三.
「磁力を使った銃? この国にはそんなモノがあるの?」
「私の記憶では無い。――が、そんな能力を持つマキナは一人心当たりがある」
「それは誰?」
スワロフが身を乗り出し、鋭く問いかけてくる。
三笠は無数の釘をぶらさげた鉄針を見つめると、ゆっくりと首を振った。
「……今は言わないでおく」
「何故?」
「曖昧な情報に振り回されて、より事態が混乱しては困るからな。それに私が知らないマキナがこの針を使った可能性もある」
「……慎重すぎるわ」
「状況が状況だ」
三笠は渋い表情のまま、鉄針と釘を片付ける。スワロフは不服そうに鼻を鳴らしたが、なにも言わずに盃を煽った。
そのまま二人はしばらく無言で、ちびちびと酒に口をつけた。
三笠が再び口を開いたのは、小さな酒瓶の中身が半分ほどになった頃だった。
「……ボーリグラート、の話だが」
「語らないんじゃなかったの?」
盃を一息で空にして、スワロフは訝しげな視線を向けてきた。ほんのりと頬が赤いが、そのまなざしはまだしっかりしている。
対する三笠は、もうだいぶ酔いが回っていた。
ランプの光に照らされた部屋の風景が、酔いのせいでくらくらと揺れて見える。
「……気が、変わった。私も、お前の事情に足を踏み入れたから」
「フン、律儀な事ね」
スワロフは鼻を鳴らすと酒瓶を引き寄せ、自分の盃に酒を注いだ。
三笠はまぶたを閉じ、首をこくりと傾かせた。
「……三年前の二月。私はボーリグラート救援のため、アリョールに向かった。第二次軍だったかな。川が凍り付いていて、進むのに苦労した」
「……あの頃のアリョールは、地獄だったでしょう?」
「あぁ……革命派と、妖魔とが国土を蹂躙していた。先にボーリグラートに向かっていた私の恩師も、革命派に……」
「殺されてしまったの?」
「私が殺した。妖魔に変異する前に……私がとどめを刺した」
三笠は顔を上げた。盃に残った酒が、ランプの火に微かに煌めいていた。
「……そう」
「その後も私は進軍を続けた。だが町に到達する前に……撤退命令が出た。先行していた部隊が妖魔によって壊滅し、さらに革命派の追撃にあってな」
「その部隊は、どうなったの?」
「……玉砕した。何一つ、救えやしなかったよ」
コレ以上ノ進軍ハ不可――総員玉砕ス――御国ニ幸多カラン事ヲ――ノイズ混じりのあの音声は、まるで呪詛のように耳にこびりついている。
不意に顔に温かな感触を感じ、三笠は目を開けた。
「ん、スワロフ……?」
「それが全て、なのね」
スワロフは三笠の頬に触れつつ、わずかに身を乗り出して問いかけた。
「あぁ……これが、全てだ」
「そう」
スワロフはうなずき、目を伏せた。
「……キサマの事は、気に食わない」
「そうか」
「ただ、キサマが我が祖国を救おうとしてくれた事は……嬉しく感じるわ」
「……だが、私は救えなかった」
「それでもよ、それでもキサマは戦った。――ありがとう、三笠」
スワロフの指先が頬から離れ、卓上に置かれた三笠の手の上に重ねられた。
三笠は首を振り、うつむいた。
「……私は、そんな……感謝など……」
「失礼なヤツね」
スワロフは眉を吊り上げると反対側の手を伸ばし、三笠の顎を掴んだ。
「痛っ、おい……!」
強引に顔を引き寄せられ、首に痛みが走る。
呻く三笠に対し、スワロフは鋭い口調で言った。
「宿敵が感謝しているのよ。――しっかりとワタシを見なさい」
「まったく……」
三笠は仕方なく、スワロフを見る。




