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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
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二十.

 静かな、しかし重みのあるその言葉が紡がれた瞬間――場の空気が、大きく揺れた。

 ほぼ同時に、敷島と八島が地を蹴る。

「っしゃあ! ブッちぎるぜ!」

「チェストォオオオ―――ッ!」

 咆哮を闇に轟かせつつ、二人の姿は一気に裏路地の闇に飲み込まれた。しかし直後、無数の妖魔の悲鳴がかすかに聞こえた。

 初瀬は小さくため息をつきながら、ぱんっと手を叩いた。

「おいで、私の可愛い子」

 初瀬の足下で影が渦を巻いた。墨を流したように路面に広がったそれから、大鎌のような鉤爪を備えた獣の腕が伸びてくる。

 むっとした水の香りとともに、先ほど見た化物じみた黒犬がのそりと現われた。

 初瀬はその鼻面をそっと撫でながら、三笠を見た。

「ねぇ三笠。可愛い姉からのおねだり、聞いてくれる?」

「無茶をするな、という要望は聞けないな。無茶をしないと倒せん相手だ」

 三笠はやや苦笑して首を振る。

 その言葉に呆れたようにため息をつき、初瀬は左目の眼帯を押さえた。

「ほんと、いけない子。大怪我したら怒るから――さぁ、駆けなさい」

 初瀬はひらりと身を翻し、黒犬の背に飛び乗った。その瞬間、黒犬は断末魔の絶叫を思わせる恐ろしい咆哮を上げ、敷島達の行った方向に向かって駆け出す。

 スワロフが三笠にちらっと視線を向けた。

「それで、これからどうする?」

「ともかく走ろう。全力で皇国電波塔に向かう」

「待ちな。背に腹は変えられないわ、ここは一つ手頃な自動車を襲っ――」

 甲高いブレーキの音が辺りに響き渡った。

 ライトの光が闇を裂き、黒塗りの自動車が一台曲がり角から現われた。それは派手に横滑りしつつ、三笠達の前に止まる。

 朝日は一瞬口をつぐんだが、すぐにバキッと片手の骨を鳴らした。

「……ちょうどいいわ。こいつをキープしましょう」

「ま、待て姉さん!」

「そもそもこの車は一体――」

 スワロフがいぶかしげな顔で、自動車に慎重に近づいた。しかし運転席のドアが開くと、一気に後退してサーベルに手を伸ばす。

 現われた運転手に、三笠は大きく目を見開く。

「お前…・…」

 しかしすぐに、その表情は引き締まった。

「……乗せてくれるな?」


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