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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
四.二人のインペラートル
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三十.

 もうもうとした土煙の中で、三笠は静かに呟いた。

「――魄炉、封縛」

 すると解けるようにして、両腕を覆っていた風の渦と籠手とが消え去った。全身を循環していた霊気の熱も引き、人外細胞の活性化も静まる。

 鬼印の消えた顔で、三笠は自分の体に特に異常がないことを確認した。

「三笠!」

「スワロフ……」

 鋭い声に振り返ると、青ざめた顔のスワロフが駆け寄ってくるところだった。

 その背後には、ニコライが地面にうずくまっている。

「ニコライは大丈夫なのか?」

「えぇ……特攻鬼装を破壊されたから、ダメージを受けたの。命に別状はないわ」

 三笠の側に立ち、スワロフは複雑な表情で振り返る。

「う、うぅ……! やっと、やっと勝てると思ったのに……」

 涙を零し、ニコライは呻く。

 悲痛な声にスワロフはきつく唇を噛み、逃げるように視線をそらした。

「サーシャは……どうなったの?」

「殺してはいない――しかし」

 三笠は答えつつ、ちらりと前方に視線を向けた。

 土煙は徐々に納まり、三笠の力が及ぼした惨状が現れつつあった。地面が広範囲にわたって抉り取られ、向こうには薙ぎ倒された木々も見える。

 粉砕された石畳の破片が、ぱきりと小さく音を立てた。

 煙幕の向こうで、ゆらりと影が揺れる。

 スワロフは一瞬、息を呑んだ。しかしすぐに表情を引き締め、彼女の名を呼んだ。

「……サーシャ」

「大したものだ」

 三笠は低い声で呟き、軽く刀を構えた。

 アレクサンドルはうつむいたまま、半月斧に寄りかかるようにして立っていた。その全身は切り裂かれ、白い外套はほとんど真紅に染まっている。

 不意にぐらりと、その長身が揺れた。

「サーシャ!」

 スワロフが悲鳴のような声を上げる。

 しかしアレクサンドルは倒れず、大量の血液を滴らせながら踏みとどまった。震える手で半月斧を握り直し、その尖端を三笠に向ける。

「もう、終わった」

「……終わってはいない」

「これ以上の戦いは無益だ。だから――」

「終わらせません!」

 顔を上げ、アレクサンドルは三笠を睨み付ける。すだれのように顔にかかる金髪の向こうで、薄荷色の瞳がぎらぎらと輝いていた。


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