七.
その場所は昼間でも薄暗かった。
三笠達は消えたネオンサインの群れを潜り抜け、狭い下宿屋が並ぶ通りを歩いていた。ボロを着た男がふらつきながら歩き、道端には薄汚れた物乞いがうずくまっている。
あちこちから注がれる無遠慮な視線に、前を歩く河内が身をすくめた。
「うっ……軍服脱いでくるんだった」
「変に反応するんじゃない。堂々としていろ」
「そうよ。軍人なら睨み返すくらいの心意気でいなさい」
物色するような視線を尽く無視して、三笠はきびきびと進む。隣では、スワロフがまるで女王のように超然とした面持ちで歩いていた。
河内が唇をへの字にして、スワロフを見た。
「そりゃ、先輩達は良いけどさ……というか、お姉さん誰なの? 先輩の知り合い?」
「ワタシは――」
「留学生のエカチェリーナだ。主に軍事の研究をしているらしい」
「えか……なんか舌噛みそうな名前だね」
河内は特に気にする様子もなく、「えかてりな」と難しい顔で繰り返す。
スワロフが唇を噛み、三笠をぎろりと睨んだ。
「……キサマ、適当なことを」
「あながち間違いでもないだろう」
三笠は前を向いたまま、涼しい顔で肩をすくめた。
やがて三人は小さな劇場に行き着いた。
「……ここ、か? 劇場のようだが」
三笠は眉をひそめ、色あせた看板を見上げた。柱や壁には無数に亀裂が走り、今にも崩れてしまいそうな佇まいだ。
「そう、色々調べたらここに行き着いたの。【大襲来】前に建てられたんだって」
河内の言葉を聞きながら、三笠はガラス扉を押して中に入る。カビのにおいが鼻をついた。
「……こんな所に、朝日とやらが本当にいるの?」
後から入ってきたスワロフが顔をしかめる。
三笠は玄関ホールの中央に立つと、周囲を見回した。
貧困者の仮住まいだったのか、ホールの隅には無数のごみが捨てられている。装飾品の類いはほとんどが剥ぎ取られ、無残な有様だった。奥には大きな扉がある。
「……誰もいない」
「そりゃ当然よ。こんなにひどい場所、誰が入るというの?」
三笠は答えず、なんとも言えない表情でホールを歩き回った。手近に落ちていた新聞を拾い上げて確認してみると、ほとんどが一年前のものだった。
スワロフが訝しげに首をかしげた。
「三笠?」
「……何か、おかしい。この空間全体に違和感がある」
三笠は膝をつき、大理石の床に触れる。指先に埃は付かなかった。
「違和感? 私には、わからないけど……それより、朝日さん探さないの?」
河内がスワロフの背後から怖々といった様子で顔を出す。
三笠は立ち上がると足音を潜めてホールを横切り、奥の扉にそっと手をかけた。




