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Universe Create Online  作者: 星長晶人
第三章

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番外編:まうまう・パンデミック!

遅くなり申し訳ありません。


活動報告にて各作品のこれからなどを記載しています。興味のある方はご確認ください。


あったかもしれない番外編です。これまでの無駄な伏線が役に……?

 ある日のこと。


「あっ、お兄ちゃん」


 大手生産ギルドが提携して行う街を挙げたバザーが開催されていると聞き、俺はクーアを胸元に入れて見に来ていた。

 その道中、こちらに気づいたユイが手を振ってくる。


「……ゆい、まうまうー」


 クーアが右手を目いっぱい伸ばして声をかけると、


「クーアちゃんだー。まうまうっ」


 ユイは持ち前のコミュニケーション力で平然と返していた。


「……まうまう」


 露店を出しているプレイヤーやNPCに対して、挨拶のように声をかけていく。……驚いたことに、返さなかった者はいなかった。


「……あのようなモンスターは見たことがないな」


 俺は俺達と同じようにバザーへ来ている集団の中で、一頭の馬のような生物を連れていた。大きさは仔馬程度だが、漆黒の体躯と黄色の紋様が上位モンスターの風格を示しているように思える。


「あれは戦闘の精霊ね」


 普段と同じように魔女風の衣服に身を包んだウィネが答えてくれる。……あれがテーアと同じ戦闘の精霊だというのか。明らかに人ではないのだが。


「運営の計らいで、様々な姿をした妖精がいるの。生産の妖精は確か生産をやってみせる都合上人型だったとは思うけど、戦闘の妖精は実際に戦って見せてもいいしテーアのように補助するだけの子もいるみたいね」


 戦闘に行かないつもりだからか鎧を着ていないセーター姿のティアーノが補足した。確かにテーアは戦えない。戦闘時一緒にいれば補助を行ってくれるが、流石にテーアのクーアより小さな手足で戦えというのも無理な話だ。


「今はまだ例が少ないから確かなことは言えないんですけど、二番目の妖精は一番目の妖精と親和性の高い姿になる傾向があるみたいですよ」


 レヴィも補足してくれる。それはクーアとテーアを見れば一目瞭然だ。二人は姉妹と言って差し支えない姿をしている。


「……後は二番目の妖精は少し成長速度が遅くて、上手くコツを伝達できないとかも噂にある」


 テーアを抱くクノが言った。もしかしたらテーアの言葉がよりたどたどしいのはその影響かもしれない。


「……そうか」


 俺は言って、他のプレイヤー達へ意識して視線を向けてみる。

 よくよく見れば妖精と契約しているプレイヤー、団体はちらほらと見えた。俺の知っている妖精――掌サイズの大きさで半透明な羽の生えた人――のような姿をしている者もいる。動物のようであったり人のようであったりと様々な姿形をしているのだとわかった。工房に籠もり切りならわからなかったことだ。たまにはこうして外へ出てみるのも悪くない。


 ギルドイベントを目前に控えた今日だからか、行き交う人の数が多かった。

 大手生産ギルドが参加するのであれば驚きの発明があってギルドイベントに役立つ可能性もある。若しくは役立ちそうではあるが欲しいほどの効果でない場合、交渉を行って開発を進められるかなどの話を行う。

 生産ギルドが公に晒せる範囲での技術を品物として提示し、戦闘ギルドへ売り込むのも一つの目的であるようだ。


 バザーの中にはソロや小規模グループのプレイヤーが大手ギルドへの加入を目指し、自分を売り込むための場として行うのもあるらしい。たまに掘り出し物が見つかるため、まめなプレイヤーは見に行くのだとか。


「お兄ちゃんはなにか欲しいモノがあるの?」

「……装備だな」


 ユイが隣に並んで聞いてきたので、簡潔に答えた。


「銃はなかったよ?」

「……もう見てきたのか」

「ううん。お兄ちゃんなら欲しいと思って」

「……悪いな」


 気を利かせて俺が欲しいような銃がないかを探してくれていたようだ。よくできた妹である。


「……ユイはなにか欲しい物あるか?」

「ううん。今日は久し振りにお兄ちゃんと一緒に買い物に来たかっただけだよー」


 良さそうなアイテムがあれば買うけどね、とユイは笑う。

 そういえば最近はゲームばかりやっているから現実でユイと出かける機会が少なくなったように思う。ユイも俺の性格をわかっていて、俺に用事がなければ誘ってはこなかったのだが。


「……今度どこかに行くか?」

「お兄ちゃんから誘ってくれるなんて珍しいね。メンテナンスの日にどっか行こ」

「……わかった」


 現実で会うのは食事の時間くらいなので、こうして現実の予定を仮想で立てることも珍しくなくなってきた。


「ユイちゃんとリョウさん、一緒に出かけるんですね」

「うん、そうだよ。デートだね、お兄ちゃん」

「……そうか?」


 デートかどうかはよくわからないが、兄妹の時間は大切にしなければ。というよりもなにがしろにしているとユイから手酷いしっぺ返しを受けるような気がする。というか今までの経験から受けると断言できた。


 そうして俺達はバザーを堪能していた。

 時々あれが欲しいこれが欲しいと言ってきた仲間達に応えつつ、数こそ少なかったが子供用玩具を作成している物好きなプレイヤーがいたので、クーアとテーアが気に入ったモノを購入した。

 戦闘に役立つアイテムはなかなかお目にかかれなかったり売り切れてしまっていたりと成果という成果は上げられなかったが、様々な生産の工夫を見ることができたので有意義だったと言えるだろう。流石は生産専門のギルド。俺達兼任のギルドよりも技術が進んでいた。目で見て盗めるモノは盗んで帰ったので、これからの生産に取り込めるだろう。


 バザーを見終わってからギルドホームに戻ってのんびりしていると、リビングにあるテレビからこんな声が聞こえてきた。


「まうまう体操、はっじまるよーっ」


 テレビの前にはクーアがいて、カタラもそれに付き合っている。……うん? まうまう体操とは、クーアが勝手にやっている変な踊りのような体操ではなかったか?

