十八.
「――キサマなら、できるのではないの?」
三笠は視線を地上に降ろし、じっとスワロフを見つめた。
青い瞳が、鋭く三笠を射る。
「キサマなら――できるでしょう?」
「……ん」
三笠は視線をそらすと、腰に差した刀を半ばほど抜いた。
しんしんと輝く刀身をじっと見つめ、自分に出来るだろうかと問いかける。
「……できるかは、わからない。だが――」
「だが?」
スワロフの静かな声に、三笠は顔を上げた。
「救いを求める者がいるなら救わねばならない」
「実際、帝都は救いを求めてるわ」
朝日がそういった瞬間――空気が急によどんだ。
「ッ――!」
強い耳鳴りを感じ、三笠は思わず片耳を押さえる。
直後、甲高い奇声が頭上で響いた。はっとして頭上を見上げると、巨大な大烏も似た影がビルディングの谷間を滑るように飛行していった。
さらにあちこちから咆哮と――人間の悲鳴が聞こえる。
「……霊気の乱れの影響で、低級の妖魔が発生してきてる。アマツキツネだけじゃなく、そいつらもどうにかしないと――」
両耳から手を離し、朝日が親指の爪を噛む。
すると、唯一耳を抑えていなかった初瀬が軽く両手を合わせた。
「なら、わたしと八島が湧き出す妖魔を処理するわ」
「……雑魚の始末か」
八島は不機嫌そうに眉を寄せる。
初瀬はくすりと笑い、八島の腕にするりと自分の腕を絡ませた。
「あら。不満? 大事な仕事だけれど」
「む……それは……」
「ふまん?」
「い……いや、それは……ない」
甘えた声でたずねる初瀬に、八島はぶるぶると首を振った。
その時、朝日が小さく舌打ちした。
「チッ……やっぱりか。まぁ上空の霊獣にまで影響を及ぼすくらいだから、想像は出来てたけれど――河内の場所、概ね特定できたと思うわ」
「でかした! さすがおれの妹!」
「妹じゃないって言ってんでしょうが! 姉貴面すんな!」
「それで、河内の奴はどこにいるんだ?」
朝日の抗議を無視して、敷島は勢い込んでたずねる。
すると、朝日は小さくため息をついた。
「皇国電波塔……」
「何……?」
息を呑む三笠に対し、朝日はラジオベルを見せた。
「後輩にデータを送らせた。見て、この地図……皇国電波塔の辺り一体の霊気が特に乱れてる。万魔の剣はここにあるとみて間違いない」
「つまり河内も……」
「そっ。多分そこにいる。おおかたあのバカでかい鉄塔の最上階にいるんでしょうねぇ……」
三笠の声に、朝日は重々しくうなずいた。
「ならとっとと移動しなさい! こんなところでぐずぐずしている暇はないッ!」
スワロフは走り出したものの、途中で立ち止まった。
振り返った彼女は唇を歪め、辺りを見回す。
「……電波塔って、どこよ」
「都心近くだが、ここから徒歩だと相当時間がかかる。――だがそんなことを言っている場合じゃない。行かねばならない」
マキナは皇国の刃――呪詛の如く繰り返されてきた松島の言葉が、三笠の耳に蘇る。
心などいらない。迷いなく振り下ろされるべき、と。
まだ、自分の中に迷いがないとは言い切れないが――。
「電波塔には私が行こう」
「三笠……」
初瀬が三笠を見上げた。
驚きのにじむその視線を受け止めつつ、三笠は言い切った。
「私が、河内を止める」
「……しかし、貴殿にできるのか?」
八島が低い声でたずねる。
三笠が目を向けると、腕組みをした八島は顎を上げる。
「ぬるくなった貴殿に――あの弩級マキナを斬れるとは、この八島には到底思えん」
「……さてな」
不遜な視線を真っ向から受け、三笠は微かに笑った。




