八.
「朝日姉さん……?」
名を呼びつつ、古ぼけた木の扉を押し開けた。こじんまりとした空間だった。うっすらと埃を被った座席が数列に渡って並んでいる。
「……本当に小さな劇場ね」
背後のスワロフの言葉を聞きつつ、三笠はその場に留まったまま辺りを見回した。
その時――こん、と小さな音が聞こえた。
「ッ……姉さん?」
三笠は思わず一歩踏み出し、朝日を呼ぶ。
しかし音はそれから一切聞こえず、劇場はしんと静まりかえっていた。
「どうしたの?」
「今、何か音がしなかったか?」
スワロフも三笠の隣に並び、じっと耳を澄ませた。だが、渋い顔で首を振る。
「何も聞こえない……キサマの勘違いじゃないの?」
「そんなはずは――」
「舞台の方から聞こえたんじゃない? ほら、あっち」
後から現れた河内が前方を指さした。前方には黒い幕が垂れ下がり、向こう側にひっそりと舞台がある事がわかる。
三笠が視線を向けると、河内は緊張した面持ちでうなずいた。
「間違いなく朝日さんはここにいるよ。……多分、きっと」
「……わかった」
どんどん自信を失っていく河内を手で制しつつ、三笠は歩き出した。その後からスワロフも険しい表情で続いた。
三笠は脇に小さな階段を見つけると、それをぎしぎしと軋ませながら舞台に上がった。
「姉さん、いるか?」
重い幕をどけると、かび臭い薄闇が目の前にあった。
「ひどい場所ね……」
「私は舞台裏見てくるよ。二人はそっちをお願い!」
「へまをするんじゃないわよ!」
バタバタと慌ただしく駆けていく河内に、スワロフが鋭い声で釘を刺した。
「朝日姉さん?」
三笠は舞台上に進み、放置されたままの大道具の類いの陰を見て回った。
「いない、な」
「あの軟弱マキナ、偽情報を掴まされたんじゃないかしら?」
きつく眉間に皺を刻んだスワロフが河内の去った方を睨む。
ギシリ。何かが軋むような音がした。
「……何、今の音?」
「足下から聞こえた……どこだ? 朝日姉さんなのか?」
三笠は舞台に膝をつくと、床に触れた。
スワロフも近づいてきて、険しい顔で三笠の様子を見下ろした。
「暗くてはっきり見えないわね……どう?」
「……溝があるな。なんだこれは」
三笠は眉をひそめ、床板に刻まれた僅かな溝を指でたどった。
「なんなの、一体?」
スワロフも地面に膝立ちになり、床に触れた。
その時――重々しい金属音が響いた。同時に三笠の掌から、床板の感触が消失する。
「なっ――!?」
「きゃあ――!」
退避する間もなく、二人は突如舞台に現れた穴に墜落する。
再び金属音。その後には静寂だけが残った。