 俺は不思議に思いつつ始まった体操を眺めた。なんとクーアが普段踊っていたモノと全く同じ動きだ。……この時間にやっていた番組(?)は別の子供向け番組だったような気がするのだが。体操もテレビの内容も、俺の記憶違いだろうか。

 クーアに付き合ってカタラも一緒に体操をしているが、特に違和感は抱いていないようだった。もしかしたらクーアのやっていた体操もどこからか覚えた体操で、それがこの時間に移動したのかもしれない。


 しかし。


 ……また同じ体操をやっているな。

 違和がいつになっても拭えなかった。

 テレビを注意深く見ていると、番組が少しの間変わってからまたリピートのような体操が始まったのだ。これは絶対におかしいと思う。


「……セルフィ。あの体操番組は以前からあったのか?」


 俺はソファで寛いでいた向かいに座るセルフィへと聞いてみた。


「? はい、あったんじゃないですか? あんまりよく覚えてないですけど」


 それも当然か。だが急にあの体操が増え始めたというのに違和感は覚えていないようだ。質問を変えてみよう。


「……あの体操をやっている番組が多くないか?」

「そうですか? 確かにそうかもしれませんね。他に放送する番組がないんですよきっと」


 しかしセルフィは違和感がないらしい。……これはおかしい。絶対におかしい。と思ってギルドメンバーに尋ねて回ったが誰もおかしいと感じていない。なぜだ。まさか俺がおかしいのだろうか。

 気づいた時には体操を踊る人数が増えていた。一糸乱れぬその動作にはそこはかとなく狂気を感じる。


「……わからない」


 呟く。もしかしたらギルド内だけなのではと思い、ジャン辺りへ連絡してみたが、


『ああ、知ってるぜ。今テレビでやってるヤツだよな。うちでも流行ってるんだよ』


 平然と答えられてしまった。どうなっているのだ。わからない。理解不能だ。

 頭の中がぐるぐると回っているように感じる。もしかして俺もあの体操を踊ってしまえば楽になるのだろうかと思ってしまう。しかしあのよくわからない体操を踊る度胸がない。なぜジャン達はあの体操を平気で見ていられるのだろう。

 俺が心底困惑していると、足元で服を掴まれる感触があった。そちらを見るとテーアがじっとこちらを見上げている。その感情の読み取れない目を見ていると心が落ち着いてきた。礼というわけではないが、テーアを抱き上げてやる。


「……とーたん」


 テーアが俺を呼んでぎゅっと抱き着いてきた。わかりにくいが、どうやら寂しいようだ。なにを寂しがっているのかはわからない。というよりクノと一緒にいたような気が――まうまう体操を踊っていた。


「……テーアは混ざらないのか?」


 聞いてみると、こくんと頷いた。理由はわからないが混ざる気はないようだ。しかし寂しそうなので、混ざりたいという気持ちはあるのだろう。


「……なら一緒にいるか」


 テーアの頭を撫でてやり、その日は久し振りにテーアと二人で過ごした。


 しかしその時には既に異変が始まっていた。


「……いつになったらやめるのだろうか」


 テレビの前で踊り続けるギルドメンバー達を眺めて、ログアウトしなくても良いのだろうかと思い始めた頃だった。


「……そろそろ休憩したらどうだ」


 そう声をかけるが、反応がない。仕方なくリモコンでテレビを消そうと手に取り電源ボタンを押すが、反応がない。踊るクノの肩を叩くが、反応がない。

 ……どうなっている。

 俺は混乱してくる頭を、落ち着いた様子のテーアを眺めて落ち着かせる。そしてテーアが一点、クーアを見つめていることに気づいて踊る仲間達を避けてテレビの前で踊るクーアへと近づく。


「……クーア。そろそろ終わりに」

「……じゃありょうもまうまうして」


 クーアは反応があった。体操を中断してこちらを見つめてくる。


「……それは」

「……して。まうまうして!」


 俺が逡巡していると、クーアは珍しく声を荒げて言った。普段と違う様子に戸惑っていると、


『エラーが発生しました。ゲームシステムに異常発生。ただちに強制ログアウトさせます』


 そんな無機質な音声が聞こえたかと思うと、俺の視界いっぱいに警告メッセージが表示されていく。


『大半のプレイヤーを強制ログアウト完了。強制ログアウトをキャンセルし、強制転移を開始します』


 しかしなぜかキャンセルされたようだ。クーアに手を伸ばすが、彼女の身体から溢れ出した黒によって阻まれる。そして俺は強制転移したらしく、目に見える景色が一変した。

 街で最も高い時計塔の頂上にいるようだ。高いところから街全体を見回すことができたのだが、所々で煙が上がっている。街中では基本戦闘禁止で、建物に攻撃することもできないはずなのだが。

