らしくない戦い
※本日二話目
第五試合、《魔導学院》所属のライクVS《盗賊》のバーグの戦いが行われたのだが。
「……」
……俺は試合終了後に無言だったユイがとても怖いです。
「じゃあ次はユイの試合だねー」
「ああ、いい試合をしよう」
「うん。いこっか、ライア」
気を取り直した笑顔で入場していくユイだが、俺は怖かったのでテーアとクーアを抱いて落ち着こうとしていた。
「リョウさん、なんか怖がってませんでした?」
レヴィがこちらを覗き込む姿勢で聞いてくる。……気が利く娘ではあるが、その分目敏いとも言えるのだろう。
「……ああ。ユイを怒らせると怖いからな」
バレてしまっては仕方がない。大人しく頷いて理由を口にした。他の皆も「ああ」と納得したような声を出す。
……わかったような顔をしているが、きっとお前達に見せたあいつの怖さは一部でしかないのだろうな。
俺は兄としてユイが生まれた時からずっと一緒にいた。もちろん学校での優衣を全て把握しているわけではないが、大体の予想はついている。家族とそうでない者とでは、見方が異なることも多いのだ。
ライアとユイは闘技場の中央で一定の距離を取って向かい合う。
開始のアナウンスがあり、二人は各々に武器を構えた。
「互いに正々堂々と戦おう」
ガンランスを構えてライアが言うと、ユイも愛用の杖を掲げた。
「うん――でも今回は勝たせてもらうね」
ユイは珍しく静かに告げた。にこにこではなく静かな笑みを受けて、ライアは思わずガンランスに弾を放り込んで半歩後退る。
おそらく彼女の背筋には悪寒が走ったことだろう。
「【フレア・シークエンス】」
詠唱を行い、掲げた杖の前に赤い魔方陣を展開する。そこから何度も火焔を放った。
「くっ!」
ライアはじゃきんとガンランスの先端を持ち上げて弾丸を装填する。ガンランスは弾丸が大きく、長さ十センチの円柱形をしている。それをガンランスの切れた円錐部分の小さな扉から入れて、一度先端を上げてきちんと装填する必要があった。撃つまでが面倒な武器ではあるが、一発の威力はとても大きい。
しかも某狩猟ゲームとは異なり射程もそこそこあり、利便性を兼ね備えている。
ライアは腰を落としてガンランスを腰辺りにつけると、左手を添えた。
「【発射】ッ!」
柄の部分についたスイッチを押すことでガンランスの先端から弾が発射される。火焔に着弾し爆発が起こると、後続の火焔ごと爆風で吹き飛ばした。
「【アイシクル・ランス】、【アクア・レギオン】、【メテオストライク】、【ユニバース・レイヴ】」
一つの魔法では対処されると思ってか、ユイはMPも気にせずがんがん魔法を放っていく。
氷の槍がいくつも放たれ、人型の水が十体出現し、遥か上空から隕石はライア目がけて落下していき、全属性の色をした刃が無数に飛来した。
どれも高レベルの魔法であり、会場が湧き上がる。
「【爆雷槍】!」
ライアは飛んできたいくつもの氷槍を再度装填したガンランスを吹き下ろして前方に爆風を巻き起こして相殺する。続けて冷却時間の短縮とばかりに水人形達に突っ込んでいき、熱したガンランスで薙ぎ払った。弾をもう一度装填すると、ガンランスを天に向けたまま落下してきた隕石に向かって【破槍】を使う。巨大な隕石を砕くと残骸は彼女の周囲に落ちて無数の刃と衝突した。
「……ちっ」
皆はライアがどう対処するのかに注目していたが、俺にはユイが小さく舌打ちしているのが見えた。ここまで精神的に余裕のないユイも珍しいものだ。
「相変わらず凄まじいな。流石はお前の妹、って感じだ」
ジャンが苦笑してユイとライアの試合を眺めているが、俺にとってはまだまだ序の口だ。それにユイに驚くよりも、ライアに驚くべきだろう。まさか発動した魔法全てに対処してみせるとはな。
「……ライアはβテスターなのか?」
「いや、流石に俺らもβテスター全員を覚えてるわけじゃないが、確か違ったはずだ。どっちにしろ正式サービス開始時から始めてることに変わりはないんだろうが」
