渓流のキャンプ場
寝落ちしました、すみません
穏やかな渓流が流れ木漏れ日が差し込む爽やかで落ち着いた空間。
それが渚のビーチではないもう一つのイベントフィールド、渓流のキャンプ場であった。
「……おー」
クーアもモコモコパジャマ姿で目をキラキラさせている。確かに、綺麗で澄み渡るような空間だ。いるだけで心が癒されていくように思える。
折角なので川の水や石、木材や木の実などを採集して時間を潰す。
セルフィは澄んだ川に入って水浴びをしていた。……メカジキは淡水魚ではないのだが、そこまで細かいところまでは設定していないのだろう。クーアもモコモコ姿で川辺を歩いては珍しい形の石を拾ったり薬草を採集したりしていた。やはり生産の妖精なのだろう。水浴びもしたそうな顔をしていたが、モコモコを気に入ってくれているようで脱ごうとはしない。
バキバキバキッ……!
すると遠くから木々を薙ぎ倒してこちらへ向かってくるような音が聞こえた。……レイドボスか。
「……来たぞ」
俺はメンバーに告げて戦闘準備を促す。……《ラグナスフィア》である俺達七人と数人しかいない。これはマズいな。全部で十二人。レイドボスを相手にするには少しと言うか、かなり少ない人数だ。
「グオオオオォォォォォ!」
そして森の木々を薙ぎ倒してレイドボスが勢いよく飛び出してくる。……全身に緑の苔を生やした四速歩行のゴツい怪物。背中に大きなトゲがあり頭には大きく太い一対の角が生えている。尻尾は長く先にいく程に細くなっている。『鑑定』した結果、エンペラーバイソンと言う名前らしい。
「……おっきい」
クーアはエンペラーバイソンを見上げて言う。……全く、呑気なモノだ。
「……ユイから聞いている情報通りなら、相手は角のかち上げ攻撃と尻尾の薙ぎ払い、木属性の攻撃と突進をしてくるそうだ。どうせユイのことだから終盤に出してくるパワーアップは教えていない。充分に気をつけていこう」
俺は言ってクーアをウィネに預け、真っ先にボスへ突っ込んでいく。……まずは手始めに森の中にゴムのBB弾を放って一発攻撃してみるか。
「……レヴィ。『射線表示』の習得はまだだったな?」
「はい」
「……まずは木にゴムのBB弾を当てて跳ね返らせ、あいつに当ててみろ」
「はい、分かりました」
俺は突っ込みながらレヴィに言う。レヴィは両手でエアガンを構えるとボスの位置と木を見比べながら三発の弾を放つ。……俺にはレヴィの撃った弾の軌道が視えているのだが、あえてアドバイスはしない。その方がレヴィのためになると思ってのことだ。
「……『チャージ・ショット』を最大に溜めて『零距離射程』を叩き込む。それまで頼んだ」
俺は言って、しかし自分もボスにやはり突っ込んでいく。……ゴムのBB弾を当てるために時間を稼がなければならない。俺は五発をボスが今いる場所に向かうように放つ。それからマガジンを一発だけ成功したため一発だけある弾丸、『石工』のスキルレベルが四十となりMAXとなったため手に入れた上位スキル『鉄工』から作り出した鉄のBB弾だけが入ったマガジンに変える。
……イベントボス相手には使えなくなるが、レイドボスと違ってイベントボスには人数制限がある分少人数でもクリア出来る確立が高い。
因みに弾丸の攻撃力を並べるとこうなる。BB弾、1。石のBB弾、4。ゴムのBB弾、3。鉄のBB弾、13。
こうして見ると如何に鉄のBB弾の威力が高いかが分かる。……耐久値の関係でエアガン一つにつき一発ぐらいが良い。二発撃つと壊れる。一発ずつメンテナンスをすれば何とか保てるかもしれないが。
