二十一.
その鉄塔は、帝都の中心にある。
皇国電波塔――赤い鉄骨がレース細工のように組み合わさり、鋭い塔の形をなしている。
曇天を貫くようにそびえるその鉄塔の足下に、一台の自動車が悲鳴のようなブレーキの音を立てて停まった。
三笠はドアを開くと、険しい顔で皇国電波塔を見上げる。
「ここ、だな……」
「フン。見れば見るほどエッフェル塔のまがい物ね」
「ふざけんな。次まがい物とか言ったらただじゃおかないわよ」
ギャンギャンと言い争いつつ。スワロフと朝日も車を降りた。
三笠は苦笑しつつ、運転席に視線を向けた。
「まさかお前が来てくれるとはな――香取」
返答はない。無造作にドアを閉め、運転手は――香取は、じっと三笠を見つめた。
三笠はその目を見据え、静かに語りかける。
「鳳仙花から我々を救ったのは、お前だな?」
「それは……」
「お前の力は、確か電磁操作だったな。そして、あれほど小さな針を壊さずに打ち出すほどの精密制御。お前しかありえない」
「……その、なんというか」
香取は眉を寄せると、三笠の目から視線をそらした。
そこにスワロフが食らいつく。
「それよりキサマ、状況がわかっているの? キサマの上司がとんでもない事をしでかそうとしている。今まで一体どこで何をしていた?」
「おい、スワロフ。そんな問い詰めなくとも――」
「キサマも薄々感づいているでしょう、三笠」
スワロフは香取を睨む。
射殺すようなまなざしに対し、香取は疲れたように首を振った。
「……あんまり時間がないんでしょ? あたしなんか放っておいて、早く行った方が良いと思いますよ。あのバカは、最上階にいるはずです」
「キサマ……」
「――なるほどね。河内の奴、霊軍に所属してるくせにどうやってあんだけ好き勝手行動してんだろうと常々思ってたけど」
朝日が軽く顎を反らし、どことなく憐れむような目で香取を見た。
「あんたも絡んでたの、香取」
「……絡んでた、といって良いのか怪しいとこですけどね」
香取は車に軽くもたれかかり、深々とため息をついた。
そして力なく、青い光のたなびく空を見上げる。
「栄光のないものに栄光を……そういう話でしたよ、たしか。マキナになり、あらゆる労苦を受けつつも日の目を見なかった者達に、太陽を見せてやるんだと」
「……キサマは、具体的に何をやった?」
「雑用ばっかりですよ。口裏合わせと、蛮魔の剣についての情報収集、結界楼の確認……あとは、朝日先輩の作った機巧妖魔の調整」
香取は淡々とした口調で語る。
その言葉を聞き、三笠はちらりと朝日に視線を向けた。
「……鳳仙花は、姉さんが?」
「そっ。連中があたしを頼った理由ね。ただあたしは内側から連中を崩すことが目的だったし、金と資材をバカ食いしてあんなガラクタ作ってやったけど」
朝日は不機嫌そうな顔で、「結界も展開できない機巧妖魔なんて」と呟いた。
三笠は香取に視線を戻すと、静かにたずねた。
「昨夜、お前があの場にいた理由は?」
「……おおかた、予想がついてるでしょ。あんた方を殺せ、って言われてたんです」
「キサマ……ッ!」
「スワロフ!」
三笠はとっさにスワロフの腕を掴んだ。
瞳を青く輝かせたスワロフが、射殺すようなまなざしで三笠を睨む。
「コイツは敵よ! ワタシ達を利用し、さらに殺そうとした! 何故――!」
「頼む。――静かにしていてくれないか」
重く、張り詰めた声音だった。
赤い瞳を細め、三笠は唇に人差し指を当てる。
気圧されたスワロフがぐっと言葉を飲み込んだ。顔を紅潮させた彼女は不服そうに三笠を睨み、きつく歯を噛みしめながら背を向ける。
三笠はその手を離すと、香取に向き直った。
「一つだけ聞きたい。河内の仲間になって、お前は満たされたか?」
「……まさか」
香取は唇を歪め、疲れ切ったような笑みを浮かべた。
「どいつもこいつも、あたしより後期型。性能が落ちるあたしはいつも雑用係で……霊軍にいた時と、なんにも変わりませんでしたよ」