 よくよく見てみると顔から生気が抜けて青白い死人のような人達が街を徘徊していた。


 ……なんのゾンビ映画の世界になったのだ、ここは。


 秩序が崩壊しゾンビの蔓延る状態を、ユイが好んで観るグロテスクなゾンビ映画で何度か見たことがある。

 しかしここはファンタジー世界だ。ゾンビ映画とは無縁の世界。コラボするというような話も聞いていないのだが。


「……とーたん」


 胸元から声がした。テーアがぎゅっと俺の服を握って掴まっていたようだ。……テーアが無事なのは幸運と見るべきか。


『これは我々としても想定外の事態ということだ』


 周囲には誰もいないというのに、耳元に通信機があるような感覚で声が聞こえる。そしてその声を俺は知っていた。


「……木谷社長」


 以前俺がフィギュア作りの許可を貰うために電話した時に対応してもらった、木谷社長その人の声だ。


『今はネルゲルと呼びたまえ』


 なぜか名前を呼んではいけないらしい。しかし今は名前のことよりもこの状況について聞くべきだ。


「……なにがどうなっているのですか」

『簡単なことだ。バグが発生した』

「……バグですか」


 想定外の事態だと言っていたが、予期していなかったバグにより今の事態が引き起こされたということだ。その影響で強制ログアウトさせたというところだろうが、なぜ俺はこの崩壊したバグ世界の中に残っているのだろうか。バグを処理するのであれば俺を残しておく理由はない。


『そうだ。そしてそのバグを直すために大半のプレイヤーを強制ログアウトさせた』

「……なぜ俺を残したのでしょう」

『それは君がこの事態を終息させるのに必要だと考えたからだ。無論バグの元凶を取り除いて事態を終息させることは可能だが、君にとってそれがいいことだとは限らない』


 意味深な発言だ。どういう意味かはこれから説明してくれるだろう。


『さて、ではこれから今の詳しい状況について説明しよう。……鈴屋(すずや)君、投影ウインドウの表示をお願い』


 威厳ある声の後に少し小さくなった声で他の者へ指示を出していた。おそらくマイクかなにかを使ってこちらに声を送っているのだろう。

 やがて俺の眼前にステータスウインドウのような半透明な画面が投影された。映し出されたのはこの街のマップだ。マップには赤い点が無数にあり、現在進行形で動いている。右上に「ゾンビ化99.9%」と記載されており、その下に「正常0.1%」とある。これはつまり俺以外全ての人――プレイヤーやNPCを含む――がゾンビと化していることを示しているようだ。

 そして街の中央には、赤い点が重なり合うほど大量にあって、大きな赤い点が示されていた。


「……赤い点がゾンビ化した人達、そして残っているのは俺一人というわけか」

『いや君を含めて二名――あっ。……そう、君一人というわけだ』


 一人無事だったプレイヤーがゾンビ化してしまったようだ。リアルタイムである。


『んんっ。ではこれより作戦説明を行う』


 作戦とは一体なんのだろう。そして俺が参加することは確定事項なのだろうか。


『君が今見ているマップの通り、この街は滅びかけている。というかこの街以外にも被害が広まっている。正直これら全てをメンテナンスしなければならないというのは我々開発にとって由々しき事態だ』


 後ろから『社長はなにもやってないじゃないですかー』という不満そうな声が聞こえた。気さくな職場のようだ。


『ということでこの街以外を切り離し、動ける場所を限定した状態でマップに示された赤い大きな点――即ち元凶への対処を君にやってもらいたい』

「……俺を強制ログアウトしてアバターだけ使うというのは」

『可能だがそれでは意味がない。君自身が行かなければ対処は不可能と判断できる』

「……今回の原因が、クーアにあるからか」


 俺は薄々感じていたことを口にした。


『そうだ。原因を調査したところ、クーア君が今回の元凶と特定できた。“まうまう"という合言葉を起点に周囲へとバグ――この場ではまうまうウイルスと呼称するが、まうまうウイルスを地道にしかし着実に感染させていった』


 そういえば急に言い出したような気がする。特になにかの影響を受けたわけではないと思うのだが。


『“まうまう”と口にした者。そして今日テレビを通じてUCOの世界へと発信させた“まうまう体操”を行うことによって感染が進み、まうまうゾンビへと変化してしまうのだ』


 恐ろしいウイルスだった。名前から想像できる脅威のなさとは別に。


『ゾンビは皆「まうまうー」と呻きながら徘徊している。触れた者をゾンビ化させるらしく、瞬時に感染が広まっていった。恐るべき感染力はNPCにも及び、モンスターにも及んでいる。喋ることのできないモンスターにすら喋らせて感染していくとかどんだけだよ』


 尊大な口調が崩れかけていた。それだけの異常事態ということだろう。


『……んっ。ちなみにこのまうまうゾンビ達にはゾンビ映画の如く銃が効くわけではない。特殊なスキルのみが相手を倒すことができるのだ』

「……特殊なスキルですか」

『そう。それこそが『王子の口付け(プリンス・キッス)』だ!』


 なぜそのスキルなのだ。

 確かに俺もそのスキルを保持している。投げキッスやらウインクやらで相手を魅了という状態異常にさせることが可能なスキルだ。しかし余程スキルレベルが高くならないと異性以外に効果を持たずモンスターとの戦闘で役に立たないという弱点がある。だが同性に効果があってもあまり嬉しくない。


