アカリと~古ぼけた巨大な屋敷で~
「「……」」
俺は見知らぬプレイヤーと転移ゲート近くで対峙していた。……対峙しているというよりは俺が絡まれていると言った方が正しいかもしれないが。
角が生えた強面の鬼に睨まれて立ち塞がれているという状況は、俺が圧倒的不利な立場にいると思われる。
……少し遅くなるとギルドメンバーにメールしておくか。
俺はそう思って今更だが他人のフリを装いウインドウを操作してメールを送信する。
「おい。そこの、あんた。“黒蠍の銃士”だろ?」
鬼は俺に向けて尋ねてきた。……ここで白を切るのは得策ではない。だがあっさり認めてしまうのも何だ。だって俺が例え黒髪黒眼で黒い甲殻を持った蟲人族〈蠍〉の《銃士》であっても“黒蠍の銃士”と呼ばれているプレイヤーとは別だと言う可能性もある。本当に俺なのだが、俺がプレイしている様を見て真似をしたプレイヤーがいれば誤魔化すことも出来ると思う。
……だというのに、一万二千人を見渡してもほとんど《銃士》と思われるプレイヤーがいないのはどう言うことなのだろうか。《ラグナスフィア》に三人いるとは言え、一万人の中でも十人といないのが《銃士》と言う職業だろう。やはり最初の武器がエアガンだと言うのは心許ないのかもしれない。
目の前にいる鬼のプレイヤーは太刀を背負っているが火縄銃を装備している。これは《銃士》でなくとも、少なくとも『銃術』を選んだプレイヤーなのだろう。和服に太刀に火縄銃に鬼とはまさに日本一色である(因みに靴も足袋を履いていると言う凝り様だ)。《ラグナスフィア》で言えばカタラかクノ、特にカタラと意気投合しそうなプレイヤーである。
「オレを《ラグナスフィア》に入れてくれ」
俺が黙っているのを肯定と見たのか、そいつは俺に向かってそう言い、頭を下げた。……驚きだな。まさか新規プレイヤーの一人なのだろうか。確かに高身長で怖いが顔も整っている。何より大きさ太刀(身長と同じくらいある)を背負っているので、見かけたことがあれば忘れるハズがない。
「……《ラグナスフィア》は戦闘と生産の両立ギルドだ。例え強くても生産スキルがなければ加入を認めることは出来ない」
ギルド加入希望者であれば、俺に断ることは出来ない。人格についてはメンバーと相談しなければならないが、頼む時に頭を下げられる人物であれば問題ないだろう。相手が俺と言う見知らぬ他人であれば尚更だ。
だからこそ俺はきちんと加入条件を満たしているか尋ねたのだ。すでに《ラグナスフィア》には上限人数に設定した十人のメンバーがいるのだが、一人くらいは増やしても構わないだろう。そこもメンバーと要相談だが。
「大丈夫だ。オレは《銃士》でありながら太刀と火縄銃による近接戦闘を得意としてる。生産スキルは『鍛冶』と『錬金』と『弾丸作成』と『研磨』だ」
そいつは俺が“黒蠍の銃士”だと認めたからか、少しホッとしたような表情で言った。……しかし、本当に分からないな。このプレイヤーは女なのか男なのか。男であれば良いと思っている。俺にはジャン以外に比較的好意的な男性プレイヤーがいないからな。声も中性的と言って良いだろう。高い男の声なのか、低い女の声なのか。分からないからこそメンバーと相談しなければならないが、俺も《ラグナスフィア》に入っているので今更男が一人増えたところで文句は言われないだろう。
「……そうか。では《ラグナスフィア》加入試験を開始する。レベルと名前を教えてくれ」
俺は言って、ギルドメンバー全員宛てに「加入希望プレイヤー発見。これより戦闘試験を開始する」と言うメールを送っておいた。これだけでイベントに参加していると分かるだろう。
「レベルは13。名前はアカリだ」
レベルから見て新規プレイヤーか。アカリと言う名前からでは男女の判断は出来ないな。
「……そうか。アカリ、俺はリョウと言う。では行くぞ」
俺は簡単に名前だけを教えて、アカリの手首を掴んで転移ゲートまで引っ張っていく。……本気で抵抗されたら引っ張っていくことなど出来なさそうだが、レベル差があるので問題ないかもしれない。
というか掴んだ手首は意外に細くてスベスベしている。女性のような滑らかな肌触りではあった。
俺とアカリが転移した先は、古ぼけた巨大な屋敷だった。
日本の屋敷を模したフィールドのようで、お化け屋敷と同じような中になっているそうだ。つまり、入り口から入ってグルリと一周し、入り口の隣にあった出口から出てくると。出現するモンスターは妖怪及び幽霊。ボスは九尾の狐の思念体と言う気合いの入れ様だ。……何故九尾の狐が海神ネプチューンのように思念体なのかと言うと、ユイ曰く「九尾の狐はね、それこそ高難易度ダンジョンのボスで出てくるような滅茶強モンスターなの。だから現段階では九尾の狐をそのまま出す訳にはいかなくって。だからかな」ということらしい。
「……確かここでは鬼が出てくるらしいな」
「……そうなのか? オレは今まで誰も誘えず誘われずだったから知らないんだが」
