(16)帰還
アルファ型“ファントム”二機とベータ型“ファントム”一機による三×三ローテーションは、サダムの思いつきをもとに、シロが運用プログラムを完成させた。
攻撃や補給のタイミング、ユウナギ号との連携など、実に細かな調整と想定パターンがあり、もっぱら苦労したのはシロである。
三時間に渡る戦闘中も、常に“ファントム”の微調整を行っていたのはシロで、サダムは艦長席でぼんやりしていた。
さらには、
「艦長は、ここから動かないでくださいね」
最後のあがきでガラムが突っ込んできた時、シロは微笑を浮かべながら艦橋を出て行った。
戻ってきたのは、四十分後である。
「おう、お疲れ――」
出迎えたサダムは驚いた。
シロが血まみれになっていたからである。
「おい、シロ……」
「返り血です。問題ありません」
ガラム隊はサダムを拘束しようと、白兵戦部隊を送り込んできたらしい。
それをシロが撃退した。
さらには、“鼻”を通って巡航艦ザーバルに殴り込みをかけたのだという。
「降伏勧告をしたのですが、抵抗されましたので返り討ちにしました」
口をわずかに開け、舌を覗かせる。
短く荒い息遣い。
「みな殺し、ですっ」
顔が紅潮し、琥珀色の瞳を輝かせながら見つめてくる。
よくよく観察すると、尻尾が揺れていた。
これは、褒めて欲しいのだろうか。
凄惨さと可愛らしさが同居した、なんともアンバランスな姿である。
しかしそれは、正しい在り方ともいえた。
主に忠義を尽くすというシロの行動原理の根幹を占める部分は、どこかの技術者がプログラムしたものだ。
もし自分にも記憶や祖国愛とやらが植えつけられていたならば、悩むことなく、シロのように真っ直ぐ行動することができるのだろうか。
サダムは艦長席を飛び降りると、
「よくやった」
ちょうどよい位置にあるシロの頭を、くしゃりと撫でた。
「い、いえ」
シロの表情がきりりと引き締まる。
「私は副官ですので、艦長をお守りするのは当然のことです。礼には及びません」
しかし、尻尾は嘘をつけない。
千切れんばかりにぶんぶん振り回されている。
「あ~あ、せっかくのきれいな毛並みが台無しだな。お風呂入ってこいよ。もう危険はないんだろ?」
「はい。それでは失礼いたします」
シロが艦橋から出て行った後、廊下の方からかすかに「やったぁ!」と歓喜の叫び声が聞こえたのは、気のせいではないだろう。
これはご褒美を与えねばなるまいと、サダムは考えた。
シロが風呂から上がったら、取り寄せたばかりの最高級ブラッシングセットを試してみよう。
恥ずかしがるだろうから、拝み倒してでも……。
「しっかし、シロって強かったんだな」
人間と機械のよいとこどりの存在というのが、バイオロイドに関するサダムの認識だった。
電脳制御にもアクセスできるし、記憶力も演算能力も高い。AIスキルさえあれば、訓練などしなくてもその道のプロになれる。
しかも、強くて可愛らしい。
元副官のロボフクにしろGRDCのマイケルにしろ、それと知らなければ、有機生命体として錯覚しような存在である。
もしこのようなものが量産できるのであれば、人間など必要ないのではないかとすら思えてくる。
ユウナギ号の船腹にある倉庫には大穴が開いたため、しばらく立ち入り禁止となった。
また巡航艦ザーバルには、シロが奴隷銛を打ち込んだという。
これは主を失った艦の電脳制御を初期化する道具らしい。
「拿捕した巡航艦ザーバルを、本艦の奴隷船として登録します。艦船名を変更なさいますか?」
「かなり足の速い船だったな。最後の特攻とか、びっくりしたし。ここは敬意を表して」
トンシ丸。
それは最近はまっている古のボードゲーム、ショーギで、“死を賭した果敢なる手”を意味する言葉だった、はず。
そんな気がする。
別の意味だったかもしれないが、問題はないだろう。
「ふぅ」
なかなかよい名前だぜと、サダムは自画自賛した。