「……あったな、そんなスキル」


 思い返して少し遠い目をしてしまう。


『そう、君はそのスキルを保持している。そしてUCOプレイヤーの中で最もスキルレベルが高いのも君だ』


 スキルレベルを上げていた忌まわしい記憶が呼び起こされるから言わないで欲しかった。


『そして今回過酷なメンテナンス――もとい元凶への対処を押しつけ――頼む詫びとして、一つ先の職業へと進化させてやろう』


 言うが否や、幾何学模様が身体スキャンのように頭上から降りてきて強制的に変化させられる。

 黒い袖なしコートは白一色に変わり、シャツもズボンも白へと変わった。しかし白いシャツの胸元には大きく「I ハート Everyone」と書かれている。ハートは記号でピンク色をしていた。加えて頭にヘルメットのようなモノを被り目元をハートマークの半透明なグラスで覆っている。腰に提げた銃がピンク色の奇妙なデザインをしたモノに変わった。俺の服装全てが変換されており、胸元にいるテーアも白い服に白いヘルメット、そしてピンクハートのグラス姿になっている。


『これぞ《銃士(ガンナー)》の進化していった姿! その名も《愛の銃戦士(アモーレ・ガンナー)》近未来フォームだっ!』


 まるでカッコいいみたいに紹介されてしまった。


「……ダサイな」

『ぶごへぁ!?』


 正直な感想を述べると社長に精神的なダメージを与えてしまったようだが、少なくとも俺のセンスには合わない。戦隊ヒーローモノでもなければこのような衣装は着ないだろう。高校生にもなってこのデザインをカッコいいと思うのだろうか。甚だ疑問だ。


『な、なぜだ……洗練されたデザインに正義と愛を視界に訴えてくる色合い……全てが調和して凄まじくカッコいいはずでは……』


 社長の愕然とした声が聞こえて俺の感覚がおかしいのかと思っていると、遠くから『ほらだから言ったじゃないですかー』と茶々を入れる声があった。どうやら俺のセンスは間違っていないらしい。


『……くっ。し、しかし今回協力するならその格好でないとダメだからな! ダメだからな!』


 悔しそうにしていたが、自棄気味にそう叫んでいた。社長の威厳はどこへやった。


「……それで、見たところカートリッジがないのだが、どうやって使う銃だ?」


 もう敬語を使わなくてもいい気がしてきたので、ダメ口で話す。社長に親しみを覚えてしまったようだ。

 俺は腰からピンク色の銃を抜いて手に取った。だが俺の知っている銃とは違って弾丸を入れる箇所が見当たらない。


『ふっふっふ。それはだな――』


 得意気に話そうとする社長を他所に銃を前方に向けてトリガーを引いた。ぴゅんとピンク色をした丸い弾丸が飛んでいった。実弾というよりはエネルギーの弾丸に見える。その時テーアがぺち、と俺の顔左側面を軽く叩いた。なにをしているのかと思ったが、どうやらスイッチを押してくれたようだ。半透明なグラス上に文字などが浮かび上がった。その状態で銃を見ると、残弾数が「9/10」と表示された。銃の操作方法なども映してくれる。もう一度前方へ銃を向けると、視界に菱形の照準のようなモノが表示された。時計塔の下にいるゾンビへと向けると照準がロックオンとなり形を少し変えたので自動照準のようだ。


「……大体わかった。ありがとう、テーア」

『…………』


 俺がスイッチを押してくれたテーアに礼を言うと、不満そうな沈黙があった。


「……もう説明は不要だ」

『そうかなら勝手にするがいい!』


 あからさまに怒っている。余程説明したかったのだろうが、今は緊急事態だ。語りたがりの説明ほど無駄な説明はないと思っている。


「……わかった。では勝手にさせてもらう」

『えっ?』


 俺が言うと驚いたような声が聞こえたが、一刻を争う事態のため無視をする。首の後ろの下を手で探ってフードがあることを確認し、しがみついているテーアをフードへと入れた。フードはテーアが入るとしゅるりと口を閉めてくれる。


「……テーア。しっかり掴まっていろ。『周辺索敵』は切らさないようにな」

「……とーたん」


 テーアに言うとぎゅっと小さな手が服を掴んだのがわかった。


『えっ? ホントにやるの? だって今日ここで初めて使うスキルと職業なんだよ? もっとちゃんと理解した方が……』


 驚いて素に戻っている社長の言葉は無視して、俺はテーアと共に時計塔から飛び降りた。


『おいいぃぃぃぃ!! 人の話を聞くんだリョウ君!』


 社長の声は右から左へと流しつつ、地上にいるゾンビの位置を把握した。真下周辺に二体。近辺では右に五体、左に三体か。


「……テーア。弱点を赤く」


 指示を出すとゾンビの身体全体が赤く染まった。『王子の口付け(プリンス・キッス)』があればどこへ攻撃しても同じなのか。しかし衣服に当てても効果はないようだ。直接敵の身体を狙う必要はある。

