二十二.
「フン、バカね。もっとその力を活かす道があったでしょうに」
朝日が鼻を鳴らす。
その言葉に哀しげに笑いながら、香取は再び空を見上げた。
「バカだと思いますよ。でも、何か変えたかったんですよ。この灰色の現実を」
「――なら、変えてやろう」
その言葉に、香取は三笠を見た。
三笠はちらっと、退屈そうな顔で腕組みをしている朝日に視線を向ける。
「姉さん。結界はアマツキツネに通用するか?」
「は? あぁ、そうね……さすがに完全に封殺は出来ないでしょうけど、強力な結界があれば奴が放ってる霊気の激流を緩和するくらいはできるはずよ」
「結界楼の結界だけでいけるか?」
「あれは意外とムラがあるのよ。皇居や都庁なんかは重点的に護られてるけど、他は……」
「頼みがある。できるか?」
簡潔な三笠の言葉に、朝日は一瞬眉をひそめた。
しかしすぐに、凶悪な笑みが唇に浮かぶ。
「結界の強化? まぁできるっちゃできるけど――一人、助手が欲しい」
「よし、ならばここにいる香取を使え。手先の器用さと、あらゆる状況に満遍なく対応できる柔軟性なら霊軍随一だ」
「はぁ!? 何で、勝手に――!」
「お前は以前、『いてもいなくても同じ』と言ったな」
突然のことに目を剥く香取の元に歩み寄ると、三笠はその肩を掴んだ。
香取は目を見開いた。
「それは……!」
「だからお前に、ここにいる意味を与える。今からお前は、我々とともにこの神州皇国の命運を握ることになるんだ」
「いきなりそんなこと言われてもできませんって! あたしは先輩と違うし!」
「そうだ、お前は私と違う」
三笠はやや強引に香取の肩を引き寄せた。
息を呑む彼女の耳元に、低い声で言い聞かせる。
「今、私が必要としているのは――香取、お前だ。他の誰でもない、お前なんだ」
「……ッ!」
「お前は私の後を追う必要はない。『三笠』の代わりがいないように、『香取』の代わりもいないんだ。だから、お前はお前を示せば良い」
「……あたしを、示す?」
惚けたような顔で香取は繰り返す。
その言葉に三笠は力強くうなずき、香取から離れた。
「私はこれから一仕事ある。――頼んだぞ。姉さん、香取」
「任せな。――さ、シャキっとして! 今から多重結界を展開するわよ」
バキリと片手の骨を鳴らし、朝日が香取に声をかけた。
香取は何度か深呼吸を繰り返ずと、落ち着きのない様子で両手の指を絡めた。
しかし、その目には以前よりも強い光が宿っていた。
「……やれるだけ、やってみますわ」
「ああ、やってみろ」
三笠はふっと微笑み、香取の肩を軽く叩いた。
そして、不機嫌そうに腕組みをしているスワロフに声をかける。
「行こう、スワロフ」
「フン……そうね。早く、この茶番を終わらせましょう」
スワロフは鼻を慣らすと、腕を解いた。
二人はきびすを返し、決然とした足取りで鉄塔へと歩き出した。




