三十四.
「終わった、の?」
「……そのようだ」
三笠はやや眉を寄せ、振り返る。
雑木林の闇は深く、マキナの鋭い視覚を持ってしても見通すことは難しい。じっと目をこらしている三笠に、スワロフが低い声でたずねた。
「……今の、アナタが?」
「私じゃない」
「なら誰が――ッ、サーシャ!」
スワロフが血相を変え、倒れたままのアレクサンドルの元へと駆け寄った。三笠もまた、渋い表情で彼女の後に続く。
スワロフはおずおずと手を伸ばし、アレクサンドルの青ざめた顔に触れた。
「サーシャ……?」
「……生きてますよ。ご心配なく」
アレクサンドルは目を開け、じろりとスワロフの顔を見上げた。
「バ、バカな事を! どうしてワタシを庇ったの!」
「……上官の補佐は部下の勤め。それに貴女は一応、私の妹という扱いですから」
「あっ……そ、そんな……」
目を見開き、スワロフは口元を押さえる。
アレクサンドルは目を閉じると、深く呼吸を繰り返した。
「そうね……こんな体じゃ、神州掌握なんて無理ですね。やめるとしましょう……」
「そ、そうよ! そんなバカな事やめなさい!」
「……耳元で怒鳴らない」
「うっ……!」
スワロフは頬を真っ赤にして黙り込んだ。
アレクサンドルはゆっくりと目を開け、スワロフの側に立つ三笠を見上げた。
「……貴女には、まだ色々と思う事があります」
「それは仕方がない事だ」
「えぇ……整理するのは……難しいでしょう。ただ――どうか、この子のこと、お願いします。貴女に任せた方が……良いみたい」
祈るように、アレクサンドルは目を伏せた。
スワロフはふいっと視線をそらすのをよそに、三笠は目を細める。
「そう、かな?」
「えぇ……貴女はスワロフと似ていて……彼女にも似ているから」
「彼女、とは?」
三笠は首をひねった。
アレクサンドルは大きく呼吸を繰り返しながら、小さくうなずいた。
「そう……思えば彼女も、私が過去を捨てられないことを見抜いていた……貴女と同じ、人の奥底を見抜く人……」
「サーシャ、もう休みなさい。あんまり喋っていると傷に障るわ」
「彼女……名前は……」
スワロフの静止をよそに、アレクサンドルはうわごとのように呟く。
「……そう……我が主の……えぇ、そうよ……」
「サーシャ、ねぇ」
スワロフは痛々しそうに顔を歪めつつ、アレクサンドルの目元に手を置く。
その時、アレクサンドルの口からある名前が紡がれた。
「名前は確か……朝、日……」
「なっ――!」
「我がある、じ……の……」
不穏な言葉を残し、アレクサンドルは意識を失った。
小雨が降り出しつつあった。