 テーアはこうして一緒にいると補助をしてくれる。コツを教わるタイプよりはスキルとして獲得できるのが遅くなってしまうという欠点はあるのだが。


 俺は右手に持った銃を構えて真下の二体へ弾丸を放ち仕留めると、地面へ向かって一発撃ち込んだ。弾は地面に当たると跳ね返りこちらへ戻ってくる。ほぼ垂直に跳ね返ってきた弾は俺の右足の爪先に当たった。その衝撃で俺の身体は後方へくるりと回転していく。落下の勢いが若干殺されたので、丁度足が下に来るタイミングで『不可視の壁インビジブル・ウォール』を発動して着地した。見えなくても壁は壁なのでだんと音が鳴り周辺のゾンビ達がこちらへ「まうまうー」と寄ってくる。


 右手の銃で片側から来るゾンビ五体を倒して『不可視の壁インビジブル・ウォール』を消し地面へと降り立った。この銃――ラブ・ガンという代物は、残弾がなくなると自動でリチャージされる。リチャージ時間は10秒。つまりその間もう片方の道から迫るゾンビ三体を相手にしなければならない。

 ゾンビ達は両手を前に着き出して「まうまうー」と可愛くもない虚ろな声で呻きながら駆け寄ってきた。とはいえ対処は簡単だ。まだ左腰に抜いていない銃がある。それを抜いてトリガーをそれぞれに目がけて引けばそれで終わりだ。


 動きはあまり早くないので対処は簡単そうだが、油断は禁物だ。こちらは触れることもできないのだから。


 しかも今のはほとんどがNPCのゾンビだった。もしプレイヤーのゾンビだったなら装備も充実しているだろう。フルプレートメイルを装備していた場合は銃弾では対処しにくい可能性がある。普段なら強いプレイヤーはいないのだろうが、今日はバザーを催したこともあってこの街にいるプレイヤー数も多くなっているかもしれない。


 テーアの『周辺索敵』のおかげで敵の位置や動きが把握できる。どこにいるのか、どのような速度で移動しているかなどがわかるのだ。是非ともギルドイベントまでに何人かに習得させておきたいスキルである。広大なフィールドで戦う場合もそうだが、特に見晴らしの悪い場所での戦いを有利に運ぶことができる。


 左腰の銃を抜き放って三体に対し一発ずつ弾丸を放ち倒した。そのまま適当な箇所に残りの七発を撃ってリロードを開始させる。


「……跳弾は10回が最大か」


 『射線表示』でも使っているゴム弾とは違って赤いラインが途切れていた。普段の感覚で跳弾させることはできないと頭の片隅に置いておく必要がありそうだ。


「……テーア。クーアへの最短ルートを表示」


 背のテーアに指示をすると、自分の足元から地面に赤いラインが表示された。目的地を設定することでそこに行くまでの道のりを表示する『我が通る道(イエス・マイロード)』というスキルだ。自分の行ったことがある場所か会ったことのある人でなければ表示させることはできない。迷路のダンジョンでボスを何回も倒して周回したいという場合には二回目から最短ルートで行ける、という使い方をしているプレイヤーもいる。


「……チャージは完了した。行くぞ、テーア」


 リロードが終わってからそちらへと駆け出した。正直屋根を飛び越えて走ってもいいのだが、不測の事態でクーアへとゾンビが集まることがあった場合、できる限り遭遇して倒しておいた方がいいと思ったのだ。

 『疾駆』を使用して駆けていると、見覚えのあるゾンビがいた。


「まうまうー」


 ジャンだった。しかしゾンビ化された上で強制ログアウトしているようなので、残念ながら意識はなさそうだ。しかしジャンと言えば防御の要を担うプレイヤーだ。首から下には肌を露出している部分がないため弾丸の当たる範囲が少ない。

 だが相手は意識のないゾンビだ。装備が整っていても当てるだけなら簡単かと思って銃口を向けると、ジャンゾンビは盾を掲げて頭を隠した。どうやら俺と戦う気があるらしい。


 であれば、と銃口を近くの壁に向けて盾をかわしジャンに当たるように『射線表示』を確認しながら撃ってみた。跳ね返って当たるまでの間で弾丸の来る方向を読んだのか、盾をズラして受けられてしまう。回避行動など一切行わなかったNPCゾンビ達とは違うようだ。

 一定の知能はあるのか、俺がどう攻めるか悩んで攻撃を止めても無策で飛び込んでくるようなことがなかった。スキルが使用できるかどうかでも変わってくるだろうが、基本的に俺がジャンのような防御重視のプレイヤーと戦う時の対処方法は決まっている。


 要は、相手が対処できないだけの手数で攻める。それだけだ。


 両手の銃がチャージ完了した。片手に一挺ずつ持ったいつも通りのスタイルとなったので、戦闘の幅が広がるはずだ。


「……テーア。離すな」


 一言忠告してから一気に駆け出した。走りながら正面に向けて右手の銃を発砲。盾を掲げて受けている間に『跳躍』で跳び、『空中跳躍』で左右を順に蹴って上空へ向かい最後に前へ跳びながら回転する。ジャンゾンビの頭上で頭が下になるような格好だ。そのままの体勢で三発、『早撃ち』する。一発は真上から真っ直ぐ頭を狙って。一発は左の壁に『跳弾』させてこめかみに当たるように。一発は右の壁と地面を跳ねて側頭部を直撃するように、それぞれ狙い撃った。虚ろな目で俺を追っていたジャンは半歩後ろに下がって三発の弾丸を回避する。そこへ後ろから隙を見て鎧へと一発の弾丸を撃ち込むが、大したダメージがないのか身を捻って着地した俺をゆっくりと振り返った。……やはり直接当てないと一撃で仕留めることはできないか。