俺が呟くとアカリが聞いてきた。ツカツカと俺が早足になってしまうのはアカリの方が大股で歩いているからだろう。……誰も誘えず誘われず。そのような悲しい言葉を言わないで欲しい。小学生の時からの臨海学校含むイベント行事のグループ作りで一番最後まで残ってしまうことを思い出してしまうではないか。
「……そうか。では行こう。レベルは13と37の平均だから、25か。通常モンスターは25から27程度だが、ボスは30。いけるか?」
俺はアカリと俺のレベルから出現するモンスターのレベルを計算してアカリに問う。
「問題ねえよ。折角入れてもらえそうなんだから、負ける訳にはいかねえしな」
アカリは少し獰猛な笑みを浮かべて言った。どうやら戦闘狂の類いらしい。……天井が四メートルないな。アカリの太刀には分が悪い。
「……アカリ。太刀はここでは使えないだろう? 基本は火縄銃で攻撃してくれ」
俺が言うと、太刀の柄に手をかけていたアカリがハッとしたような顔をして壁と天井を見比べ、太刀の柄から手を放して火縄銃を抜き去った。
「……物理攻撃が効かない幽霊は俺が対処する。妖怪には物理が効くそうだから、そちらを頼んだ」
「おう!」
俺の忠告通り、アカリは(たまに見間違えることもあったが)妖怪を火縄銃で倒していった。命中精度はまあまあと言ったところだが、威力は俺達の比ではない。もちろんルインの狙撃銃を比べれば劣るが、火を吹くと言う表現が一番合う火縄銃と言う武器は拳銃よりも威力が高く、そして速い。途中プレイヤーとの遭遇戦になったものの、油断していた武者鎧のプレイヤーは火縄銃の弾丸に鎧ごと撃ち抜かれて一撃死してしまった。是非『零距離射程』を仕込みたいところだ。相手に突きつけて討つ、と言うのが出来るのは、鬼人族の持つ超筋力型ステータスのおかげだろう。命中精度こそ落ちるものの火縄銃を片手撃ち出来るのは人間の筋力ではない。大の大人がしっかりと構えて撃つモノだからだ。それでも最初はやはり片手撃ちが出来なかったようだが、レベルが上がりステータスが上昇することで次第に片手撃ちが出来るようになったと言う。……また末恐ろしい《銃士》が誕生してしまったな。
「「……」」
火縄銃はショップで売っていたモノを購入したという話だが、それまでエアガン及び近接格闘で金を貯めていたのだから大したモノだと思う。火縄銃を購入してから太刀を買うための金を貯めて、ようやく購入出来たという話らしい。なのでアイテムバッグは持っていない。俺からプレゼントしてやるのも良いだろう。加入を認めればの話だが。
俺とアカリは順調にボスのいる最後の広い部屋まで辿り着いた。これでようやく太刀が振れるとアカリは喜んでいたが、俺は九尾の狐の思念体の気迫を受けて驚いていた。俺よりレベルが五つも下だと言うのにこの威圧感。流石は本来高難易度ダンジョンのボスであるモンスターだ。……それをよくお化け屋敷のボスとして出すことにしたよな。運営には少し感心している。
九本の尾を持つ巨大な狐。それが九尾の狐だ。そのままの名前だが、攻撃方法は牙、爪、尻尾。それから口から吐く赤黒い光線(そのまま放つ、弾丸にするなど多種多様の使用方法がある)。
……手応えのある相手で良かった。九尾の狐VS俺とアカリと言う《銃士》コンビだったが、九本の尾から繰り出される縦横無尽の攻撃と高威力で多種多様な使い方の出来る赤黒い光線により、思わぬ苦戦を強いられた。勝てたのはアカリの「尻尾を持ってぶん回す」という野蛮極まりない攻撃によっておそらくAIが設定されているであろう九尾の狐が戸惑いアカリを必要以上に警戒してしまったので、フリーになった俺が容赦なく『ツインバースト』で頭を消し飛ばせたのが大きい。
ここでも俺は二つの宝箱の内一つに足袋が出てしまい、アイテムを手にすることなく『煉焔』と言う攻撃に煉獄の炎を纏わせるというよく分からないスキルを手に入れた。
その後屋敷を脱出した俺とアカリは《ラグナスフィア》のギルドホームに向かい、屋敷ではなかったらしく早く終わっていたメンバーにアカリを紹介した。するとメンバーは全員唖然として驚き、最初は反対したものの俺の説得で何とか加入が認められた。……アカリが強面だからだろうか。俺としてはアカリのように感情の起伏が激しい人の方が好感が持てるのだが。もちろん無表情のカタラやクノやティアーノに好感が持てないという訳ではない。ただ一般論として、感情が豊かな方が信用しやすいというだけだ。俺のように無表情かつ無口で何を考えているか全く分からないようなヤツよりはマシだろう。
ということで、アカリの《ラグナスフィア》加入が決まり、じゃんけんの結果次はウィネとペアを組むことになった。……廃病院だけには、当たりたくないな。闇属性が効かない相手となると、俺一人でゾンビ全てを倒すのは難しい。
俺は不器用ながらも次第にメンバーと打ち解けていくアカリを眺めつつ、クーアを抱えて嫌な予感を振り払った。




