三八三年 明の二十三日 ②
揃ったところで、とジェットが話し始める。
「ダンたちは先にベリアに行った。イーレイさん…ギャレットさんの補佐なんだけど、その人が向こうの様子を探ってくれてる」
「それ大丈夫?」
眉を寄せるロイヴェインに、ジェットは笑って頷く。
「イーレイさんが気取られることはまずないって」
疑わしそうなロイヴェインに、楽しみにしてろとジェット。
「ゼクスさんたちももう向かってるはずだ」
「アルドさんもベリアに」
ククルの言葉に頷く。
「朝に俺たちが出て合流して、イーレイさんが戻り次第出発、だな」
わかったと頷くククルを見て。ジェットは表情を和らげ、頭を撫でる。
「クゥはベリアで待っててくれ」
言い聞かせるその声に、ククルはじっとジェットを見上げる。
「時間との勝負なんだ。クゥのことを気にかけてやれない」
「わかったわ」
頷くククルの頭をもうひと撫でしてから、隣のテオを見やる。
「あいつのことはテオに任せるよ」
「わかった。行ってくる」
聞き分けのいい弟分に、すまないなと小さく呟き、ジェットはテオの肩に手を置いた。
夕食はとても賑やかだった。
ロイヴェインの父親のジャンヴェルドとルミーナ。
住み込みの弟子が四人。
そしてロイヴェインと、自分たち一行。
合計十人、共にテーブルに着く。
赤茶の髪に翡翠の瞳。がっしりとした体格と険しい目つきだが、ジャンヴェルドだけはロイヴェインたちに似ていた。
互いに自己紹介をし、名が長いので略称で呼ぶよう言われる。
弟子とよくもめるとアリヴェーラは言っていたが、食事中に彼らを気遣う様子からは、とてもそんなふうには見えなかった。
仕事の話を聞いたり、花瓶の礼を言ったり。見目より穏やかなジャンヴェルドが、こちらを気にして色々と話を振ってくれた。
和やかに食事を終え、弟子たちが部屋を出て。ルミーナがお茶を置くのを待ってから、ジャンヴェルドがこちらを見る。
「明日は俺が送ろう」
「ジャンさん?」
「ちょうど急ぎの配送を頼まれている。ついでに送るだけだ」
少し表情を緩めてそう言い切り、ジャンヴェルドはロイヴェインに視線をやる。
「息子の性根を叩き直してもらった恩もあるしな」
「うるさいよ」
ぼそりとロイヴェインがぼやいた。
住み込みの弟子用の部屋が空いているからと、それぞれ別の部屋へと案内される。
テオが部屋に入ってすぐ、扉が叩かれた。
「ちょっといいか?」
珍しく少し申し訳なさそうな顔をしたジェットが立っていた。そんなジェットを通し、テオは扉を閉める。
「…悪かったな」
どうしたのかと問う前に、ジェットが呟いた。
「ジェット?」
「テオにとっては複雑だろうにな」
ようやく何のことを言われているのか把握したテオは、そんなこと、と苦笑する。
「別にいいよ。嫌いってわけじゃないんだから」
「そうか?」
辞色を和らげ、ジェットはテオの頭に手を伸ばす。
「…誰の味方なんだって、言わないんだな」
「そんなわかりきったこと聞くわけないって」
少し強めに撫でられながら、テオは笑う。
「ジェットはククルの味方、だろ」
思わず手を止めて、まじまじとテオを見て。
ふっと、ジェットも笑った。
「違いない」
「だからいいよ。ジェットも、俺も。あのふたりも。ククルの味方ってことで」
あのふたり、の言葉に、ジェットは明らかに苦笑を見せる。
「そうだな。クゥの為にならないことはしない、か」
そうそう、と頷いてから。思い出したようにテオが首を傾げた。
「そういえば。ジャンさんも、町に来てるアリーもだけどさ。何であんなにロイのこと駄目だの何だの言うんだろ?」
アリヴェーラは愚弟と呼び、ジャンヴェルドは性根を叩き直してもらったと言った。
自分の知るロイヴェインとは結びつかないその辛口の評価。ずっと疑問に思っていたのだが。
ジェットは知っているのだろうかと顔を見るが、返されたのはさらなる苦笑だけだった。
一方、ククルの下にも訪れる者がいた。
外から少しいいかと問われ、ククルは扉を開く。
「夜なのにごめんなさいね」
微笑むルミーナに、ククルはいいえと返す。椅子を勧めるが、すぐだからと言われた。
「ククルさんに、お詫びを言いたくて」
「お詫び、ですか?」
扉前に立ったまま、ルミーナが問い返すククルを見つめる。
「…ロイヴェインは、あなたに何かしたんでしょう」
投げかけられた言葉は疑問ではなかった。
息を呑んだククルに、ルミーナは続ける。
「もちろんあの子からも、誰からも、何も聞いてないわ。だから何があったのかはわからないけれど…」
「…もう、お互いに忘れたことなので。大丈夫ですよ」
自分を見る水色の瞳にそう答える。
「それに、ロイにはたくさん助けてもらいました」
それは間違いなく本当のことだから。
言い切るその声の強さに、ルミーナもわかってくれたのだろうか、向けられる眼差しが和らいだ。
言葉を選ぶかのようにためらってから、ルミーナはククルの手を取った。
「ククルさん、本当にごめんなさい。…それとお礼も言わせて?」
優しく包み込む両手から伝わる、感謝の思い。
「あの子が立ち直れたのは、あなたがあの子の過ちを忘れると言ってくれて、こうして普通に接してくれているから」
「いえ、ロイ自身の強さですよ」
そう返すが、ルミーナの眼差しは変わらない。
そんなことないわと笑みを見せ、ぎゅっと手を握る。
「本当にありがとう。あの子はあなたに出会えて幸せね」
自室に戻ったロイヴェイン。息をつき、ベッドに倒れ込む。
(あー…もう…)
渦巻く感情に言葉も出ない。
間違いなく父も母も、自分が変わった原因がククルだということも、自分の想いにも気付いている。
それだけでも十分いたたまれないというのに。
片恋の相手がほかの男と、さらに別の男の為に家に来ているこの状況。
もう何をどう感じればいいのかわからない。
(会いたかった、けどさ…)
本当はアリヴェーラの代わりに自分がライナスへ行きたかった。
もちろん今日こうして顔が見られて嬉しい。
瞳を輝かせて店内を見回すククルの姿を思い出し、頬が緩む。
理由は少々腑に落ちない面もあるが、それでもこうしてククルの傍にいられること。
やっぱり喜んでいいのかなと、ロイヴェインは独りごちた。




