを振り返り、こちらへ向かう男性ふたりに手を振った。
「師匠と兄弟子。紹介してって言われてるんだ」
やってきたのはジェットと変わらない年の大柄な男と、自分たちより少し年上の青年。
笑みを見せ、男のほうが手を差し出した。
「俺はニース・チェザーグ。ジェットの同期だ」
「エト兄さんの?」
思わず返したククルに、ニースの笑みが深くなる。
「本当にそう呼んでるんだな」
そう言われ、いつもの調子で呼んでしまったことに気付いたククル。頬を赤らめ、すみませんと呟いて。
「ククル・エルフィンです。叔父がお世話になっております」
握手に応え、隣で笑いを堪えるテオをちらりと見る。
「テオ・カスケードです」
テオも同じように握手を交わす。
「ジェットから話は聞いてる。ここにも何度か来たことがあるよ」
そう言い、隣の青年を見やる。
「こいつも一緒に、な」
蜜色の髪の青年はものすごく緊張した面持ちでククルの前に立ち。
「ラウル・アルディーズです! ククルさん!」
がしっと両手を取られる。
山吹色の瞳が、まっすぐに向けられた。手が震えるくらい緊張しきったラウルは、覚悟を決めたように息を吸い。
「好きです!」
半ば叫ぶように、そう言い放った。
手を握られて立ち尽くすククル。
隣で固まるテオ。
突然の兄弟子の暴挙に唖然とするフェイト。
何が起きたかわからない訓練生たち。
―――訪れる静寂に。
ニースが溜息をつき、ラウルの後頭部をはたいた。
ラウルの手が緩んだ瞬間、我に返ったテオがククルの手を引き抜いた。
「初対面の挨拶じゃないな」
睨みつけて言うテオに、ラウルは微笑んで首を振る。
「ここには三回来てる。名乗ったのは今日が初めてだけど」
「それを初対面っていうんだよ」
「ちょっ、テオ、ラウル、落ち着いて」
慌てるフェイトが間に入った。
「ニース…」
助けを求めるフェイトに、ニースはもう一度溜息をつき、ラウルの後ろ襟を掴んで下がらせる。
「すまないククルさん。ラウル、場所を考えろ」
「名乗りが済んだし、いいかと思って」
「いいわけないだろ!」
噛みつくように怒鳴るテオ。
蚊帳の外のククルだが、おかげで冷静さを取り戻した。
息を吐き、まずは。
「テオ」
冷めた声に、びくりとテオがククルを振り返る。
「…ククル?」
「お茶の準備をしないとだから。お菓子の用意、お願いするわ」
決して笑っていない笑顔で告げるククルに。
「ククル…?」
「お願い、するわね?」
「…はい」
無駄な抵抗はせず、テオは素直に踵を返す。
ドアベルの音を背中で聞いてから、ククルは同じ笑顔で残る三人を見た。
「そろそろゼクスさんたちも来られると思いますが。顔合わせの前に一度店に戻っても?」
フェイトとラウルが無言のままこくこくと頷き。
驚いた様子でククルを凝視していたニースが笑い出す。
「何というか、さすがはジェットの姪だな」
「チェザーグさん?」
ぽつりと名を呟いたククルに。
ニースも笑いを呑み込み、こくりと頷いた。




