戦闘の妖精
七月三十日、午前零時。
一日中ログインしているようなゲーマーギルド《ラグナスフィア》の面々はすぐに事前イベントを開始した。
無事学生達の課題も終わり、現在入手出来る素材での最高装備をイベントに向けて作成した。
イベントへの準備は万端である。
今回は明確に一人で、と記載されているのだが、何故か妖精とのギルド契約が解放された。
それはつまり、個々でやって達成出来たらギルド契約を結ぶと言うことなのだろう。
しかも前回とは違って妖精の出す課題をクリアしていくのではなく、クエストを受けると五つの課題が提示され、それら五つをクリアして妖精と契約するようだ。
俺達にはクーアがいるので十人全員が戦闘の妖精入手クエストを受けている。そして個々でクエストを達成すべくフィールドに出ている。
俺もクーアと共にメンドータの草原と言うフィールドでクエストに挑んでいる。
課題一つ目は魔法による遠距離攻撃だった。……俺は魔法職ではないので『家事魔法』の一つ【コンロ・ファイア】で地味に攻撃した。これで一つ目はクリアだ。
課題二つ目は剣による近接攻撃だった。……まさか武器指定攻撃があるとはな。俺は他のメンバーがこなせるか若干不安になりながらも【コンロ・ファイア】を当てたゴウサイと言う大きな犀系モンスターに突っ込み、『銃剣術』用に作成した軽い拳銃の銃口下に取りつけた刃で【スラッシュ】を発動させて袈裟斬りする。どうやら剣攻撃と判定されたようで課題をクリアした。
課題三つ目は魔法以外での遠距離攻撃だった。距離は百メートル以上。……これは難易度が高いな。だがやらない訳にもいかない。妖精仲間の加入を期待しているクーアのためにも頑張らなくては。俺は決意を新たにしてゴウサイから百メートル以上離れ、俺が持つ銃の中でも一番射程距離が長い超銃を持ち『銃術』の一つ【ロング・ショット】で更に射程距離を伸ばしてゴウサイに直撃させる。わざと脚を狙ったのでまだ生きている。
課題四つ目は魔法以外での中距離攻撃だった。これは《銃士》である俺にとって楽な課題だったのですぐにこなす。近づいた状態で銃を撃つだけで良いのだ。
課題五つ目は魔法と剣以外での近距離攻撃だった。これも『零距離射程』を得意とする俺にとって楽な課題だったのですぐにこなす。これでゴウサイも倒した。
しかし課題を達成しても妖精が現れない。不思議に思っているとウインドウが表示された。文面を要約するとこうだ。
ギルドで複数名がクエストに参加しているため、ギルドホームで結果を待て。
つまり何人もがクリアすればより良い妖精と契約出来るからそれまで待っていろ、と言うことだな。
「……家に帰れば会えるから、もう少しの辛抱だぞ」
俺は不満そうなクーアを宥めて良い、ギルドホームに戻った。
「……ふむ。もう全員戻っているか」
俺は近くの街の転移ゲートからギルドホームに転移し、リビングに向かって歩く。もう九人全員がリビングの椅子やソファーに座っているのが見えた。
「……何人がクリアした?」
俺が聞くと数人が手を挙げた。……クリアしたのは俺、クノ、カタラ、ティアーノ、リアナ、レヴィ、ルインか。
「……私とティアーノは【地烈斬】、リアナは【地烈拳】で魔法以外の遠距離攻撃をしたと思う。魔法は全員使えると思うから、リョウとレヴィとルインは銃だと思うけど。クノはどうやってクリアしたの?」
カタラが近接職一番の難関である魔法以外での遠距離攻撃について説明してくれる。【地烈斬】と【地烈拳】は両方共武器または拳を地面に叩きつけて直線上にいる敵を衝撃で攻撃するアビリティだ。その射程距離はスキルレベルやそのプレイヤーの攻撃力で上下するのだが、三人は無事に攻撃を当てられたようだ。俺達《銃士》は遠距離攻撃が得意中の得意なので魔法以外の遠距離攻撃を言われれば容易い。特に狙撃銃を使うルインにとっては百メートルギリギリではなく、もっと余裕を持ってこなせる課題だろう。
「……リョウに『捕獲』の良い方法がないか聞いたらクナイの柄の先の輪に糸を通して相手を雁字搦めにすれば良いって言われたから。それで相手に刺したクナイから伸びる糸を百メートルまで伸ばしてそこに穴を開けた手裏剣を通して思いっきり投げたら当たった」
クノは何でもないことのように言う。……つまり糸で相手へのルートを作っておき、それを使って攻撃を当てたと言うことらしい。
