リョウの本気
※本日三話目
途中から珍しくも三人称視点になります
いよいよ闘技場のトーナメント戦も大詰めになってきていた。八試合ある内の六試合が終わり、遂に俺の出番が回ってきた。相手は一度《ラグナスフィア》に加入希望を出してきたが、不採用となった《騎士》のガルドだ。
予選では俺のギルドを逆恨みし、ウィネを叩きのめしてくれたからな。その礼をしてやらなければならない。
「……お疲れ様」
バトルフィールドから戻ってきたユイの頭にぽんと手を乗せる。いつもと様子が違ったので、これくらいはしてやった方がいいだろう。
ユイは少し驚いていたが、手を払うこともなくじっとしていた。
「リョウさん、頑張ってくださいね」
「……ああ」
リアナが拳を突き出してくるのに応える形で、俺も拳を突き出してぶつける。リアナとは全力で戦う約束をしていた。残念ながら二回戦に進出すれば、ということになってしまったが約束には変わりない。
「……ウィネ」
「なに?」
「……いってくる」
俺は控室を出る直前で、ウィネに声をかける。彼女は驚いたように目を見開いていたが、ふっと柔らかく微笑んで、
「いってらっしゃい」
と返してくれた。
……さて、ウィネを痛めつけてくれた礼をしてやらなければならないな。
「お兄ちゃん」
俺が歩いて部屋を出ようと扉の取っ手に手をかけると、ユイが俺を呼び止めた。なにかと思って振り返る。
「あんまりいじめすぎないであげてね?」
その言葉に僅か目を見開きながら、俺はなにも言わずに扉を開けて控室を出た。
……残念だが、俺は敵に対して優しくできるほど心優しくはないのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「逃げずに来たな、リョウ!」
バトルフィールドに姿を現したリョウに対し、ガルドはにたりとした笑みを浮かべて言った。
「……ああ」
そう応えつつ、一挺の銃をホルスターから抜き去り左手に持つ。
『えーっと、リョウ選手始めてもいいですか?』
解説のプレイヤーが困惑気味に尋ねた。それもそのはず。リョウは普段、二挺の銃を持って戦う《銃士》である。一挺しか持っていない現状で始めていいのか戸惑うはずだ。
「……ああ」
しかし当人は気にした様子もなく頷いた。それでも解説は困惑していたが、本人がいいと言うので仕方なく試合開始の合図を出す。
「舐めて後悔すんなよ――っ!?」
挑発するガルドの前に、リョウが肉薄した。驚いて仰け反る彼の胸元に左手の黒い銃を突きつけて、『零距離射程』を放った。
衝撃で仰け反る身体を右から背後へ回る過程で、続け様に『早撃ち』と『零距離射程』のコンボを計四回叩き込み、最後の首のつけ根への一撃で前方によろめかせた。
「がっ!」
ガルドは呻くが、『零距離射程』を四回も受けておきながら、そのHPは一割も減っていない。狂神薬を使っている時でもなく、《騎士》ではあるため重装備に身を包んではいるが、攻撃寄りのリョウが『零距離射程』を使っていながらその程度のダメージで済むことはない。
となればこの現象の答えは一つ。
「て、てめえ、舐めてんのか!」
ガルドは圧倒されながら、額に青筋を浮かべて怒鳴る。
「その銃、初期装備だろ! ふざけやがって!」
その一言に闘技場がざわめいた。《銃士》の初期装備と言えば、不遇職と呼ばれるきっかけとなった攻撃力1のエアガンと攻撃力1のBB弾だ。計二の攻撃力が『零距離射程』で五倍になったとしても十の攻撃力しか持たない。そこにプレイヤー自身のステータスが加算されるとしても、ガルドの防御力が高いおかげで二桁程度のダメージしか与えられていない。
しかしこれでリョウがなぜ一挺しか銃を持っていないかがわかった。
エアガンは自動で弾が装填されないため、上部分をスライドさせてコッキングする必要がある。もし二挺持っていたら『早撃ち』が発動できないということになってしまうからだ。
「……そうだな。丁度いいハンデだろう?」
「ふ、ざけやがって!」