俺が聞くと、ジャンが首を振って否定した。つまり俺と同タイミングで始めてこの実力ということだ。俺も負けてられないな。
魔法と銃槍の応酬に会場は盛り上がっていく。しかしどちらかというとユイが優勢のようだ。遠距離から次々と魔法を使ってライアを近づけさせていない。ライアもMPが切れて魔法を撃てなくなった瞬間を狙おうとしているが、ユイが瞬時にMP回復薬を足下に叩きつけてMPを回復させ、近づけさせないように魔法を使っていた。
「MPを完全に計算しながら動いてやがるな。どの魔法を使うとどれくらいMPを使うかとか、自分の最大MP量とか、回復薬がどれくらい回復するかとか全部把握して常に先読みして動いてる。やっぱお前ら兄妹とはやりたくねぇな」
ジャンが引きつった笑みを零して呟くと、他の面々も頷いていた。
ユイはMPが切れる瞬間に回復薬を取り出している。消費量をきちんと計算していなければできない芸当だ。
しかも俺の記憶力が正しければ――
「ユイってば、きちんとMPを使い切りながら戦ってるわね」
控室に今までいなかった声が俺の正しさを証明してくれた。
「ウィネさん!」
予選落ちして復活地点まで戻っていた《ラグナスフィア》きっての魔法使い、ウィネである。予選ではガルドに酷い目に遭わされていたので、本戦は観に来ないかと思っていたのだが。
「応援に来れなくてごめんなさい。ユイは残ってるMPから使える魔法をいくつか算出しながら戦ってるわ。毎回使い切れなくても次回復した時に使う魔法を考えて選んでるから相当熱心に努力しないとできないわ」
私もそこまでやる気が起きないもの、ウィネはそう言って肩を竦めていた。
「で、MPを使い切った回に全回復させれば、一切の無駄なくMPが使えるってことよ」
「……俺もあと何回使えるかとかは覚えとくけどさ、流石にどれ使ったら使い切れるかまで計算し切れねぇよ」
しかも戦闘中だぜ? とジャンは呆れている。確かに戦闘中はあれこれ考えて動かなければならないが、ここはやはり兄妹だということだろう。ユイも人間味溢れて感情豊かに思えるが、俺と同じようにあまり感情が揺さぶられないタイプなのだ。
きっと、頭の中がドライなのだろう。
ユイの猛攻にはライアも耐え切れなかったようで、既にHPがレッドゾーンへ突入していた。しかし魔法を受ける合間にガンランスを溜めていた。『チャージショット』のスキルを使っているのだろう。
ユイもそれをわかっていて削り切りたかったのだろうが、その賭けはライアの勝ちだったらしい。
「【フルバースト】ッ!」
ライアの声と共に、構えたガンランスの砲口から直径五メートルもの光線が放たれる。ユイが光線に呑み込まれたと思った次の瞬間には、
「『蜃気楼の花嫁』」
姿のあった場所とは別のところにユイの姿が現れた。ユイは表情一つ変えずにライアへと【アイス・ローズ】を使って拘束し、トドメの魔法を唱えようと口を開く。
「参った、私の負けだ」
その前にライアから降参を宣言し、試合は終了となった。
ユイはほっとしたように大きく息を吐き出し、ライアと並んでバトルフィールドを後にする。
「さっきユイの使った『蜃気楼の花嫁』ってのは、発動の一定時間前に特定の属性の魔法やスキルを発動することで発動できるようになるっていうレアスキルでな。持ってるヤツも少ないし、発動条件のせいで攻撃パターンが固定されちまったり、後はユイみたく色んな属性の魔法を満遍なく極めてるヤツも少ないからな。滅多に使うヤツもいないんだが」
一バトルにつき一回しか発動できないしな、とジャンは苦笑していた。流石はユイだ、俺と似たようなスキル選択をしている。……最初に呆れられていた気もするが、ユイも同じようなことをしているではないか。
さて、次は俺とウィネを痛めつけてくれたガルドとの試合だな。