『チャージ・ショット』のレベルは今30なので【チャージLv1】は三十秒溜めると3倍になる。今ある一番長く溜められるアビリティが【チャージLv7】は百五秒溜めると4.8倍になる。チャージのレベルが上がっていく毎に上がる数値が0.1倍から0.3倍になったからこそのこの数値である。
つまり、(エアガンの攻撃力1+鉄のBB弾の攻撃力13)×【チャージLv7】の上昇数値4.8×『零距離射程』上昇される数値5=336の攻撃力となる。
これは石のBB弾六十七発分に相当する威力だ。しかし一分と四十五秒かかる上にもう一発しか撃てない。それにこの攻撃力は《銃士》にしては大きいのだが、正直言って他の職業ならアビリティ使用で十発ぐらいにしか相当しない。
だからユイに聞いた話の通りならこいつの弱点である胸の真ん中に埋め込まれていると言う小さな茶色い玉を狙って放つしかない。……だがその小さな玉とやらがある胸に潜り込むにはあの巨大な角と木属性魔法を潜り抜けなければならない。
そのためには相手の動きを観察し、どうやって迎撃してくるのか、どのモーションがどの攻撃に繋がっているのかを見極めなければならない。
「……リアナ、カタラ。攻撃を見極め、タイミングを見ることだ。受け流すにしろ反撃するにしろ防御するにしろ、そこから始まる」
俺はアドバイスにもなっていないようなアドバイスをしつつボスの正面に腰を落として構える二人に言い、二人の間を駆け抜ける。
「……」
俺はコッキングし、光をチャージしていく。……『チャージ・ショット』のアビリティは口に出すのではなく溜めた時間に合わせてアビリティが変わる。Lv1にも達していない状態だとポツポツと光を銃身に溜めていき、Lv1に達すると僅かに銃身が光を纏う。Lvが上がる毎に段々と銃身に纏う光が大きくなっていき、それ以上溜まらないようになると光が溜まらなくなるので分かりやすい。
「……口で言っても何だから、俺が手本を見せよう」
俺は言って、一直線に突っ込んでくる俺に対して頭を振り角で薙ぎ払おうとしてくるボスの角を、
「……【ガン・ナックル】」
光を溜めている最中のエアガンで殴りつけて、相殺した。……タイミングは、そうだな。自分の攻撃の最大点を相手の攻撃に直撃させる時、だろうか。
……しかし久し振りに使ったな、『銃殴術』。ボス戦では一度も使っていないのだが。
「……または」
俺は更に続ける。ボスは攻撃を相殺されて首を左右に振って調子を整え、今度は下から上へとかち上げてくる。
「……攻撃を避けて反撃する」
防御についてはアドバイス出来ないが、反撃についてはアドバイス出来る。俺は軽く後方にステップを踏み紙一重でかち上げを避けるとすぐに一歩踏み出して両目を銃口で攻撃した。
「グオオオォォォォォ!」
両目を潰されたボスは吼えて怯む。俺はその隙に駆け出して胸の中心に埋め込まれている茶色い玉を視界に入れると魔法に注意しながらも突っ込み跳躍して勢いをつけ、そのまま銃口で切りつけるように玉を攻撃する。
……確かに三本あるHPの内一本が半分まで減った。もちろんこの一撃だけではないが、かなりダメージを与えられたことには違いない。
「……」
するとボスは俺を押し潰そうとしたのか、軽く跳躍して四肢を横に伸ばす。……俺はすぐに下から抜け出し、何とかボディプレスを回避する。こんな攻撃をされるとは聞いていなかったのだが。
「【レオン・ナックル】!」
リアナがボディプレス後でゆっくり立ち上がろうとしているため隙だらけのボスの頭を右拳に獅子のオーラを纏わせてショートアッパーの要領で殴った。顎を上げられたボスを更に追撃する。
「【ライノス・ナックル】!」
今度は左拳に犀のオーラを纏わせて顎に拳を叩き込む。
「……【氷大剣】」