……俺はそんなことを言ったのだろうか。だがよく考えてみれば普通に投げて糸が絡まる訳がない。何を思ってその時クノにそんなことを言ったのだろうか。よく覚えていないが。
「……それは凄いわね。でも武器指定攻撃があったでしょう? 私は斧だったから氷で長剣を斧にして攻撃したけれど」
ティアーノが少しとんでもないことを言いながらクノを褒める。……いや、お前も氷を自在に操りすぎて怖いぞ。
「……私は槍だったから炎で作った」
「私は短剣だったんで『暗器』で持ってるのを使って攻撃しましたよ」
カタラもティアーノと同じことをやってのけたらしく、ルインも問題なくクリアしたようだ。
「私は打撃武器と言う指定だったのでリョウさんに作ってもらったゴム弾用機関銃で殴りましたけど」
レヴィも何気に物騒なことを言いながらクリアしたことを告げる。……そうか。武器指定ではなく一部では武器の属性とも呼ばれる斬撃や貫通などでも指定があったようだ。打撃武器での近接攻撃だったようだ。
「私は鎚だったので【ハンマー・ナックル】で攻撃しましたけど」
「……私はクナイだったから簡単」
リアナとクノもあっさりクリアしたようだ。……リアナの『武器格闘』は一応武器攻撃に認定されるらしい。と言うことは俺も『変幻弾丸』を使えば良いのではなかったのか。いやあれは遠距離または中距離に分類されてしまうだろう。弾が発射されてから変化するため『零距離射程』との併用は出来ない。
「……俺は剣だった。『銃剣術』で攻撃してクリアしたが」
俺も流れに乗って告げる。
「……逆に失敗した側に聞くのが良いのではないか?」
そう言って俺は失敗して帰ってきたウィネ、セルフィ、リリスの三人を見る。
「私は魔法以外の遠距離攻撃で躓いたのよ」
「私もです」
「私もよ」
三人は全く同じところで躓いたようだ。……三人は一応魔法職だからな。ウィネは《黒魔術師》、セルフィは《演奏者》、リリスは《淫魔師》と魔法職だ。
二次職なのだが、どれも遠距離支援及び魔法攻撃職だ。ウィネは攻撃魔法、セルフィは支援、リリスは状態異常を得意としている。
確かに武器も杖、琴(吻)、爪と爪は近接で残る二つは直接攻撃には向かない。百メートル以上離れて攻撃するのは難しいだろう。琴も音で攻撃するスキルを持っている訳ではないからな。
「……確かに遠距離攻撃には向いていないな。セルフィも『剣術』を鍛えていなければ【地烈斬】は使えない。失敗したモノは諦めて、成功率七割を誇ったことを喜ぶべきだろう」
俺がそう言うと「ギルドメンバー七人がクエストを達成しました。戦闘の妖精七人分の性能を持つ戦闘の妖精が出現します」と言う表示が出た。出た後すぐに十人の中心であるソファー前の机に光が生まれる。
「「「……っ」」」
俺達は眩い光に目を閉じる。
光が収まってから俺達は目を開けて机の上を見る。
「……」
そこにはおそらく戦闘の妖精と思われる女の子がいた。生産の妖精・クーアが身長五十センチと赤ん坊程しかないため大体予想は出来ていたが、クーアよりも更に小さい。身長は三十センチ程しかなく服装も今のクーアと同じような上と下が繋がった黒の赤ん坊服のようなモノでちょこん、と机に座っている。顔も身体もクーアよりあどけなく、本当に赤ん坊のように思える。……赤ん坊にしては小さいが。
黒髪に黒い瞳をしていて、ボーッとしているのか表情は変わらない。
「……」
クーアもジッとその子を見つめていたが、その子はゆっくり俺達を見渡すと立ってとてとて、とリリスの下に行きキュッと抱き着いた。……リリスに懐いたのか、誰もがそう思ったのだがすぐにその子はリリスから離れてセルフィの下に行き同じようにキュッと抱き着く。それをウィネ、ルイン、カタラ、ティアーノ、リアナと少しずつ抱き着く時間を長くしながら抱き着いていく。
……おそらくこれがギルド契約のための全員に懐いていると言うアピールなのだろう。声を出すことをしないので行動で示しているのだろうか。
リアナは最初のリリスと比べると長くなったのだが、次に抱き着かれたクノは長かった。
「……かーたん」
抱き着くだけではなく胸元まで服を掴んで登ったその子はクノの顔をジッと見つめてそう呟いた。クーアよりもたどたどしく可愛らしい口調でクノを母と認めたらしい。……確かに親が必要な年齢ではありそうだが、それだと男一人しかいないため俺が父と言うことになりかねない。
