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天気晴朗ナレドモ水ノ月  作者: 伏見 七尾
四.二人のインペラートル
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二十七.

「……はっ」

 こめかみを押さえたまま、小さく笑った。

 途端、辺りを囲っていたニコライの幻影が一瞬でかき消えた。

「――気が狂いましたか?」

「いや……おかしくてな。捨てたくても捨てられない。インペラートル=アレクサンドル、お前もなかなか不器用なようだ」

「なんの話です」

 冷徹なアレクサンドルの声に、三笠は乱れた髪を掻き上げながら笑った。

「はは……何、大した話じゃない。ただ、人の心とは難儀なものだと思っただけだ」

「話の意図が――」

「――スワロフ、聞こえているか!」

 アレクサンドルの言葉を遮り、声を張り上げた。

 三笠からはスワロフの存在は感知できない――だが、スワロフ側はどうなのか。

 賭けに出た三笠に対し、アレクサンドルが小さく息を呑んだ。

「黙りなさい、無駄な話は――」

「さっきも言いかけたが、私は不器用でな。見えるもの聞こえるもの、そのほとんどに対して鈍感だ。――人の心に、戸惑ってばかりいる」

『濁った水面に月は映らない』――そう、松島は言った。

「雑念を捨てて皇国の刃となれ、と恩師は言った。だがその存在がいなくなった瞬間、私はもうどうすれば良いのかわからなくなった」

 三笠は月のない夜の迷子だと初瀬は言った。実際、三笠は松島という月がいなくなったその日から、何もわからなくなってしまった。

 私は生きていて良いのか? そしてどう生きていけば良いのか?

「私にはまだわからないことが多い……ただ、お前のおかげで少し色々学んだよ。だがお前は私のことを標だと言ったが、今この状態だと導けそうにない」

「ニコライ。彼女を殺しなさい」

「え、あっ……!」

「これ以上無駄な時間を割くわけには――早く!」

 アレクサンドルの明らかなうろたえぶりに、確信が心の中に湧き上がってくる。

 三笠は優雅に微笑み、首をかしげた。

「だから悪いが私を導いてくれないか――お前の居場所を、お前の力で」

「ニコライ! 殺せ!」

 アレクサンドルの鋭い声が響く。

「う、うぉおお!」

「やぁああああ!」

 二人のニコライがまったく同時に、正面から三笠めがけて突進してくる。三笠はやや表情を硬くして、刀の柄に手をかけた。

 その時、ある方向から冷たい風が吹いてきた。

 一瞬だけ目の前を舞った粉雪に、三笠は微かに笑ってうなずいた。

「……上出来だ」

 刀を抜き放ち、冴え冴えと輝く刀身に掌を滑らせる。

 赤い瞳が鬼火のように輝いた。

「――魄炉第一解放」

 瞬間、風が甲高い咆哮を上げた。


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