三八三年 祝の十日 ①
昼を過ぎた頃から少しそわそわしだしたククルに、カウンター内で仕込みを進めるテオは笑う。
「落ち着けって」
「落ち着いてるけど…」
隣で同じく仕込みをするククルが少しむくれたように呟いた。
今回の訓練からソージュが宿に来てくれる。準備があるからと、前日の今日から入ってくれていた。
おかげでこうして自分が店にいられる時間が増える。
ククルの負担を減らせることと、傍にいられる時間が増えること。どちらも嬉しかった。
穏やかで、幸せな時間。
隣にいられることの喜びを噛みしめていた、そのとき。
カラン、とドアベルの音。
扉を開けて入ってきたのは、赤茶の髪に外套姿の人物。
ククルを見、翡翠の瞳を細める。
カウンターを出たククルに歩み寄り、手を伸ばしてぎゅっとククルを抱きしめた。
「なっ??」
慌てたテオがカウンターから出るより早く、微笑んだククルが抱きしめ返す。
(えっ……)
声も出せず、動きを止めたテオに気付かず。
くすりと笑って、ククルは自分を抱きしめる相手を見上げる。
「髪、切ったの? アリー?」
「なぁんだ。バレてたの」
「わかるわよ」
くすくす笑うククル。アリヴェーラは固まるテオに視線を移し、ぱちりとウインクする。
「焦った?」
何も言えず、硬直したままのテオ。
カランと再び、ドアベルが鳴る。
「アリー! 自分の荷物くらい自分…で……」
足を踏み入れたロイヴェインの言葉が途切れた。
まるで自分とククルが抱き合ってるようにしか見えないその光景に。
ロイヴェインの手から、持っていた荷物がどさりと落ちた。
「染めたの戻すのが面倒だったから。切ったの」
おそらくロイヴェインのものなのだろう、男物の服と外套姿でそう笑うアリヴェーラ。
「違うよ。アリーはこの為だけに切ったんだよ」
ぼやきながら横目で睨むロイヴェイン。
ふたりを見比べ、テオは溜息をつく。
生来の髪色に戻してロイヴェインと同じ長さに切り揃え、身体付きを隠す服と外套を着込み、背丈もさほど変わらないとなれば。
さすがは双子、というしかない。
もちろん並ぶとわかるのだが。それでも紛らわしいことこの上ない。
ふふっと笑い、アリヴェーラはもう一度ククルに手を伸ばす。
「ククルにはすぐバレちゃったけどね」
ククルを抱きしめるその姿に。
「だからそれやめてってば!」
自分のほうが赤くなって叫ぶロイヴェイン。
テオも見ていられず、無言で視線を逸らす。
「んもぅ。情けないんだから」
ふたりに向けてそう言って。アリヴェーラはククルから離れ、今度は手を取る。
「さ、ククル! 今度はレムを驚かせに行くわよ!」
「ちょっとアリー?」
ククルを引っ張って出ていくその背を見送り、ロイヴェインは盛大に溜息をついた。
哀愁すら漂うその姿に。
苦笑しか浮かばず、テオは呟く。
「…ロイも苦労してるんだな」
「うるさいよ」
残された男ふたり。
今は溜息しか出なかった。
どうしようかと思った。
残された店内、テオは心中嘆息する。
入ってきたアリヴェーラを、完全にロイヴェインだと思っていた。
抱きしめる姿に衝撃を受け。
抱き返すククルに絶望した。
ロイヴェインではなくアリヴェーラだとわかった今も、絶対にない光景だと言い切れないことだけは身に沁みて。
何度決心し直しても、たやすく揺らぐ己の覚悟。
目の前であの光景を見せられて。
本当に自分は、素知らぬ顔で店を手伝うことができるのだろうか―――。
戻ってきたククルとアリヴェーラに少し遅れ、店に顔を出したゼクスたち。顔を見るなりすまないと謝られる。
「自分は食堂の手伝いをする為に行くんだと言っておったんだが…」
ロイヴェインとアリヴェーラを見比べ、ゼクスも溜息をつく。
「出発直前に、髪を切ったらしくてな…」
「前の晩帰ってきたらこれだよ? 俺が切れないようにって直前に」
「いいじゃない。ちゃんとエプロンして店でおとなしくしてるから」
「俺がやなの!」
ああもう、と肩を落とすロイヴェイン。
悪びれず微笑み、アリヴェーラはククルの腕にするりと己のそれを絡ませる。
「ホント勝手なんだから。行きましょ、ククル」
「だから!! それを! やめろって!」
ロイヴェインの悲痛な叫びに。
アリヴェーラは変わらぬ笑みで、うるさいと一喝した。