 テーアに弱点を赤くしてもらって見ても、ジャンの場合は防具に覆われていない頭だけだった。


 『ツインバースト』などで火力を高めたとしても、ジャンの防御力を貫通するには至らないだろう。弱点に当てて倒すといいとは思うのだが。


 ある程度銃弾の飛ぶルートを算出してから、右手に一発残るように左右の壁を使って弾を乱射する。両腕を少し前へ広げるようにして『跳弾』させ、そこからより真横へ近づけるように腕を広げていき、当たる箇所を変えさせながら撃った。防御するにしても全てが当たらない位置に移動するにしても、時間が稼げればそれでいい。

 俺はトドメに使うための銃弾を右後方へと放った。相手は防御を選択したらしく、盾を構えて防御姿勢を取る。変な跳ね方をしても到底頭には当たらなさそうな完全防御態勢だ。だが一旦視線が外れたので問題ない。その内にも最後の一発が突き進んでいる。俺が乱射した弾はジャンの防具によって全て弾かれてしまう。残弾も残り零だが、問題ないだろう。詰めの一手を行うためにスキルをいつでも使えるよう準備をしておく。


 そして防御を解いたジャンの後頭部へ向かって、先程放った銃弾が迫っていた。十回しか『跳弾』できない弾なので普段と勝手は違ったが、十回跳ね返るまでに当てられそうだ。


 しかし、ジャンは後ろから跳んでくるのがわかっていたかのように身体を左に傾けた。


 瞬間準備していたスキルを発動させ、目の前に『不可視の壁インヴィジブル・ウォール』を展開する。結果後ろからの銃弾は避けられたが、角度を調整していた視えない壁に『跳弾』しようやくジャンの顔面を捉えた。

 直撃があって遂にゾンビは倒れた。装備品だけでこれほど手強くなるとは思わなかった。スキルを使用してこなかったというのもあるが、プレイヤーゾンビの集団には遭遇したくない。


 ――と思ったのが間違いだったのだろうか。


 テーアの『周辺索敵』に引っかかり、急速にこちらへと接近してくる敵性反応があった。視認はできないが位置や移動速度は把握できている。

 その内の一つが最も早い。右にある家屋の裏からこちらに迫ってきていた。正規の通路を行くのではなく、どうやってか家屋の壁を登っているようだ。屋根の瓦を靴底で叩く音がようやく俺の耳に届いた。ゾンビにしてはかなりの身のこなしだ。確実にプレイヤーゾンビだろう。


 まだ見ぬ敵は屋根からこちらへと跳びかかるつもりのようだ。迎え討てばいいかと来てから銃を構え、敵を捉えたのだが、


「……っ」


 俺は予想外の姿に僅か目を見開いた。屋根から跳びかかってきていたのは《ラグナスフィア》のメンバーであるリアナだったのだ。だが同時に納得もした。彼女なら身体能力の高さを活かして家屋を素早く登ることも可能だろう。ただゾンビにそれができるとは意外だったが。

 しかもリアナのゾンビは空中で脚にエフェクトを纏わせた。スキルの発動だ。だが俺が創ったスキルで『見切』によって表示された六つの赤いラインも合わせてどんな攻撃をしてくるかが読める。


 複数発の蹴りを同時に打ち込み、その蹴り一つ一つに青白い魚が追随する――『幻獣格闘クリプティッド・ファイティング』が一つ【レモラ・シュート】だ。


 俺は直撃すれば低いHPが一瞬で持っていかれるだろうその攻撃を見て、まず両手の銃を軽く後ろへ放る。


『お、おいっ!』


 また社長の慌てたような声はしたが無視だ。失敗しないためにも『集中』する必要がある。


 俺は腕を八本に増やして上の六本を六発の蹴りに合わせて突き出す。そして【レモラ・シュート】全てを《相殺(ヌトライズ)》した。

 軌道が読めていて発動タイミングがわかっていれば簡単なことだ。とはいえリアナの方が攻撃力が上なので俺のHPが削れた。《相殺(ヌトライズ)》の影響で二人共弾かれるが、体勢を大きく崩したのは空中にいたリアナの方だ。俺は弾かれながらも放っていた銃を一番下の攻撃していなかった両手でそれぞれ掴み取ると『早撃ち』で落下してきたリアナを撃った。


 これで一人、と思っていると二人目が到着したらしい。俺の視界に『射線表示』で無数の赤いラインが映った。リアナと一緒に行動しそうなプレイヤーでこんなことができるのは一人しかいない。

 俺は息をつく暇もなく『跳躍』と『空中跳躍』で素早く上空へ移動した。際どいタイミングだったが足に数発が掠るだけで済む。『不可視の壁インヴィジブル・ウォール』で足場を作り見下ろすと、予想通り機関銃を乱射するレヴィの姿があった。しかも乱射し続けながら上に銃口を持ってきている。先程リアナが登っていた屋根へと回避した。姿勢を低くしながら左手の銃を彼女に向けると、虚ろな目でこちらを見ていたレヴィと目が合う。構わず引き鉄を引くと抵抗もなく当たってくれた。


 ……レヴィが抵抗もせず倒される?


