三十.
もうもうとした土煙の中で、三笠は静かに呟いた。
「――魄炉、封縛」
すると解けるようにして、両腕を覆っていた風の渦と籠手とが消え去った。全身を循環していた霊気の熱も引き、人外細胞の活性化も静まる。
鬼印の消えた顔で、三笠は自分の体に特に異常がないことを確認した。
「三笠!」
「スワロフ……」
鋭い声に振り返ると、青ざめた顔のスワロフが駆け寄ってくるところだった。
その背後には、ニコライが地面にうずくまっている。
「ニコライは大丈夫なのか?」
「えぇ……特攻鬼装を破壊されたから、ダメージを受けたの。命に別状はないわ」
三笠の側に立ち、スワロフは複雑な表情で振り返る。
「う、うぅ……! やっと、やっと勝てると思ったのに……」
涙を零し、ニコライは呻く。
悲痛な声にスワロフはきつく唇を噛み、逃げるように視線をそらした。
「サーシャは……どうなったの?」
「殺してはいない――しかし」
三笠は答えつつ、ちらりと前方に視線を向けた。
土煙は徐々に納まり、三笠の力が及ぼした惨状が現れつつあった。地面が広範囲にわたって抉り取られ、向こうには薙ぎ倒された木々も見える。
粉砕された石畳の破片が、ぱきりと小さく音を立てた。
煙幕の向こうで、ゆらりと影が揺れる。
スワロフは一瞬、息を呑んだ。しかしすぐに表情を引き締め、彼女の名を呼んだ。
「……サーシャ」
「大したものだ」
三笠は低い声で呟き、軽く刀を構えた。
アレクサンドルはうつむいたまま、半月斧に寄りかかるようにして立っていた。その全身は切り裂かれ、白い外套はほとんど真紅に染まっている。
不意にぐらりと、その長身が揺れた。
「サーシャ!」
スワロフが悲鳴のような声を上げる。
しかしアレクサンドルは倒れず、大量の血液を滴らせながら踏みとどまった。震える手で半月斧を握り直し、その尖端を三笠に向ける。
「もう、終わった」
「……終わってはいない」
「これ以上の戦いは無益だ。だから――」
「終わらせません!」
顔を上げ、アレクサンドルは三笠を睨み付ける。すだれのように顔にかかる金髪の向こうで、薄荷色の瞳がぎらぎらと輝いていた。




