閑話 取材その3
約二ヶ月振りですね
年末年始に書いてたんですけど、更新するのを忘れていました
これで取材が終わり、次回は闘技場編になります
……がっつりバトルパートです、ええ
生産パートはその後になるんでしょうか
しばらくは書きためがあるので、週一で定期更新できそうです
土曜の深夜、日曜になる時ぐらいに更新しますかね
他のもなんとか一月中に更新しますので
今後ともお付き合いいただけたら幸いですm(__)m
取材を行った《ユニバーサル新聞社》の一員こと私めであるが、これといって有力な情報は得られなかったと言っていい。
取材を承った者として、不甲斐ないことではあるが。
ギルドマスター自慢大会を始めてしまったカタラとティアーノを遮って尋ねる。
ところで、そのギルドマスターたるリョウはどこにいるのか、と。
話を中断されて不満そうな顔をする二人であったが、すぐに答えてくれた。
「……リョウなら、個人用の工房に籠もってる」
カタラが無表情に口を開く。続いてティアーノも、
「……確か、マフラーを人数分編んでいるのよね」
こちらも冷たい無表情で告げた。リョウの自慢話をしている時は二人共、こう言ってはなんだが、乙女の顔をしていた。それが乙女と言えるのかは若干微妙ではあるものの、二人の無表情さを考慮すると充分にそれと言えた。
マフラーとは、なぜ今そんなモノを?
私が質問をすると、ティアーノが薄っすらと笑んで答える。
「……新しく追加されたフィールド――アサカンガラスの大雪原があるのは、知っているでしょう?」
ええ。確か《魔導学院》が総出を上げてボス攻略に挑み、ようやく追加されたフィールドだとか。氷属性のモンスターが出現し、フィールドの効果で寒冷がつくのですよね。寒冷は、手先が凍りつくような寒さでプレイヤーの体力を奪うという話でした。そのためにマフラーを?
「……ええ。リョウ――ウチのギルドマスターは、そんな寒いところに行くのなら『防寒』の耐性スキルがついたマフラーを用意しなければ、と意気込んだのよ」
はあ、と私は曖昧に頷く。質問はしなかったが、ティアーノは滔々と語ってくれた。
「……『防寒』スキルがついた装備は見つかっているけれど、まだ『防寒』スキルを付与する方法は思いついていない」
ふふっ、と彼女にしてはかなり上機嫌に微笑んだ。
「……リョウはそれをやってのけた」
しかし、肝心なリョウ自慢の部分は、隣に座るカタラに奪われてしまった。ティアーノはぴくりと眉を跳ね上げ、赤髪の鍛冶師へと視線を向ける。
「……私がそれを言おうと思っていたところなのだけど、なぜ横取りしたのかしら」
とても冷たく、心だけが吹雪の中にいるように錯覚した。寒くもないのに両手を擦り合わせる。
「……ティアーノがもったいぶるのがいけない」
カタラも引く気はないようで、無感情な瞳に赤い火を灯してティアーノと向き合った。
このままでは二人の喧嘩で話が逸れてしまう。私は取材者としてその「『防寒』スキルを付与する方法」を聞き出そうと、質問を投げかける。
「……それは言えないわ。だって、これからが儲け時でしょう?」
「……同感。これからって時にバラすバカはいない」
しかし二人はほんの少し意地の悪い笑みを浮かべて返答を拒んだ。……それもそうか。今から売り出して儲けるのだから、それを公表して売り上げを減らすような真似はしまい。しかし他の生産ギルドも躍起になってその方法を探していると思われるので、先に売り出した者勝ちだろう。それが繰り返されて、徐々にUSOというゲームのシステムが明らかになっていくのだ。
いや、明らかになっているシステムの中から、それを見つけ出すという表現が正しいか。
どちらにせよ、この情報は貰えない。しかし、《ラグナスフィア》が『防寒』を付与する方法を見つけていることは、しっかりと頭に刻み込んでおく。この情報が得られただけでも、生産ギルドを急かして更なる発展に近づくことができるだろう。
ほんの小さな情報でも、使い方を見出せば有益なモノとなるのだ。
「……」
とててっ、ととても小さな足音が聞こえた。思わずそちらに目を向けると、三十センチほどしかない非常に小柄な体躯が工房に迷い込んできている。
テーアたんである。