ティアーノがリアナの攻撃で怯んだボスに横から深海の長剣を携えて脇腹を斬りつける。水属性の武器だが、その水属性を凍らせて無理矢理氷属性を高めると言う荒業をやってのけているのがティアーノである。刃に大きな氷の刃を纏わせて斬りつけるのがこのアビリティだ。
「……【灼熱斬り】」
その反対側の脇腹にいるカタラがティアーノの一撃を受け悶絶するボスの反対側の脇腹に『鍛冶』に使う1000℃以上もの熱を纏った小太刀で斬りつける。『鍛冶刀技』と言うカタラオリジナルのスキルである。
俺は他数人の魔法をかわしながらずっとボスの近くをウロチョロしていた。ボスの魔法が執拗に俺を追ってきていたのでずっと動き続ける羽目になってしまったが、その分他のプレイヤーは動きやすかったと言えるだろう。特に木属性の弱点である炎を使うカタラが活躍していた。カタラの考えた『鍛冶刀技』はかなり威力の高いモノが多く、カタラを自由に出来たことは大きかったように思う。
俺が最初に放ったゴムのBB弾は五発中三発がボスに直撃した。……何分時間差が大きいからな。だが三発で充分にダメージを与えられた。
【チャージLv7】が溜まり切る頃にはボスのHPも半分を切っていて、遂にカイザーフィッシュと同じように身体を変色させていく。茶色へと変色していくのだ。……カイザーフィッシュと同じパターンだとすると、おそらくだが木属性ともう一つ、色から考えて土属性が追加されたのだろう。
「……レヴィ、ウィネ、セルフィ。援護を頼む」
俺は後衛三人に言いつつ正面からボスへと突っ込んでいく。すると俺の予想通り、地面を盛り上がらせ足場を悪くしていく。だがそんなことで〈蠍〉である俺の走行は止まらない。急に地面が隆起し陥没したところで、木が足を取ろうとしてきたところで、味方の援護がある俺の突進が止まるハズもない。
「……終わりだ」
俺は角を掻い潜って懐に潜り込むと、二本の腕を生やして比較的柔らかい胸元に鋏に変化させて突き立てる。そうして身体を固定してから茶色い玉に銃口をピッタリとつけ、『零距離射程』を放つ。
「グオオオオォォォォォォォォォォ!!!」
すると半分あったボスのHPが全て消し飛んだ。
「「「……」」」
俺も唖然としてしまい、倒れてくるボスの身体の下敷きに、光の粉となって散るまでの間だがなってしまいHPがレッドゾーンまで削られる。……俺だって一撃で倒せるとは思っていなかったのだ。それは唖然としてしまう。366×弱点でのいくつか、と言うダメージ計算だろうが、三倍でも千以上のダメージが与えられる。ボスのHPが二千ぐらいだとすればそれが妥当なのかもしれない。だがボスのHPが分からないので大体これくらいだろう、と言う推測しか出来ない訳だが。
バキッ、と言う音をさせてエアガンが壊れた。……一発では壊れないと言ったが、あれは耐久値がまっさらな状態での話であり、石のBB弾を何発か放っているため壊れたと言うことだ。
「……誰かHPを回復してくれ……」
俺はボスに押し潰された格好のまま周囲を見渡す。
「……リョウ、カッコつかない」
クノが呆れたように言って『暗器』と仕込んであるHP回復薬を投げつけてくれる。俺はそれを受け取りゴクゴクと飲み干す。するとHPが全快した。
「……カッコ悪くても良い。俺は俺のやりたいようにやっているだけだ」
俺はそう言ってスクッと立ち上がる。……危なかった。もし倒せていなかったら一瞬でHPが消し飛ばされて、死に戻りを経験することになっていたかもしれない。
「……では行くとしよう」
俺はチケットを手に入れた俺達を迎えに来た巨大な陸亀を見て言い、海亀と同じように口から中へ入っていく。……もう一つのイベントダンジョン、天空城マチュピチュとはどのようなモノなのだろうか。
俺の心は少しウキウキしていた。




