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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
五.振りさけみれば
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十六.

 敷島は大きく肩を上下させつつ、ぎろっと彼女を見上げる。

「はぁ、おれ見た途端に逃げやがって……はぁ! それより聞け! アレクサンドルが意識を取り戻してな、とんでもねぇ事抜かしやがった」

「サーシャが、意識を?」

 スワロフは青い瞳をやや見張り、敷島に問い返す。

 敷島はふっと息を吐くと、体勢を直した。

「おう。過労の影響で人外細胞の働きが弱ってただけでな、知り合いが処置したらすぐに回復したよ。そんで――河内の事、なんだが」

「その辺りの事情はまるっと知ってるわ、おばかさん」

 朝日が肩をすくめる。

 敷島はぎょっとしたように目を見開き、たった今気づいた様子で朝日を振り返った。

「お、おま……朝日か?」

「それ以外の誰に見えるわけ?」

 つんと顎をそらす朝日に対し、敷島の顔がカッと赤くなった。

「お、お前! どこで何してやがった! 超心配したんだぞ」

「うっさいわね、あたしが何やろうとあたしの勝手じゃない」

 朝日はぶすっとした顔でそっぽを向く。

「朝日姉さん、さすがに……」

 さすがに言い過ぎではなかろうか。朝日をたしなめようと、三笠は口を開く。

 しかし初瀬がそれを手で制した。

「そっとしておきなさい」

「だが……」

 三笠が見下ろすと、初瀬は小さく肩をすくめる。

 その間も、敷島と朝日はがみがみと言い合っていた。

「――いちいち首を突っ込まないで! こっちだって考えてやってるの!」

「うっせー! なんでも自分で背負い込みやがって! たまにはおれを頼れってんだ!」

 最終的に取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 乱闘をよそに、初瀬が何歩か前に進む。

「――この霊気の乱れは、前から話に出ていた万魔の剣の影響ね。河内が剣の力を使って、何か大きな妖魔を呼び出そうとしているみたいね」

「だが今は【大襲来】後だ。そんな巨大な妖魔を呼べるはずがない」

 八島が訝しげな顔で空を見上げる。

【大襲来】の後は地上の霊気が安定し、強大な力を持つ妖魔は現れなくなる。それは数多の史書や史跡が語る、自然の仕組みだったはず。

「いいえ、八島。それは普通の時の話よ。……朝日姉は、わかるでしょう?」

「――チッ、まったく……」

 初瀬が水を向けると、敷島と掴み合っていた朝日は小さく舌打ちをする。

 朝日は敷島の手を振り払い、空を見上げた。

「……【大襲来】後は小粒の妖魔しか出なくなる。それは間違いなく正解」

「なら、アイツが万魔の剣とかいうもんを使ったところで――」

「けれども!」

 敷島の言葉をかき消し、朝日は声を張り上げた。

「けれども今は――六十年目の今は、その前提が崩れ去る」

「ろく、じゅうねん……?」

 その言葉を聞いた瞬間、脳内で歯車が噛み合った。

 しかし三笠がその名を口にするより早く、八島が低い声で唸るように言った。

「アマツキツネ……!」

「ご名答! 今宵はあのバカでかい霊獣が最接近する夜! 奴は今晩零時までにこの星の土手っ腹をかすめてく! サイッコーだわ! なんてクソッタレな日!」

 朝日は髪をかきむしり、ブーツのヒールで地面をかんかんと叩いた。


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