「巡航艦ザーバルの艦船名を、トンシ丸に変更しました。電脳制御のノードを書き換え、指揮系統を駆逐艦ユウナギ号の下位に位置づけます」
「無人なのに動くのか?」
「はい。私がコントロールしますので」
シロはさらりと言ってのけた。
その後、ヒューマル軍の人事局より専用WD通信が入り、大量の戦果値と報酬が入った。
艦橋内に景気のよいファンファーレが鳴り響く。サダムは大佐から准将に、そしてシロは中尉から二階級特進して、少佐に昇進した。
ちなみに今回サダムが与えられたのは、起死回生勲章だ。
「また、このおっさんか」
まだ見ぬ人事局長、コジロー・キサラギ大将に対するサダムのイメージは、勲章を配って回る髭面のおっさんになっている。
巨人討伐勲章、一擲乾坤勲章、起死回生勲章と、立て続けに三つの勲章を手に入れたわけだが、重いだけでなんの役にも立たない。セットでマイケルに売りつければ、百万クレジットくらいにはなるかもしれないが。
今回は、さらなる追加報告があった。
「か、艦長。これはGRネットワーク経由で届いた非公式情報なのですが」
昇進や勲章を得た時以上に、シロは興奮しているようだ。
「今年の銀河英雄名簿の登録候補者に、艦長が推薦されたようです。おめでとうございます!」
「へー」
報告を受けたサダムは、まったく感銘を受けなかった。
「それってめでたいの?」
「はい、もちろんです!」
シロの説明によると、銀河英雄名簿とは、種族に関係なく偉大なことを成し遂げた英雄たちの名簿であり、そこに登録されることは、軍人として生涯をかけての目標になるのだという。
戦果値やクレジットは入らないが、とても名誉なことらしい。
「ヒューマル軍に所属している軍人の中で、銀河英雄名簿に登録されているのは、マサムネ・キサラギ大佐のみです」
ちなみに、名前も知らないヒューマル軍最高司令官は、登録されていないようだ。
なんだか面倒くさそうだなとサダムは思った。
「金も入らないなら、辞退しよっかな」
「銀河英雄名簿の管理は、GRDCの外郭団体である、銀河七種族英傑委員会が行なっています。本人の意思とは関係なく登録されて、脱退することもできません」
「タチのわるい組織だな!」
また、年に一度、リストに登録されている現役、退役軍人たちが一堂に会する“英雄会”なる懇談会も開かれるらしい。
もしライオカンプのおっさんが登録されていたら欠席しようと、サダムは心に決めた。
「艦長。公宙領域に入りました!」
ガラム隊との戦闘後、初めてのワープで、駆逐艦ユウナギ号は公宙領域へとたどり着いた。
悪夢のランダム・ワープから二十五日目のことである。
奇跡を起こした英雄のようにシロが見つめている少年は、トレーナーの上下に半纏を身につけており、相変わらず威厳の欠片もない。しかも最近はVRゲームの徹夜続きで、げっそりとやつれていた。
「ヒューマル族の領域まで、約ひと月半の航海です」
遥かな道のりであるが、公宙領域は銀河にたなびく渦の隙間である。
恒星もなければ障害物もない。
占領する価値すらない領域であり、敵味方、あるいは民間の宇宙船を問わず、遭遇する確率は低い。
「ふわぁ」
腹をかきながら、サダムはだらしなく欠伸をする。
「とりあえず、どこに向かってるんだっけ?」
「ツバキ星系内にあるヒューマル軍の前線基地、軍事要塞マスラオです。もともと、チュートリアルにおける最終目的地でしたから」
「お偉いさんがいっぱいいるんだろうな。会いたくないなぁ」
何しろロボフクから不分子扱いを受けた身である。どこからボロが出るか分からない。
ごねるサダムを、シロが励ました。
「だいじょうぶです。艦長の実績は、他のどんな新任艦長にも負けませんから。それに、もし意地悪をする上官がいたら、私が成敗します!」
「いや、ダメだろ」
その後、駆逐艦ユウナギ号は、これまでが嘘のような順調な航海を続けて、軍事要塞マスラオへとたどり着いた。




