もったいないくらい
少し遅れましたが、先週の週一更新です
「「「……」」」
俺が試合終わりに控室に戻ってくると、なぜか静まり返っていた。
「お兄ちゃんってば、ホント化け物みたいだよねー」
そのような空気の中、ユイだけがあっけらかんと言ってくる。
「……化け物とは酷いな」
表情には出なくても傷つくこともあるのだ。
そもそも、俺がああやって挑めば相手の心が追い詰められることくらいわかっている。
……なにせ、高校二年生になる今現在まで、同じような体験を繰り返してきたのだ。
純粋にスポーツを楽しんだ記憶はあまりない。楽しいのは最初だけ、というヤツだろうか。
その点ゲームであれば、レベル制が邪魔をする。ユイもその辺りをわかってUCOを俺に勧めたのかもしれない。……まぁ、優衣は昔から俺に対して対抗心を燃やすことが多いからな。俺に勝ちたいという想いもあるのかもしれないが。
「お兄ちゃんは充分化け物だって。HPが回復前に猛攻撃で削り切っちゃえ、とか普通の人はやらないからね?」
「……それが、一番効果的だと思ったからな」
化け物だと言われることも多いが、俺は精々こなすことだけはできる程度だ。化け物だと称されることも多い代わりに、風情がないと貶されることも多かった。要するに、ゲームでもいつも通りだということだ。
「お兄ちゃん、ちょっと変わったね」
不意にそう言われ、少し首を傾げて少し前の自分の発言を省みる。しかし、ユイに変わったと言われるようなことは言っていない、と思う。
「お兄ちゃん、前ならそういうの言わないでちゃちゃーっとやってしらーっとしてたから」
そう告げてくるユイは少し寂しそうではあったが、とても嬉しそうだった。……ふむ。そう言われるとそうだったような気がしてくるな。
「……どちらでも同じだろう」
言いながらもどこか居心地が悪くて不思議そうな顔をしているクーアを抱き上げた。
「……りょう、おかえり」
ふに、と頬を寄せてくる温もりが少し、心地いい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――という和やかな試合前から一転。
「…………」
俺は今、とても怒っている。
そうノートにでも書き殴りたくなるような気分だった。
例に漏れず不機嫌オーラを全開にしている。そのためクーアとテーアも近づいてこなかった。ユイすらも俺に話しかけてこない。
「……あいつと戦う相手が俺で良かった」
誰にも聞こえないように、ほとんど口の中だけで呟く。
『リョウさん。二回戦で戦うために、頑張ってきますから』
そう言って控室を出ていったリアナの想いを踏み躙った仕返しもある。
『高ぉ級ぅーっ、プレイヤー素材ゲットぉーっ!!』
対戦相手を素材としてしか見ていないトネスの高笑いが腹立たしいのも事実だ。
しかし、そのようなことはどうでもいい。
俺達に喧嘩を売ればどうなるかきちんと見せてやったつもりではあったが、どうやらまだ足りないらしい。リアナを傷つけられた恨みはあるが、それはきちんと彼女自身が返すべき恨みだ。なにより負けたままでは本人が納得しないだろう。
負けたことを糧とし、リベンジしてくれることと思う。
「カタラ、そろそろ二回戦開始よ」
「……わかった」
ティアーノが静寂を破り、カタラも戸惑いながら並んで控室を出ていく。室内には依然として気まずい空気が流れていたが、ライア、ジャン、ユイがなんとか話題を作ろうとしているのが聞こえた。
そうして入場口までの扉がゆっくりと閉まってから数秒して、ばたんと入り口側の扉が勢いよく開け放たれた。
「リアナちゃん……っ」
レヴィが驚きの声を上げる。俺も荒い息を吐いて突っ立っているリアナの姿を認めた。
「リョウさん、その、私っ」
リアナは俺の顔を見ると悔しげに顔を歪めている。再び悔しさと敗北感が襲っているのか、少し涙目になっていた。それでも懸命になにかを伝えようとしている。
「私、負けちゃいましたっ……あんなヤツに、リョウさんとの約束も守れず……っ」
堪え切れず溢れ出した涙が頬を伝って床に落ち、光の粒子となって散った。
俺は俯いて泣きじゃくるリアナに歩み寄る。
すっ、と左手を伸ばすとなぜかリアナが身体をびくっと震わせた。俺は気にせずそのまま手を頭の上にぽんと乗せる。
「リョウ、さん?」
「……約束はいい。元々俺が制限ありの大会で負けたことが理由だったからな。敗北は仕方がない。相手が一枚上手だったというだけだ。それに、負けたままのリアナでもないだろう?」
赤くなって目で俺を見上げてくるリアナに、できるだけ優しくを意識して声をかける。
泣いている女の子には優しくすること。
女の子を泣かせた相手を許してはいけないこと。
いつかユイに習ったことだ。
「……はい、次は絶対負けませんっ」
俺の言葉を受けて、リアナは泣き顔のまま精いっぱいの笑顔を作って答えてくれた。……これで今回の件は問題ないだろう。
しかしそれはそれとして、トネスに対して抱く俺の怒りはぶつけなければならない。
俺は先輩でありギルドマスターだ。仲間を傷つけた相手を許しておくわけにはいかない。
しかし繰り返すが、今回は俺の完全な私怨で試合に臨もう。
「お兄ちゃん♪ 今回はいじめすぎちゃダメとか言わないからね?」
「……ああ。言われてもやめる気などない」
「そっか。じゃあ皆でカタラちゃんとティアーノちゃんの試合観よっ」
俺の作った空気は、いつもこうしてユイが回してくれる。このできた妹がいなければ、今頃俺は素性知れずのフィギュア職人として生きていたかもしれない。それもそれでいい気もするが、俺がこうして人と関わっていられるのも優衣のおかげだ。
「……助かる」
「んーん。いつものことだもん」
俺の簡潔な礼に、ユイはいつも通りに応えてみせた。
……まったく、俺には勿体ないくらいいい妹である。