クーアたんの妹にして、リョウを父と、クノを母と認める戦闘の妖精だ。いくら私が戦闘の妖精についての情報を求めていたとしても、この子に迫ることはない。近づかなくていいから、遠くからハラハラと見守っていたい。
黒い髪を揺らして登場し、黒く幼い瞳であちこちを見渡していた。何か用があって来たのか、誰かを探しているのか。
私の方を見て、目が合った。テーアたんがびくっ、と身体をさらに小さくして、工房内でもっとも私から離れた壁際をおそるおそる通った。……悲しい。とても悲しくておじさん、涙がちょちょぎれそうだよ。
終始びくびくした様子で、テーアたんは私という部外者を警戒し、カタラの足下へ寄った。
「……かーたん」
ぎゅっ、と小さな手でカタラの服の裾を掴み、訴えた。カタラはテーアたんの母ではない。ということは、母――クノはどこにいるのか、と尋ねたいのだろう。
「……クノならもうすぐ戻ってくる」
カタラはよしよしとテーアたんの頭を撫でていた。私も撫でたい。しかしそんなことをすれば、嫌われてしまう。自重しなければ。
「……てーあ、どこー?」
とててて、と小走りで工房の入り口に現れたのは、天使だった。外の光が後光のように照らしている。
我が人生最高の天使、クーアたんである。
自然と身体が動き、床に額を擦りつけていた。
「死ね、外道」
そこに乱暴極まりない声が聞こえ、頭が思い切り踏まれた。後頭部に硬い靴底の感触がある。取材者たる私を雑に扱うこの感じと、私をサンドバックかなにかと勘違いしているかのような言動と暴力。
まさしく暴力の化身こと蟻ん娘、リアナである。
くっ、こんな時に戻ってくるとは……。しかし私はクーアたんをこの目に焼きつけるためならば、理不尽な力にだって抗ってみせる!
私は気力を振り絞ってぺったん娘の足を押し上げるように顔を上げる。
すると、クーアたんがこちらに向かって、満面の笑みで駆けてくるのが見えた。まさか、私に――
「……てーあ。どこいってたの、しんぱいした」
はい違いますよねそんなんわけありませんわかってますよ。
クーアたんはテーアたんのところに駆け寄り、きゅっと抱き着いた。
「……ねーたん」
テーアたんはしょんぼりと肩を落としていた。
「……かってにどっかいっちゃ、めっ」
クーアたんがテーアたんを窘めていた。戦闘の妖精な妹は「……ねーたん」と呟き、生産の妖精な姉にきゅっと抱き着いていた。微笑ましい光景である。
「……そういえば、今日は取材の日だったな」
どこか達観したような、無感情な声が聞こえた。はっとして工房の入り口に視線を移す。
そこには、黒い青年が立っていた。
なにかと黒い。髪も眼も、服装も。尻の上辺りから生えているであろう〈蠍〉のような尻尾も黒い。別段衣服のセンスが優れているとも思えない。だってほぼ黒一色だし。こんなヤツでもイケているというのなら、普段の私のスーツの方がイケていると思うくらいだ。確かに黒い恰好はカッコいい。しかし誰かが始めて、広まった恰好だろう。所詮はパクリだ。〈蠍〉だろうがなんだろうが、コートの後ろ半分から下が真っ二つに切れていても、黒ずくめだからパクリだ。きっとそうに違いない。そんなパクリ野郎と比べれば私の方が何倍もマシに違いない。……マシだと思いたい。
「あっ、リョウさん!」
……誰だ、こいつ。
私が思わずそうジト目をしてしまうほどに、リョウを呼ぶリアナの顔は輝いていた。
リョウが来ただけで、工房の雰囲気が変わった。とても明るくなったように思う。……暴力娘の表情からもわかる通り、リョウがいるだけでテンションが上下するらしい。とても私は居心地が悪くなった。なぜなら、この場で私だけが蚊帳の外だからである。ただでさえ部外者だというのに、他の者が同じような雰囲気を出し始めたらどうすればいいというのか。
り、リョウさん。本日取材に来た《ユニバーサル新聞社》の者ですが。
私は気を取り直して、ギルドマスター直々に取材に答えてもらおうと、声をかける。
「……はあ。わざわざご足労いただいてありがとうございます」
これだ。やけに他人行儀かつ丁寧な口調で、殊勝な態度を見せるのだ。《ラグナスフィア》のリョウといえば、大胆不敵、一騎当千、英雄色を好むなど、様々な四字熟語やことわざの代名詞とされる。取材を申し込んだ時もそうだが、案外礼儀を弁えているのかもしれない。
私に向かって深々と頭を下げるリョウに、蟻ん娘風情が「リョウさん、そんなヤツに敬語使わなくてもいいですよ」とのたまっていた。