 俺はあっさりとした結果に嫌な予感を覚え、次の瞬間には水の中にいた。

 正しくは街中に突如として現れた水で出来た巨大な正方形に呑まれた、と言ったところだろうか。このような大規模な仕かけを行使できるのはセルフィに渡した『海神魔法』くらいだ。全く、このようなことに使うために渡したわけではないのだが。


 とはいえかなり良くない状況だ。俺は蟲人族なので水中だと動きが遅くなる。だが人魚であるセルフィは逆に動きが速くなるのだ。油断なく周囲を眺めると、セルフィが同じ正方形の中で漂っていた。少し離れた位置だが、セルフィは人魚特有の高い遊泳速度で一気に距離を詰めてくる。手に持った吻で直接攻撃してくるようだ。

 俺はなんとか銃で受ける。セルフィは防がれることを意に介さないようで、一撃を加えたら素早く移動して別方向から攻撃を仕かけてきた。機動力の高さを活かすならいい戦法だ。


 俺は確実に防御することを重視して時間を稼ぐ。……この魔法は水中を創り出す以外に効果がない代わりに、効果時間が長かったはずだ。このまま切れるのを待っていては俺のHPが先になくなるか。

 HPの減り具合からそう判断し、突っ込んでくるセルフィへと銃弾を放つ。避けられはしたが回り込む必要が出て僅かに余裕が出来た。その間に俺は、この状況を打開する一手を打つ。


「……【ラブ・ハリケーン】」


 『王子の口付け(プリンス・キッス)』を鍛えていった先に習得することのできるこの技は、ピンク色の竜巻を発生させながら自分が回転し、徐々に上昇していく。正直なところ目が回るだけで役に立たないと思っていたのだが、ここで活用することになるとはな。

 そうして俺はフィギュアスケーターも真っ青な速度で回転し、竜巻で水を巻き上げながら上昇していった。竜巻の影響で激しい水流が起こりセルフィも泳ぎが上手くいっていないようだ。中断しない限り上昇し続けるという普段なら全く必要のない仕様が役に立つ。俺は無事正方形の範囲外へ出て、【ラブ・ハリケーン】を中断した。しかしその瞬間水中を乱していた水流も収まったので、吻を構えたセルフィが水中から飛び出してくる。俺もこの状況ならそうするだろう。『見切』をするまでもなく読めていたので、突き出された吻をかわしセルフィに銃口を突きつけた。引き鉄を引いて、それで終わりだ。


 使用者が倒れたことで水中も解除され、俺は落下するに任せて真下の屋根に着地する。

 『ほら、心配するだけ無駄でしょう?』という得意気な声がどこからか聞こえてきた。


「……テーア、無事か?」

「……とーたん」


 念のため聞くと俺を呼ぶ声と首筋に小さな手が触れる感触があった。クーアがイベント中でも大丈夫だったので問題ないとは思っていたが、一応の確認だ。


「……このまま屋根伝いに中央へ向かうか」


 一々ゾンビを相手にしていたらキリがない。プレイヤーゾンビとこれ以上戦うことになったら手に負えない可能性もある。できるだけ早くクーアの下へ辿り着いた方がいいだろう。


『……だから待てと言ったろうに。地上にはゾンビがたくさんいるからできるだけ避けるようにと言うつもりだったのだ』


 社長の呆れた声が聞こえた。


『あと《ラグナスフィア》のメンバーと君の妹はスキルも使ってくる。おそらく君、いや生産の妖精・クーアが近しい者にある程度の権限を与えるのだろう。自らの手下として三人前後の少数部隊で各地点に配置しているようなのだ』


 そういえばスキルを行使してきたな。それもクーアが原因なのか。というより生産の妖精なのになぜ戦術のようなことを持っているのだろうか。テーアには負けられないという姉の矜持なのだろうか。情のないことを言うようだが戦闘補助という点では勝てないと思う。システムの問題で。


『君が戦いたくないであろうユイ君の配置とは逆側だから安心してくれ』


 それは有り難い気遣いだ。いくら本人でないとはいえユイと戦って退けるには相応の労力が必要だ。ギルドイベント前にそこまでの苦労はしたくない。本番では持てる力の全てで対抗するだろうが。


「……わかった。ではできる限り戦闘が避けられるルートを教えてくれ。手短に済ませる」

『ようやくわかってくれたか。では案内しよう』


 俺が言うと社長の安心したような声が応じてくれた。これでスムーズに進めるはずだ。しかしそこで『ん?』というなにかを疑問に思ったような声が聞こえたが、とりあえず歩を進めていく。


『いつから敬語を使われなくなったのだ?』


 社長の疑問には答えず進むことにした。


 ◇◆◇◆◇◆


 街の中央まで来てみれば、そこが原因だと一目でわかった。


 中央の広場に元々あった噴水が消え、そこには赤い魔方陣のようなモノが張り巡らされており、籠または檻のように折り重なっていた。赤い紋様が邪魔でよく見えないが、中心にはクーアが丸くなって眠っているらしい。


『ここから先は私達ではサポートできん。ただ覚えておいてくれ、君が失敗すればあのAIは初期化される』

「……ああ。猶予をくれて助かった」


 社長の言葉に応えて、二挺の銃を仕舞う。特別に換装されていた《愛の銃戦士(アモーレ・ガンナー)》の装いも解除された。


「……テーア、行くぞ。お前の姉を迎えにな」

「……ねーたん」


 フードに収まったテーアと共に、俺はまず魔方陣に触れてみる。しかし電気が流れたかのような痺れと痛みが来て弾かれてしまった。……これは近寄ってくるな、という意思表示なのか。