事実そう思っていそうな無表情で告げると、遂にガルドが痺れを切らした。狂神薬を取り出すと、それを一気飲みする。隙だらけにも関わらずリョウはじっとしていた。
「ぷはっ。これでてめえは終わりだぁ!」
嫌な笑みを浮かべるガルドに、変化が起こり始める。まずは両腕が一回り大きくなり、続いて脚という風に全身が大きくなっていく。鎧に覆われてはいるものの、その辺りは調節しているらしく一緒に大きくなった。爪が伸び肌には血管が浮き出ている。眼が血走っていて、見た目からして正常ではなくなった。
「……それでいい。そのようなモノを使ったところで俺には勝てないことを教えてやる」
「ざけんなぁ!」
ステータスの大幅上昇に加え、HP自動回復効果がつく狂神薬。
リョウがエアガンを使っている限り、持久戦になるかもしれない。
「いいのかよぉ、もうてめえが与えたダメージは回復しちまったぜぇ?」
にたにたとガルドが笑うも、リョウは表情一つ変えない。
「……問題ない。どのような手でも使ってくるがいい」
そう言って自分からガルドの懐に飛び込んだ。待ってましたとばかりに振り下ろされる右腕をあっさりと掻い潜り、『早撃ち』と『零距離射程』のコンボを三回叩き込む。ガルドが迎撃しようと振り上げた脚をかわしながらもう四回与えた。
HPの自動回復がある故に距離を取らずに攻撃を重ね、しかしステータスの数値上は上回っているはずのガルドの攻撃を『見切』のスキル含めて回避し続けていく。
これには会場も湧くに湧けず、しんと静まり返っていた。
「お兄ちゃんはね、強いんだよ」
控室では、ユイが珍しく神妙な表情でそう言った。ここも会場と同じように誰もが口をぽかんと開けてモニターを見ている。
ユイが声を放ったことで、視線が彼女に集中した。
「たぶん、皆が思ってるよりもずっと。小学校の時から、お兄ちゃんと正面から勝負した人は負けるって決まってた。素人の時なら兎も角、二回目からはお兄ちゃんが勝つ。そこで皆お兄ちゃんの才能に恐怖して、嫉妬して、自分には無理だと諦める。お兄ちゃんはなにをやっても上手くなるし、時間をかければかけるほど向上してくの」
物静かな語りを誰もが無言で聞いていた。
モニターではリョウがマガジンを射出し、リロードを行っている。それでもなおHPの自動回復は追いつかず、少しずつ削られていく。
「でもお兄ちゃんは凝り性だから、そんなにいっぱいのことに興味が湧かなくて。一つのことに傾倒していっちゃうんだけど。まぁ、凝り性っていうお兄ちゃんの性分は本来の才能の邪魔でしかないんだよ。でもスポーツ大会やら球技大会やらに出たとして、お兄ちゃんの才能は発揮される。そこでお兄ちゃんと戦った人は思うんだよ」
ユイは一拍の間を置いて、
「――こいつには勝てない、って」
口を開いた。
「いつだってお兄ちゃんがまともに戦えば勝負に勝っちゃうんだよ。無意識だろうけど、お兄ちゃんが跳んだり跳ねたりして戦うのはそういうのを避けてるんじゃないかな。ゲーム内の要素を取り入れて戦うようにしてるんだと思うよ。だからね、今みたいにスキルを大して使わず、真正面から潰しにかかれば――」
そう言っている間にも、ガルドのHPはレッドゾーンに突入していた。
「なんで、なんで俺の攻撃が届かねぇんだよ……!」
それはかつて恨みを晴らすために戦っていた者ではなく、圧倒的な力の差を見せつけられた者の悲痛な叫びだった。
「……ただの、ステータスの差だろう」
リョウはいつも通りの無表情で彼の額に銃口を突きつけると、『チャージ・ショット』によって威力の上がった『零距離射程』の一撃が、ガルドの残りHPを吹き飛ばした。
彼の言葉は間違ってはいない。ただしリョウの思っているゲーム内身体能力と、正しい方の才能では異なるのだが。
光の粒子となって散っていく相手に対し興味なさげに踵を返すと、静寂に包まれた闘技場を後にする。リョウが退場してから我に返った解説が試合終了のアナウンスをし、正式にリョウの二回戦出場が決定した。




