三八三年 明の二十二日
案内された部屋、ククルは荷物を置いて息をつく。
(同じ宿でも、やっぱり違うのね)
見慣れた配置ではない室内に感じる違和感に、ククルはひとり笑った。
ミルドレッドとアルスレイムの中継地、ゴードン。その街の宿に、ククルはいた。
あの日、もうここへは来ないと言ったウィルバート。自分を放して別れを告げ、出ていった。
明らかに様子がおかしいと、テオとふたりで話をして。
何かあればと予めジェットと決めていた行動。それに基づき、今ククルはここにいる。
(…大丈夫かしら)
笑顔の下の別人のように力ない表情。ちぐはぐな言動。
おかしいとわかっていながら、尋ねることも止めることもできない自分がもどかしかった。
あと数日、あんな顔をさせたままかと思うと胸が痛む。
何度目かの溜息をついたとき、部屋の扉が叩かれ、声をかけられた。切り替えるようにかぶりを振り、ククルは扉を開ける。
「食事にしようって。アルドさん、先に行ってる」
「わかったわ」
テオに頷き、ククルも部屋を出た。
一階奥の食堂で、アルドは見知らぬ男と話していた。ふたりに気付き手を振る。
「今話してたテオとククルだ」
アルドが男に向けてそう言ったので、ふたりは慌てて頭を下げる。
「こちらはドレイク・コーフェン。セレスティアの食肉業者だ」
「店同士がアルドのおじいさんの代からの付き合いでね」
アルドと変わらぬ年だろう。優しげな顔立ちは、笑うと一層和らぐ。
「ドレイクがセレスティアまで送ってくれることになってる。俺は先にベリアに向かうから」
アルドの言葉に驚いてドレイクを見ると、よろしくとばかりに頷かれる。
「いいんですか?」
「ほかならぬアルドの頼みだからな。でも少しだけ荷下ろしを手伝ってもらえれば助かるよ」
「ふたりは働き者だからな、ドレイクの出番はないかもしれないぞ?」
そう言い、アルドが笑った。
その後四人で食事をし、また明日の朝ということになった。
ライナスからここまで、アルドが伝手を頼って連れてきてくれた。おそらくドレイクにも事前に連絡をしてくれていたのだろう。
ライナスとミルドレッドの出入りはもしかしたら見張られているかもしれないというジェットの心配に、ずっと手伝ってくれていたアルドがさらなる協力を申し出てくれた。
ジェットのことといい、今回のことといい。本当に優しい故郷だとククルは思う。
(皆どうしてるかな…)
初めて故郷を遠く離れて感傷的になっているのだろうか、今朝までいたというのに既にライナスが懐かしい。
今回この旅を終え帰ったら、旅歩くジェットの気持ちも少しはわかるだろうか。
コンコン、と控えめに扉が叩かれた。
「ククル」
聞き慣れた声に我に返り、少し笑う。
初めてのことだらけのこの状況。町を懐かしみながらも落ち着いていられるのは、きっと―――。
扉を開けると、ポットとカップを載せたトレイを手にしたテオの姿。
「お茶もらってきたから、少しいい?」
―――いつも一緒の幼馴染。彼が変わらず傍にいるからなのかもしれない。
「ありがとう」
どうぞと大きく扉を開けると、テオは笑ってお邪魔しますと言った。
「アルドさんが、不安がってるんじゃないかって。それで俺にコレ」
持っていけと言われたと正直に話すと、くすりと笑われる。
「テオがいるもの。大丈夫よ」
不意打ちの発言に、テオは思わず息を呑んだ。
(ホントに……)
呑んだ息を溜息で返し、テオはククルに勧められるまま椅子に座る。
「疲れてない?」
「平気。座ってただけだもの」
ふたつのカップにお茶を注いだククルが向かいに座った。
「テオはどう?」
「楽ではあるけど、自分で乗るほうがいいかな」
笑うククル。しかしすぐに笑みは消される。
「…上手くいくかしら」
ぽつりと洩れる不安げな声。
心配なのは自分も同じ。
でも少しだけ、嫉妬めいた感情があるのも事実。
「ジェットがいるんだから。大丈夫だって」
狭量な自分に内心嘲笑しながら、テオは励ますように明るく告げた。




