三十三.
「スワロフ!」
「なっ――くぅ!」
アレクサンドルに突き飛ばされ、スワロフが地面に倒れ込む。
直後、地面に暗い影が落ちた。割れ鐘のようにやかましい咆哮が響く。
身を起こしたスワロフが目を見開いた。
「機巧妖魔!」
「鳳仙花だ! なんでこんな所に――!」
ニコライが息を呑んだ。
オレンジ色の金属装甲、赤く輝く二対の目、無数の蒸気管が張り巡らされた体躯――それは以前、アレクサンドルがつれていたものに似ている。
白い煙を噴き上げつつ、機巧妖魔【鳳仙花】は発達した前腕を振り上げた。
鋼鉄の爪が月光に煌めく。それは倒れたままのアレクサンドルに狙いを定めていた。
「逃げて! サーシャ逃げて!」
ニコライが悲鳴を上げる。
「サーシャ!」
スワロフも叫びつつ立ち上がり、サーベルを抜き放とうとする。
三笠も刀の柄に手をかけたまま地を蹴った。
だが鳳仙花に接近しようとした途端、二人の前をオレンジ色の風が横切った。
「なっ――!」
「腕がもう一対ある! 前のと違うわ!」
スワロフの顔が怒りに歪む。
鳳仙花の背中から、もう一対の腕が伸びている。装甲板と人工筋肉を繋ぎ合わせて作った、不格好な機械の腕だ。
その動きに二人が一瞬足を留めた瞬間、鳳仙花はアレクサンドルに手を伸ばす。
「サーシャ!」
「彼女に触るんじゃ――!」
暴風のように繰り出される機械腕をかいくぐり、三笠はなんとか接近しようとする。
その時、首筋の毛がチリッと逆立った。
瞬間――まるで流星の如く、闇に一筋の閃光が走った。三笠達の後方から放たれたそれは、まっしぐらに鳳仙花の胸を刺し穿つ。
妖魔の体に大きな震えが走り、ぴたりと停止した。金属管が不規則に蒸気を噴く。
「何……?」
スワロフはサーベルを構えたまま、目を見開いて鳳仙花を見つめた。
直後、がくんと妖魔の体が前のめりになった。その装甲は徐々に錆び、鳳仙花はみるみるうちに朽ち果てていった。