「……テーア。少し痛いかもしれないが、進むぞ」

「……ん」


 再度テーアに言って、もう一度魔方陣に触れる。弾こうとしてくるのを押し込むようにして強引に突き進んだ。魔方陣の中に入れた手が外へ押し出されるが、構わず無理矢理に足を動かす。

 痛みや痺れの範囲が広がって全身を襲ってくるが、テーアも我慢しているのだから俺が音を上げるわけにはいかない。魔方陣を一つ越える度に強くなっていく拒絶の意志を強引に突破していく。


「……クーア。悪いがお前の我が儘には付き合っていられない。いや、我が儘を言うのは構わないが、それは身内にだけだ。赤の他人、果てはこの世界まで巻き込んでの我が儘は看過できない」


 俺は呼びかけるように声を発するが、眠るクーアは全く反応しない。

 進めば進むほどに押し出そうとする力が強くなっていき、足を動かすことさえ難しくなってくる。いっそのこと足を止めてしまいたいが、それをしたら二度とクーアに届かない気がした。


「……いや、取り繕うのはやめだ」


 運営の人間が聞いていようが構っていられない。


「……このようなことを起こせばお前は俺達と出会う前に戻される。例えそれで元に戻るとしてもそこにいるクーアはお前ではない。元に戻った時に今のクーアがいないことを、俺が許すと思っているのか。許すわけがないだろう。俺は、今のメンバーでいることが楽しい。そこに今のクーアがいなくていいなど、俺が思うわけがないだろう」


 一言一言を伝えながら一歩一歩を力強く踏み出していく。そしてようやく、クーアに手が届く距離まで辿り着いた。


「……帰るぞ、クーア。俺の楽しいにはお前がいないといけないのだ」


 相も変わらず拒絶の嵐に包まれながら、クーアを抱き上げる。


「……りょう?」


 するとクーアが目を覚ました。


「……ああ。帰るぞ、クーア。俺達の家に。そうしたら皆に謝らないとな」

「……ん。りょう、ごめんなさい」


 クーアがきゅっと抱き着いてくる。その温もりが手元に残ったことを安堵し、彼女の目覚めによって拒絶の魔方陣が砕け散り世界が晴れていく。


 なんとかこれで、解決できたようだ。


 ◇◆◇◆◇◆


「珍しいですよね、UCOが緊急メンテだなんて」

「……ん。滅多にない」

「AIの調整にミスがあった、とかって発表があったわね」

「もう除去したから大丈夫らしいですけどね」


 《ラグナスフィア》のギルドホームでメンバーが話している声が聞こえた。

 俺も後に公式のお知らせを確認したのだが、どうやら今回の騒動に関する記憶が大半のプレイヤーにないことを理由に隠蔽するらしい。俺としてはその方が有り難いのでいいのだが。クーアが謝ることもできなくなってしまった。

 中にはゾンビで溢れ返ったゲーム内を見ている者もいるのでそれがバグなのだろうと広まっている。AIが原因という情報に偽りはないが、それがまさかクーアだとはメンバーも思っていないことだろう。


「……りょう、まうまうー」


 件の妖精が左手を掲げて挨拶してきた。……その挨拶はもうやめていいと思うのだが。

 俺がどう反応しようか迷っているとクーアが悲しそうな顔をしてしまう。


 そういえば、というか今回の騒動は俺が「まうまう」を返さないことが原因という話だったので、元はと言えばこういう些細なことが積もった結果だったわけか。そう考えると俺も少し反省しなければならない。だが堂々と返す勇気はない。


 仕方なく、俺はクーアの耳元に顔を寄せた。


「……まうまう」


 クーアにしか絶対に聞こえない程度の小声で、そう告げる。


「……っ」


 顔を引くとクーアが目を丸く見開いて驚いていた。やがて驚きが喜びに変わっていく。


「……かたら、かたらっ。りょうが、りょうがまうまうしたの。まうまうってしたの!」


 とてとてとカタラの方へ駆けていくとぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しそうに報告していた。それを聞いた皆も俺の方を見て驚いている。余程意外だったのだろう。


「へぇ? リョウさんがまうまうって言ったんですか?」


 にやにやとリアナが寄ってくる。少しうざく見えた。


「……りょう、りょうもういっかいっ」

「わ、私もリョウさんのまうまう聞きたいですっ」


 クーアとレヴィが期待するような眼差しを向けてくる。だが俺がその期待に応えると思ったら大間違いだ。


「……二度と言わない」


 俺はきっぱりと告げ居心地が悪くなったので工房へと籠もりに行く。微笑ましい空気に耐えることはできない。


 部屋を出る直前で視線を向けると、クーアがテーアにせがまれてまうまう体操を教えているところだった。テーアもあれから少し変わったような気がする。クーアのことが発端とはいえテーアの成長にも関わったのだろう。


 俺はメンバーの楽しげな様子を見て、欠けることなく済んで良かったのだと心から思うのだった。

活動報告でも書きましたが、UCOを大きく改変したいため一時休載扱いとさせていただきます。改変進捗はあらすじ欄や活動報告などで通知予定です。

楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、しばしお待ちいただければ幸いです。

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