三八三年 明の十八日
警邏隊の男たちが来たのは、また昼の営業時間帯だった。
四人のうちの、前回初めて来ていたふたり。帯剣はしていないので一見ただの一般客にしか見えない。
ふたりの間に奔った緊張に気付いたアリヴェーラ。その視線の先の男たちを見てから水を持っていく。
結局今日も、男たちはただ食事をして帰っていっただけであったのだが。
「追ってくる」
男たちが出るなりそう呟き、止める間もなくアリヴェーラは裏口から出ていった。
「アリー、大丈夫かしら…」
ぽつりと呟くククル。
アリヴェーラが出てから二時間程。心配で仕方ないククルはそわそわと待ち続ける。
「大丈夫だって」
そんな様子のククルをひとりにしておけず、テオもずっと店にいた。
「ほら、仕込みも済んだしちょっと座って。落ち着けって」
「だって…」
ほらほら、とククルをカウンター席に座らせる。
「お菓子はアリーが戻ってきてからだろうけど。先お茶淹れるから」
「テオ…」
「大丈夫。な?」
微笑むテオに、ククルも少し笑みを見せた。
お茶を注いで前に置く。礼を言い、少し瞳を伏せてカップに口をつけるククル。
カウンター内で自分もお茶を飲みながら、テオはそんなククルを眺めていた。
先日ミルドレッドでフェイトと話したことと、店に警邏隊がやってくること。このふたつに関連があるのかはわからない。
だけど確実に、何かは起きている。
少なくともその半分を知るだろう青年を思い起こし、テオは内心溜息をついた。
ククルがお茶を飲み終わるまでにアリヴェーラは戻ってきた。
「ミルドレッドの警邏隊の宿舎に入っていったわ」
さほど疲れた様子もなく、もちろん怪我もない様子にククルは安堵する。
「ミルドレッドの…」
確かにライナスはミルドレッド地区になる。そこの警邏隊の管轄で間違いはないのだが。
「支部じゃなくて、宿舎?」
テオの言葉にアリヴェーラが頷く。
「そうなのよね。まさかホントにお昼を食べる為に来てた、なんてことはないでしょうし」
もし仕事として店に来ていたのならば、隊服でなくてもまっすぐ支部に向かうだろう。
わざわざ様子を変えてきたのでなければ、ただここの食事を気に入った為、という理由でも納得がいくのだが。
減らぬ疑問に頭を抱えるほかない。
「町を通るときはちょっと周りを気にしてた感じだったわ。誰とも話はしてなかったけど」
テオが置いたお茶に礼を言いながら、アリヴェーラは思い出すように首を傾げる。
「途中で追い抜いたから見てないけど、時間的に道中で誰かと接触してる余裕もなかったと思うのよね」
「追い抜いた?」
声を上げるテオ。ククルも驚いてアリヴェーラを見る。
「何箇所かあるのよ。馬で先回りできるところ」
事もなげに言われるが、ライナスからミルドレッドまでは山道の一本道。途中追い抜ける程広くなっているところはあるが、もちろんこの場合はバレずにとのことだろう。
「ま、オススメはしないわ」
微笑むアリーに苦笑する。
誰からの入れ知恵かは考えるまでもなかった。
夜の営業は問題なく済み、テオも帰った。
「アリーもお疲れ様」
労うククルにアリヴェーラが笑みを見せる。
「ねぇククル、ちょっと話さない?」
「え?」
「話、聞かせてよ?」
一体何の話を聞きたいのだろうかと思ったが、断る理由はない。頷いたククルにアリヴェーラが無邪気に喜ぶ。
お茶を淹れようかと思ったが、また竈に火を入れるのも大変だろうからと遠慮された。酒か作り置きの果実シロップなどならあるが、話したいだけだからと断られる。
カウンターに並んで座って。ククルはアリヴェーラを見やった。
見返すアリヴェーラが、薄く笑む。
「うちの愚弟、迷惑かけたんじゃない?」
顔に出そうになった動揺を、なんとか抑え込んだ。
「…ロイにはたくさん助けてもらったわ」
もちろんこれも事実ではあるが。
「そう? それならいいけど」
気付いているのだろうか、アリヴェーラはくすりと笑う。
「ホント、どうしようもない弟なんだけどね。今は少しだけ、マシになったかしら」
「アリーは厳しいのね」
ここでのロイヴェインはあれ程がんばっていたというのに。姉の評価はあまりに辛口だった。
「訓練生の皆にも信頼されて、ちゃんと教官としてのお仕事をしてたわよ」
「でもそれは当たり前のことでしょ?」
即座に返し、アリヴェーラは肩をすくめる。
「ま、今までその当たり前もしてこなかったんだけどね」
呆れたような呟きだがどこか声音は優しくて。ロイヴェインを心配しての言葉であることは、ククルにもわかった。
なんだかんだいっても姉弟なのだなと、少しうらやましく思う。
「ロイなら大丈夫よ」
本当に、気遣いばかりの優しい人なのだから。
ククルを見つめるアリヴェーラ。細められるその瞳に。
「…どうかしらね」
一瞬過った感謝の色に、ククルは気付かないままだった。