リョウさん。あなたは聞くところによると、『防寒』のスキルがついたマフラーを作成しているそうですが。
私は人によって態度を変えるような失礼な娘を無視し、リョウに話を放った。
「……はい。ただナイ――」
「……りょう」と駆け寄ってきたクーアたんの方に視線をやって、リョウは答えようとしてくれた。しかし「ナイなんとか」という単語を出そうとした時に、背後から口を塞いだ者がいた。
「……それ以上は喋っちゃダメ」
忍者のような恰好をした少女、クノである。リョウの背後を取る手際は見事としか言えない。
「…………そういうものか?」
クノが手を退けてから、リョウは微かに首を捻った。どうやら、あまりゲーム内ルールのようなモノに詳しくないというのは本当らしい。
「……ん」
こくん、と頷いたクノに、「……かーたん」とテーアたんが小さな足を目いっぱい使って駆け寄る。クノは「……よしよし」と言いながらテーアたんを抱き上げた。
「……だそうです」
リョウがいきなり言った。数秒置いて、質問には答えられないということを私に言ってくれたのだと察す。先程聞いて答えてもらえなかったので、今のは半ば噂の信憑性を確かめるためだ。別に構わない。
これ以上はなにも情報が得られないかと思っていると、
「さっさと帰れば」
冷たい声が耳に飛び込んできた。残念ながら氷山ではない。ただの荒野だ。
そう思った時には工房の出入り口まで蹴飛ばされていた。痛い。
「……リアナ、どうかしたのか?」
「はい。とりあえずこいつを追い出そうと思います」
「……追い出すとはまた物騒だな」
ギルドメンバーの暴力を止める気はないのか、マスター。なぜ私が蹴られなければならない。
誰か、誰か私を庇ってくれる人はいないのか。私はただ《ラグナスフィア》の実態を取材しに来ただけの一般人だ。そうだ、クーアたんならきっとわかってくれるはず。
私はクーアたんをじっと見つめる。……私はとても無害で優しいおじちゃんです。この鬼娘を止めて。
「……りょう」
クーアたんがリョウの足にしがみついてなにかを訴えようとする。
おぉ! 伝わったか!
「……あのひとこわい」
……あ、これは死んだな。
確信した。唯一味方になりそうなクーアたんにわかってもらえなかったら、私は助からない。
「……クーアちゃんを怖がらせるなんて――っ」
パキポキと拳を鳴らして、リアナが近づいてくる。本気の一撃が来る。途轍もなくヤバい。
かと思ったら、不意に立ち止まってさっと顔を青褪めた。なにかと思っていると、肌がピリつくような感覚がする。身体の内側から冷えていくようだ。
「……」
しかしそのピリピリした空気を放つ張本人は、無言でクーアたんを抱き上げた。こちらを見ていない。〈蠍〉の尾がゆらりと動く。
彼がなにかをするのかと、工房内が静寂に包まれる。
かつん、とクーアたんを抱えたまま、黒い〈蠍〉が一歩を踏み出す。工房の出入り口――私がいる方に向かって、だ。
かつん、とまた動きやすそうな黒い靴が工房の床を叩く。一歩毎に、私の寿命が減っていくようだった。
しかしリョウは、私には目もくれず工房を出ていく。
その後ろ姿が見えなくなってから、ダン! と力強く床が踏みつけられた。そちらに視線を向けると、鬼神が立っていた。
再びダン! と一歩を踏み出し、赤黒いオーラを纏った鬼が駆けてくる。どうやらこちらは、私を見逃してくれる気がないらしい。
マズい。なにか申し開きをしなければ。
私は必死になって、とりあえず浮かんできた言葉を叫ぶ。
「私は確かに変態性が他人よりも強いかもしれない! しかし人は誰もが変態であり、たまたま変態性が尖っていたというだけに過ぎない! それだけでなぜ私は暴力を振るわれなければならないのか! 私はただ、視線が正直なだけだ! 私は変態ではない! 真に変態なのは私を変態だと思うあなた方ではないのか!」
「あんたが変態じゃなかったら、誰が変態だっていうのよ!」
悲痛な叫びにも耳を傾けず、鬼神は拳を私の顔面に叩き込んだ。顔が潰れた。そうとしか思えない。私のひ弱な身体は容易く宙を飛んでいく。天地がぐるぐる回っていた。
そして私は天の星となった。
――『UCO新聞永久お蔵入り版・【《ラグナスフィア》の生態③】より抜粋――