そう思っているとその子の可愛さにやられたクノがギュッと抱き締めて頭を撫でて可愛がっていて、しかし次の俺のところに来るためか腕から抜けようと手足をジタバタさせる。クノは惜しみながらもその子を机に下ろす。その子はやはりと言うか俺のところに来てクーアの横を通り俺の胸元まで登ってくるとキュッと抱き着く。
「……とーたん」
そのままジッと俺を見つめたままそう言った。……確かに髪や瞳の色からして俺とクノが一番適任かもしれないが。
俺はそんなことを思いながら折角懐いてくれたのでその子を抱えながら指で頭を撫でてやる。
その子は気持ち良さそうにジッとしていたがしばらくすると手足をジタバタさせる。そんな姿も可愛いが次があるようなので俺はソッと机に下ろしてやる。
するとその子はじっとクーアを見上げ、しかしクーアが下りてこないからか俺に抱き着いていて抱き着けないからか俺とクーアを交互に見上げる。なので俺はクーアをちょこん、と机の上に下ろした。
「……う」
クーアは自分よりも小さい子に会ったことがないためか、どう接して良いのか分からなさそうな表情できょろきょろと視線を泳がせる。
だがジッとクーアを見つめていたその子はとてとてとクーアに歩み寄り、きゅっと抱き着いた。
「……ねーたん」
そして顔をジッと見つめることはしなかったが、きゅっと抱き着いたままクーアにそう言った。
「……くーあ、おねーちゃん?」
クーアは戸惑った様子で俺に尋ねてくる。だから俺は頷いて肯定してやった。
「……よしよし」
クーアはその子の姉に選ばれておろおろしていたが、俺の顔を見て何かを思い出したのか抱き締めて頭を優しく撫でていた。……これでクーアにも甘える、ではなく甘えられる側の立場が身に着き、より成長する。甘えてばかりだとユイのように他人を操作して生きるようになってしまうかもしれない。そんなことにはなって欲しくないが。
「……」
その子がクーアに抱き締められて気持ち良さそうにじっとしていると、俺の前にウインドウが現れた。
「……戦闘の妖精・テーアがギルド契約を結んだ、か」
俺はそのウインドウを要約して読み上げ、メンバーに知らせる。これでテーアも《ラグナスフィア》の一員だ。
「……くーあは、てーあのおねーちゃんなの」
クーアはテーアの姉に選ばれたことが嬉しいようで、誇らしげにそう言っていた。
「……」
テーアも嫌がっていない。寧ろクーアに抱き締められて嬉しそうだ。そんな二人を見て俺達が、ほっこりした空気になっていた。
そしてその日はどんな生産でもやる気を出せば最高の手順を見出し、そのボーナスとして一ランク上のアイテムにすることが出来る生産の妖精・クーアに引き続き、戦闘の妖精・テーアの持つ力を確認していた。
事前イベントの日が終わり、七月三十一日の全てを使ってメンテナンスとなり、八月一日の午前零時から、ログイン可能な状態として、第二回イベントが開始される。
第二回アップデートの内容はスキルスロットの拡張、新規プレイヤー二千人の追加、《武闘家》を含む超近接職の需要上昇、《魔物飼育士》の追加、『召喚魔法』の需要上昇、装備強化の開放、装備進化の開放、上位武器『レンヴォルグ』の追加。そして新スキルの追加である。
今になって新職業を追加しやがって、と思う既存プレイヤーのための措置も取られている。転職システムはあるので《魔物飼育士》に転職したい場合は多少手続きが面倒になるが、スキルレベルなどを引き継げるようにするらしい。俺はなる気がないので別に良いのだが。
それよりも気になるのはスキルスロットの拡張と装備の強化と進化と上位武器と新スキルだ。もう十人いるので余程のことがなければ新たにプレイヤーを加入させることはない。
確かに現在装備の強化と言うのは存在しない。これは新たな強さを見出すチャンスになるだろう。進化と言うのも気になる。しかも新スキルの追加だと? 新たに加わる《魔物飼育士》のモノもあるだろうが《銃士》のモノもあるのではないかと期待してしまう。なければまた自分で考えるしかないが。
と言う様々な思いを抱えつつ、第二回イベントの日を迎える。
……とそこで気付いたのだが、一日空くのでそこで勉強会をすれば良かったのではないか。
俺は七月三十一日の午前一時頃、やっとそう思い至ったのだった。
俺は久し振りに現実のベッドで、紛れもない熟睡を果たした。




